第104話 温水プール(前編)

(水着……いやだな……)


 屋内プール施設の更衣室で1人、蓮は肩を落とす。

 ハーフパンツタイプの黒い水着。上半身は裸なので、なんだか防御力が低い感じがして心許ないし、そもそも肌を露出する趣味などない。


 更衣室を出てプールへと向かう。

 温水プール独特の熱気と、一面ガラス窓の壁面から降り注ぐまぶしい光。家族連れやカップルたちの賑やかな声が反響する。


「完全に場違いだよな……」


 しみじみと思う。

 本当ならここで回れ右をしたいところだが――


「いたー☆ レンレン! シイナちゃんも似合ってるから、早く来て!」


 梨々香の声におそるおそる振り向き、蓮は硬直する。


(み、水着……!)


「どお? 似合う?」


 当然だし覚悟もしていたが、ツインテールの梨々香はその場でくるりと回って、花柄ビキニを見せつけてくる。恥じらいなどまったくないらしい――が、それも納得のプロポーションだ。


 そしてその背後には、蓮以上にテンパっているシイナの姿があった。


「はぅ、う……っ!?」


 こっちは死ぬほど恥じらいながら、それでも梨々香の水着は見たいらしく、なんとも名状しがたい表情でうめいていた。


「シイナちゃんさー、高校時代の水着でいいとかゆってたんだよ? 去年まで着てたからって。それ、学校以外じゃマニアックすぎるからって梨々香が却下して選んであげたの!」

「……うぅ……っ!」


 シイナは紫色の水着だ。

 ワンピースタイプで、彼女の白磁のような肌と見事な銀髪、そしてモデル体型と相まって、もはや神秘的とさえいえる雰囲気を醸し出していた。


 ――もっとも、本人は梨々香のようにポーズを取るどころかまともに立っているのさえままならない様子だが。


「なんっ……で、みんなこんな格好で平気なの!? ああ、でも梨々香ちゃん最高に似合ってる……っ! 撮影したい、3Dプリンタでフィギュア化して部屋に飾っておきたい……っ!!」


 中身がこれでなければ、異世界からやってきたエルフのお姫様と思われるレベルなのに。蓮ですら『もったいない』と思うくらいに外見とのギャップがありすぎる。



「お待たせしました」


 残りのメンバーも合流してくる。

 衛藤と修羅は並んで、


「更衣室で一悶着ありまして……おもに修羅のせいで」

「ボク?」

「ホストでも入ってきたのかと、他のお客さんが騒いでしまって」


 衛藤はチェック柄の大人っぽい水着だ。しかしそれでも、露出は普段の仕事着とは比べものにならない。プールだからコンタクトレンズを付けているのだろう、眼鏡を外したところも初めて見た。


「やっぱり、気配を消して見つからないようにしておくべきだったかな」

「それはそれで女子更衣室に潜入する変態になるでしょ」

「はは、それはマズいね」


 気軽に笑う修羅は――こうして水着になると、中性的だなんて言っていられなくなる。スラリとした長身に黒いビキニがあまりにも似合っているからだ。悩ましいほど長い手足、意外と膨らみの大きい胸、艶めかしい腰つき。


 暗殺者(?)として、色仕掛けも通じそうなスタイルをしていた。



(っていうか、みんな目立ちすぎ!)


 そんな女性陣が集まっているのだから、通りすがりの人たちがほぼ全員振り向いている。


 普段の衣装と違うからかダンジョン配信者として身バレまではしなくても、まぶしいギャルお姉さん、モデル体型の白エルフ、色気たっぷりの大人2人組――というこの組み合わせは、男女問わずに目を惹きまくっていた。


 さらにそこへ、


「遅くなっちゃいました……!」


 結乃がやって来た。


(………………っっ!?)


 大きなフリルがほどこされた白いビキニだ。


 普段着でさえ目立つ胸のふくらみやヒップラインが強調されているのはもちろんだが――これだけ健康的な肌を惜しげもなく投げ出しているのに、それでいて上品さすら感じられるのが結乃の魅力的なところだ。


「! 蓮くんも水着だ」


 まっ先に蓮の姿を見て、前かがみに視線を合わせてくる。


(む、胸が……!)


 柔らかそうな谷間が視界から外れるよう、目を逸らすのにかなりの苦労を要した。


「似合ってるね」

「う、うん、結乃も……」

「そう? 嬉しいな、頑張って着てみて良かった」


 よく見ると頬がほんのり赤く染まっている。プールの熱気のためだけではなく、羞恥心と高揚感のせいでもあるらしい。


「結乃ちゃん、蓮くんに可愛く見せようと何度も水着と髪型、鏡の前で直してたしね~☆」

「ち、違いますよっ!?」

「それで……遅くなったんだ、ね……」

「シイナさんまで!? 違いますってば!」


 結乃も合流したことで、ますます注目を集めてしまっている。

 それぞれ1人だけでも目立つお姉さんたち5人に中学生男子が1人で囲まれている――という状況も相まって、もはやあからさまに足を止めるプール客すらいる始末だ。


「い、行こう……!」


 衆目の視線をかわそうとさっさと歩いていくが、



――「おいおいあの男子、美女を引き連れて歩いてるぞ!?」「なんだよあれハーレムの王様かよ、羨まし過ぎんだろ!」「――あの子『遠野蓮』じゃない?」「うそ!? 大ファンなんだけど!」「れんゆのじゃん!」「いやいやアイビス!? こんなとこに!?」「動画の撮影かな?」「ちょっとアナタ、どこ見てるのよ!?」「ご、ごめんって!」「あー、あのお兄ちゃん知ってる~、【Wave】で見た~」「指さしちゃダメよ、今日はお休みかもしれないし……え? プライベートであれだけ女の人をはべらせてるの……? 中学生が??」



 と、逆に目立ってしまっていたが、ギャラリーが気を遣って遠巻きに見るに留めていてくれたことに蓮は気づいていなかった。

 

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