第7章 ハーレム旅行ってマジですか?

第103話 生還率0.1%

「わあ、旅行日和!」


 アイビスメンバーで行く2泊3日の旅――その朝、蓮と一緒に寮を出た結乃は青空を見上げて、大きく伸びをする。


「いい天気……!」

「うん――」


 しかし蓮は、太陽に映える結乃の姿にばかり目が奪われていた。


 デニムのショートパンツに、だぼっとした薄手のトレーナー。

 パンツから伸びる白い太ももと、背を反らすと嫌でも強調される胸の膨らみは、もはや暴力的ですらある。動きやすそうな格好だが結乃が着ると必要以上にセクシーになる気がする。


 ミディアムボブの黒髪も、今日はヘアアイロンでふんわりとカールさせている。いつもの結乃も魅力的だけれど『おでかけモード』の彼女もまたいい。

 

「……荷物、持とうか?」

「ふふ。ありがとう。でも大丈夫だよ、行こう」



 移動はマネージャーの衛藤が手配したレンタカーだ。

 2人で集合場所に着くと、大型のミニバンが駐まっていた。


「おはようございます」


 運転席からポニーテールの女性が降りてきた。衛藤だ。白いブラウスに七分丈のパンツで、表情は仕事のときよりリラックスして見える。


「運転ありがとうございます、よろしくお願いします」


 結乃が律儀に頭を下げるので、蓮も従う。


「そんなそんな。お気になさらないでください。私も羽を伸ばす気まんまんですから」


 にこやかに応じて衛藤は、


「――今回は『彼女』も同行しますし。半分は彼女に運転させます」

「彼女?」


 首を傾げた結乃の背後に、人影が立って、


「その話は初耳だねサキ」

「えっ!? 修羅さん!?」

「修羅。気配を消したまま現れないで。驚くから」


 ビックリして振り返る結乃と、ジト目でたしなめる衛藤。


「失礼。マスター柊も申し訳ありません。もっとも、マスター遠野にはずっとボクの存在をマークされていたけれどね」


 結乃に付いている警備員ガードマン――守護者といっていい女性だ。

 修羅は黒を基調にしたパンツスタイルと首元を開けたシャツといった出で立ち。中性的なホストみたいな外見なのに、どこか爽やかな雰囲気があるのが憎いところ。


 しかし――


「……なんか、しゃべり方」


 蓮がつぶやくと修羅が肩をすくめる。


「ええ。ボクも同じく半分はプライベート。このあいだのクエストに参加したご褒美だそうで……話し方も普段の・・・とおりでいいとサキに言われたからね」

「『サキ』? ああ、衛藤さんのこと。そう呼んでるんだ」

「肯定ですマスター遠野。腐れ縁なもので。ね? サキ」

「いいとは言ったけど……ウインクするのはやめなさい」


 普段の無表情は『仕事用』だったらしい。

 修羅にからかわれている(?)衛藤も、珍しい表情をしている。


(そっか旅行って……日常とはちがう一面が見れるんだ)


 ちゃんとした旅行なんて記憶にない蓮が、そんなふうに感心していると――いつもと変わらぬ2人も合流してきた。


「やっほーレンレン☆ おっはー!」

「…………ねむ、い……、しぬ……」


 梨々香とシイナだ。


 テンションこそ変わらないギャルお姉さん――梨々香は、髪をツインテールに結んである。キラキラした美貌と、露出の多いファッション。


 シイナは対照的にげっそりとしていて、陽の下に引っ張り出された吸血鬼みたいな有り様だった。

 さすがにジャージではなく清楚なワンピース姿。もとが美少女なだけに深窓の令嬢もかくや・・・といった感じだ。……実際は深窓というかただの引きこもりなのだが。


「よく起きられたねシイナ先輩」

「起きられるわけない……」

「?」

「寝てない……」

「ああ、そう」

「梨々香ちゃんと……旅行、だし……」


 お目当てがなければ、絶対にこんな無理をして付いて来なかっただろう。いつかのようにドタキャンしていたに違いない。


「皆さんそろいましたね。さあでは車へどうぞ」


 衛藤の運転するミニバンはちょうど6人乗りだった。

 助手席には修羅が衛藤の話し相手も兼ねて乗り込む。後部座席は2列になっていて、蓮と結乃、梨々香とシイナがそれぞれ座った。


「梨々香ちゃんと近い……っ、こんな狭い車内で……これはもうドライブデート……! 呼吸が、梨々香ちゃんと同じ空気で肺が満たされる……っ!」


(シイナ先輩あいかわらず――)


 ななめ後ろの座席から聞こえてくる奇妙なうめき声に頬が引きつるが、


(……まあ、僕も……)


 隣に座る結乃を横目で見る。

 これよりもっと近い距離で日々を過ごしてはいるものの、慣れない車内という環境が気分を新しくさせていた。シイナの言う『ドライブデート』の言葉が頭を巡る。


 ふと、結乃と目が合う。


「こういうのいいね蓮くん。何だかワクワクする」

「そ、そうだね……」


 結乃も同じように感じていたのかと思うと、余計にドギマギしてしまう。


「出発しますよ」


 目的地は千葉の木更津、さほど遠くない。車で1時間ほどだという。レンタカーを選んだのは、このメンバーで電車を使うと目立ってしまうという理由からだ。


 丁寧で落ち着いていた衛藤の運転とは反対に、車内はにぎやかだった。


 衛藤と修羅の大人組は気安い感じで雑談しているし、梨々香は結乃やシイナにちょっかいをかけてしゃべり続けている。


「ねーねー、レンレン! 見て見て!」

「……なに」


 なるべく輪には入らないようにしていたのに、しつこい梨々香に負けて後部座席を振り向く。


「じゃーん☆」

「なっ……!?」


 梨々香はいつの間にか水着を取り出していた。派手な花柄のビキニを自分の胸に当ててアピールしてくる。


「どお? 可愛い?? 可愛いでしょ☆」

「ま、まあ……それなりに」


 もちろん服は着たままなのだが、結乃ほどではないにしても立派なボリュームをしている胸を見せつけられると直視できない。


「シイナちゃんと選んだんだよ~。レンレンも水着持って来た?」


 まだ海水浴という時期ではない。

 ただ今回泊まるホテルには屋内プール施設が併設されているので、持参品に『水着』は必須とされていた。


「結乃ちゃんの水着姿も楽しみ~」


(それは……同意)


 この旅行メンバー全員が水着になる予定だ。改めて考えても、そんなお姉さんたちに囲まれて平常でいられるのか――さすがの蓮も耐えられなさそうな気がしてきた。



 ■ ■ ■



 到着したホテルは温泉も付いていて、外観も内装も立派なものだった。


「おー! オーシャンビューじゃん☆」

「見晴らしいいですね」


 部屋に着くなり梨々香と結乃は、大きな窓から見える青い太平洋をスマホで撮影していた。


「広い……、落ち着かない……、まぶしい」


 吸血鬼令嬢――もとい、シイナは隅っこに荷物を置いて太陽を避けている。

 たしかに間取りも相当なものだ。


「スイートルームですからね」

「奮発したね、サキ」

「二ノ宮社長の計らいです。今回のクエストの慰労会と聞いて、経費を充てられない部分は社長がポケットマネーで」


 和洋折衷で何部屋にも分かれていて、ミニキッチンまで付いている。豪華すぎて落ち着かないのは蓮も一緒なのだが、それより――


「あ、あの」

「どうしました、蓮さん?」

「僕の部屋……は?」

「? ここですが」

「…………」


 念のため聞いてみたが、やはりみんなでここに泊まるらしい。男女6人で――というか男1人と女5人で。


「ご安心をマスター遠野。サキの相手はボクがするから。襲わせませんよ」

「修羅!? なにを人聞きの悪い……!」

「そういう問題じゃなくて」


 こんな部屋割り、女子寮で免疫がついてなければ即死だったろう。


「あーレンレン、結乃ちゃんと2人きりがよかった~?」


 ずっと景色を撮影していればいいのに、ニヤニヤ顔で振り返って梨々香が言う。


「でも残念がってるヒマはないよ? 今夜は寝かさないんだから☆」

「は、はぁ!?」


「じゃじゃーん、UNO持って来たから! 夜更かしUNOするから!……あれぇ? レンレンなんだと思ったの~~?」

「くっ……!」


「ま、その前に……」

「?」

「プールいこーーー!」


 そうだった。

 初日は配信も忘れて楽しもうという予定になっていた。


 プール。

 温泉。

 大部屋で寝泊まり。

 男1人と女5人で――


(あれ? 僕、最大のピンチなんじゃ……)


 この旅から生還できるか、ますます不安になる蓮だった。


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