第73話 試験①


 20階層は、通称【奈落の底】と呼ばれる。


 広大な洞窟なのだが、天井を見上げてもどこまでも暗闇。洞窟の柱も、その暗黒に向かってどこまでも伸びている。

 

 その有り様が奈落の底に落とされたようだと言われているのだ。


 試験会場は、その一角に設けられている。とはいっても周辺のモンスターを排除しただけで、リングがあるわけでも何でもない。



「さあ、お待たせしました! こちらナイトライセンスの試験会場です」


 試験の運営による公式配信が始まった。


「司会は私、神部太一と、解説は――」

「どもども! 配信者のキューゴでござる!」


 真面目そうなポロシャツの男性は30代くらいで、ダンジョン装備を着けた巨漢の男は20代前半といったところ。


 2人の姿はここにはない。

 撮影機材だけが20階層にあり、司会と実況者は1階層の専用ブースからの中継だ。


 公式配信にもリスナーようのチャット欄が設定されていて、


・はじまた!

・解説キューゴかよw

・動けるデブ界のラスボス!

・重戦車さんじゃん


「いやー、キューゴさん大人気ですね」

「ははは、拙者は男性人気が高いですからな〜……って、誰が女子人気ゼロじゃい! いや誰もそこまで言うとらんわ!!」


・ノリ突っ込み下手かよw

・エセ関西弁定期

・滑ってますよキューゴさん

・司会者も愛想笑いやんw

・この人は滑るまでがセットだから

・蓮くんまだ?

・シイナ様と蓮くんの対戦に全裸待機


「リスナーさん、多いですね。開始直後でもう3万人も見てくださってます」

「おっ、拙者の女性ファンかな?」

「遠野蓮さんは男女ともにファンが多いと聞いてますね」

「ファッ!? そんなやつもう失格や失格!」


 蓮の注目度は高く、ナイトライセンス試験配信では近年にない同接数になっていた。それもそうだろう、本来なら蓮よりずっとレベルの低い配信者が挑むのがナイトライセンス試験だ。そして対戦相手も大物のシイナ。


 しかし、アイビス同士で行われる試験ということで――


・アイビスって運営にいくら詰んだんだろうな

・八百長試験を見に来た

・どっちも見てないから知らんわ、つまらんかったらすぐ消える


 アンチリスナーや、冷やかし目的の者も多い。


そしてカメラが、対峙する2人へと画角を移す。


・もう居るじゃん!

・蓮くんマントが違う?

・シイナ様ぁああああああ!

・ブヒィイイイイイ!


 蓮は、マキの工房で受け取ったブロードソードと、専用装備【黒翼】を装備。


 対するシイナは、アーカイブで見たとおりのドレス姿。彼女の風魔法を十全に活用するための専用装備【夜嵐】だ。


 ただ彼女は、試験を受ける蓮よりずっと殺気立っていて……


「……ろす、……殺す、コロス……」


 背中からドス黒いオーラを放ちながら、両手に愛用の拳銃を握っている。試験開始の合図を待たず、すぐにでも『暴発』しそうな雰囲気だ。


 理由はなんとなく分かっている。


「わー、ガンバレ〜☆」


 会場の隅で手を振って蓮を応援している梨々香。


 そんな彼女の様子を目にして耳にするたびシイナが、ボルテージを上げていくのを肌で感じる……。梨々香に悪気はなさそうなのがさらに厄介だ。


カメラに映らない位置に陣取っているのはさすがだ。ただ試験が始まるとカメラも激しく動くので、


「梨々香、退避します! レンレン、ぜったい合格できるよ〜☆」


 と、転移魔法陣から1階層へと去っていった。


 ――蓮は、まだ音声が乗っていないことを確認してから、


「あの、シイナ先輩? 梨々香先輩のこと――」

「梨々香ちゃんの名前を呼んだ…………!!」


(えー、それでアウト?)


 衛藤に『似ている』と評されたのは、やっぱり過剰だった気がしてきた。


(僕はそんなこと……)


 例えば別の男が、馴れ馴れしく『結乃ちゃん、結乃ちゃん』と呼んでいたとしても――


(………………。ムカつく)


 剣を握る手に力が籠もる……。

 前言撤回。

 ちょっと似ていることは認めよう。



「さあさあ、いよいよ時間となりました! ここからは受験者の『遠野蓮』、試験官の『シイナ』の音声も配信に乗せていきます!」


 ちょうど司会者がそんなアナウンスをしたところで、



「分かったよシイナ先輩。試験だけど、本気で戦おう」

「――――。そう、いい覚悟ね……」


 蓮は切っ先をシイナに向け、シイナも二丁拳銃を握り直した。



・おおおおお

・本気モードだ!

・これも演技だろ? 八百長の

・アンチは無視無視! 試験バトルを楽しむぞぉおおおおお!

・女王さま分からせてやってください!

・蓮くんはお姉さんキラーやぞ! わからせ返しだ!



「拙者もワクワクしてきたでござる! シイナ殿の御御足おみあしが露わになると思うと――……って、それセクハラや!!」


・氷魔法やめい

・キューゴよ……

・セクハラ通報しました

・もはや犯罪

・せっかく盛り上がってきたところでw



 蓮とシイナ、2人のイヤホンから試合開始のブザーが鳴る。


「――――――っ」


 次の瞬間、蓮が飛び出した。蓮のスタイルは本来、相手の動きを見て、あるいは読んでから致命的なカウンターを決めるものだ。


 だが今は、シイナの反応を見たかった。


 重力魔法を応用した最速の飛び込みで10mほどの距離を一気に詰めるが、その突進はシイナによって阻まれた。


 ――ガインッッ!


 それまでダラリと下げられていたシイナの右腕が跳ね上がり、銃口が火を噴いた――いや、風魔法の銃弾を放ったのだ。受け止めた刃が、衝撃で震えて鈍い音をあげた。


(この威力……!)


 ノータイムで放った風魔法なのに、蓮の魔力を込めた剣が押された。やはりあの拳銃は、風魔法を強化する効果を持つのだろう。


 思考している刹那に、2発目、3発目の銃撃が放たれる。


 ――ガインッ、ガインッッッ


 いずれも蓮の急所を狙ったものだ。試験でありながらもシイナは、腕試しや手加減をするつもりはないようだ。


(……いいね)


 容赦のない相手は嫌いじゃない。

 自分の能力を見せびらかすでもなく、最小限の攻撃で息の根を止めようとしてきた。


 あんなに怒りで震えていたのに、ビタリとこちらの眉間に照準を定めるシイナの銃口は、冷徹なほど微動だにしない。



・蓮くんの攻撃が押し返された!?

・そういや蓮くんと互角に戦えてる相手って初めてじゃない?

・対等な戦闘でどこまでやれるか見物だね。ここで経験のなさが露呈するかもしれない。

・誰の経験が無いんだよw 蓮くんのバトル見たことないだろw



「ルーキー遠野蓮の開幕アタック! しかしシイナの早撃ちが難なく防ぎきりました!」

「蓮殿は魔法も強力でござるが、本人は接近戦のほうが好きそうでござるからなぁ……、そこにいきなりカウンターを浴びせたのは、さすがはシイナ殿といったところでしょうかな」


・武器がショボいな、もっとマシなのなかったのか

・装備選びから勝負は始まってるんだぞ


「まだ風の結界――夜嵐も発動させていませんしね」

「うむうむ。まず蓮殿は、夜嵐を引き出させるところからスタートですな」


・しかしシイナ様おとなしいな

・やっぱ手加減してるんじゃね? 後輩相手だし

・いやこれはガチ

・ガチモードやね間違いなく 



「……もう来ないの? それなら……撃ち殺す」


 シイナの二丁拳銃が蓮を標的に、乱射される。


 ――ダガンッッ

 ――ガンガンガンガンッ、ダガガガガッッ!


「…………っ!」


・撃ちすぎィ!?!?

・マシンガンかよ怖すぎw

・あれって弾切れしないの?

・風魔法やぞ


 無数の弾丸を迎撃しながら、蓮は後退する。距離を取らねば躱せない速度。弾いた弾丸が、洞窟の地面や柱を削り取っていく。一撃ずつが致命の威力だ。


「――――っ!」

「殺す、殺す、悪い虫は――――、殺すッッッ!」


・うわこりゃ無理だw

・新人くんもここまでだな

・ひぇえええええ!


 ――ズガガガガガガンッッ


「1発ずつが削岩機の如く! 遠野蓮、押されています! 一歩も前に出させないシイナ!」

「剣1本でこれは防ぎきれないでござ――――、んっ!?」


 蓮の顔面に飛来する銃弾。それも4発。殺意の怒濤。


 しかし衝突の寸前――蓮の背中から黒い影がおどり出て風弾を防ぎきった。


「…………っ!?」


「な、なんだこれは!? イージスマント!? シイナも眉をひそめます!」

「イージスマントに違いはなさそうでござるが……あの形状は……天使のような!?」


 左の片翼。3枚の黒い翼が、精密な動作で銃弾を


「それは……?」

「――――【黒翼】」


 蓮は、翼の隙間からシイナを睨んで、自身の専用装備の名を告げた。


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