第105話 温水プール(中編)
「わあ、流れるプールだ! スライダーもあるよ、どれから行こうか蓮くん……あれ?」
はしゃぐ結乃たちとは対照的に、蓮はどこかベンチにでも避難しようとしていた。
シイナに至ってはすでに、プールサイドのひっそりとしたスペースを発見し、いつのまにかバスタオルをかぶりジッとしている。
「プール嫌いだった?」
結乃が心配げにたずねてくる。
彼女たちの楽しみに水を差したいわけではまったくないが、
「…………泳ぎは、ちょっと……出来ないというか」
「レンレン、そーなの?」
梨々香も意外そうに驚く。
「昔、溺れそうになったことがあったし――」
それは今の強さを手にするより前、小学校に入ったばかりの頃の思い出だ。家族で川に遊びに行ったときにあわや流されそうになった。父親に助けてもらったが、それ以来、小学校の水泳の授業も苦痛で仕方なかったのだ。
「もう怖いとかはないけど、泳げないままで」
「最強のレンレンが!? これは……結乃ちゃん」
「うん」
2人は真剣な顔を見合わせてうなずき、
「「みんなで教えてあげるね」」
「え」
■ ■ ■
「まずは準備運動、水に慣れるところからいってみよー!」
梨々香に連れられたのは、水鉄砲を貸し出しているエリアだった。教室ほどの広さのスペースで、自由に水鉄砲で撃ち合っていいらしい。
「いやだから水が怖いわけじゃないって――」
「あれー? そんなこと言って、梨々香たちに負けるのが怖いのかなー? どお思う、シイナちゃん?」
梨々香が意気揚々とビタミンカラーの水鉄砲を構える横で、さっきまで死にかけていたシイナが復活していた。
「私と銃で勝負するなんて百年早いから」
「だよねー、シイナちゃんかっこいー☆」
シイナはすっかりダンジョンで見せる戦闘態勢だ。小ぶりだがゴツい水鉄砲を二丁、両手に持って目をギラギラさせている。
「二重人格め……」
蓮はぽつりとつぶやく。
しかし、こうやって敵対すると燃えるのは自分も同じだった。
「遠野蓮、勝負から逃げる気?」
「……まさか」
蓮も借り物のウォーターガンを手に、瞳に闘志を宿す。
「それじゃあはじめー☆」
梨々香は声を上げるが早いか、こちらへ向けて発射してきた。
「当たらないよ、そんなの」
かわしつつ梨々香に反撃。
だが放った水流は、横合いからシイナに撃ち落とされる。
「――は?」
水鉄砲の水流を、水鉄砲の水流で押しのけて射線をそらす。
「そんな無茶苦茶な真似……!」
「梨々香ちゃんは私が守る。遠野蓮、死ね――」
こちらの顔面を狙い撃ちしてくる一射を、ならばと蓮も同じように水の弾丸で相殺する。
「ちっ――」
「2人ともやばー!? 梨々香も負けないぞー! とうっ!」
梨々香は躍動感ある動きで攻撃に加わってくる。水着がはだけてしまわないかと心配になるくらいの体勢になりながらも、さすがのボディバランスで射撃の精度はあがっていく一方だ。
精密射撃のシイナ、センスで対応する蓮、運動量の梨々香――水飛沫の舞う、激しい攻防!
「お母さん! ぼくもあれやりたい!」
「む、無理よあれは……!」
「ギャルのお姉さんが跳んだ!?」
「あっちのお姉さん、なんであんなに早く撃てるの!?」
「これプロ!? 水鉄砲のプロなの!?」
「え? 料金いらない? 無料で見ていいんすか?」
「あの男の子、全部かわしてない!? 一滴も濡れてないとかありえないんですけど!?」
3人の激しすぎる準備運動は、またしても人目をたっぷり集めていた。
■ ■ ■
「ストレッチも大事ですよ蓮さん」
すっかり身体は温まったところで、次は衛藤と修羅に捕まった。
「マスター遠野、こちらへ」
執事のような手際の良さで修羅が用意したのは大きめのヨガマット。そこへ座らされ、柔軟体操をすることになった。
「蓮さんは苦手意識があるだけで、すぐに泳げるでしょうけどね」
「うん。マスター遠野は筋肉の付き方も理想的だ――まだ筋肉量はないものの、その歳にしては無駄なく綺麗な肉体をしている」
衛藤と修羅に体中を触られながら、あらゆる体勢にさせられる。
(ていうか、近い……!)
2人は無頓着なのか何なのか、蓮の手や足に触れるのも、自分の胸が当たるのもお構いなしに前後から、あるいは左右からサポートしてくる。
さっきの準備運動が『動』なら、こっちは『静』。
そして比較的静かな場所に陣取っているとはいえ、やはり人目はあるわけで、特に男性客はこの光景を目にすると決まって足を止め、目を見開いて――
「……おおっ!? このプールあんなサービスあるのか!?」
「い、いくらだ!? いくらでも出すが――」
「あんな際どいところも触ってもらえるのかよ……ズルい」
「くんずほぐれつ……うぅっ!? くそっ、そんなオプションまで……!」
何やらワケのわからないことをつぶやいては、叶わないと知ると肩を落として悔しそうに去っていく。
「も、もうほぐれた気がするんだけど――」
ストレッチの指導は的確で、身体の芯からポカポカして、しっとりと汗ばんできた。
「いえいえまだですよ蓮さん。入念にやるに越したことはないですから」
「……まあ本当は。運動前にはこういう静的ストレッチより動的ストレッチのほうがいいんだけどね。1人で出来るような」
「「え」」
「ふふふ」
ほほ笑む修羅に、衛藤が食ってかかる。
「それ早く言いなさいよ修羅!?」
「こっちのほうが面白いかなって。サキも、マスター遠野と接近できて嬉しそうだし」
「そ、そんなことないから! 私はそんな変態じゃありませんからね蓮さん!? 担当配信者にも、推しにも手を出す趣味はありませんから……!」
「うんうん、そうだね」
修羅は意味ありげにうなずいて、またも衛藤をからかう。
「サキは手を出されたいタイプだもんね」
「ッッッ!? 蓮さん、どうぞ結乃さんのところへ行ってください! この女は、私がここで始末しておきますから――!」
「う、うん」
意外とフランクな修羅の一面と、それを叱る衛藤のやり取りを横目に、蓮はようやくストレッチから解放された。
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