第63話 寝坊
仮入部も終えたある日の放課後。
蓮は、四ツ谷ダンジョンを訪れていた。
今日も配信の予定だが、
(気が重い……)
いつも以上に緊張する理由は、今日がコラボの日だからだ。相手はアイビスの先輩配信者であるシイナ。
ただ、予定では先に着いているはずの彼女の姿がなく、マネージャーの衛藤は確認のために一旦、蓮とは別行動を取っている。
それで蓮は手持ちぶさたで1階層をウロウロしていたのだが――
「あ、蓮くん!」
ばったりと、結乃と出会った。
「結乃」
感情を外に出すのは苦手だが、自分でもちょっと上機嫌になっているのが分かる。だから、なるべく平静を装って、
「そっちは部活?」
「うん、そうだよ」
結乃は聖華女子校のダンジョン探索部に所属している。探索部の活動は、当然ながら実地での訓練が一番効率的だ。
彼女たちはここで戦闘訓練をしたり、ダンジョン内の効率的な探索方法などを学ぶ。それらは授業の中でも実践されるのだが、より深く学びたい生徒が所属するのがダンジョン探索部だ。
将来、ダンジョン配信者になりたい結乃のような生徒や、配信者をサポートする企業・国の機関への就職を希望する生徒に人気の部活。
「おっ中1くんじゃん、朝ぶり~」
「どうも、遠野さん」
同じく探索部の、宮前カナミと三条麗奈。結乃を含めたこの3人には、寮で毎朝、蓮が戦闘レッスンを施している。
――だが、そんないつものメンバーだけでなく。
「遠野蓮くん!? ホンモノだ~」
「ねえねえ寮生チーム、私たちも紹介してよ」
女子校に通うのは、寮で暮らす生徒たちばかりではない。自宅から通学するメンバーももちろん居て、彼女たちと蓮は『初めまして』だ。
(うぐ、またこのパターンか……!)
寮に入った当初、行く先行く先でお姉さんたちに囲まれた。最近は落ち着いてきているが、あれは気恥ずかしくて居たたまれなくなるのだ。
しかし今回はちょっと違った。
物珍しさで近づいてくるお姉さんばかりではなく、
「あの、私も剣がメイン武器なんですけど――」
「スキルの使い方、いつも勉強になってます!」
「結乃ちゃんから聞いてますよ、いつか私たちの部活にもコーチに来て欲しいです」
ダンジョン探索用の装備をした女子高生たちが、蓮のことを配信者として――ダンジョン探索の『先輩』として接してくる。
寮にもそういう生徒はいるが、ここでは純度100%、全員が配信者の卵だ。蓮をあこがれの対象として捉える人たちばかり……これはこれでソワソワしてしまう。
「遠野くんも探索部に入ってるの?」
明るいお姉さんが、目線を下げてたずねてくる。蓮は顔をそらしながら、
「いや……中学に探索部、ないから……」
「あ、そっか! え~、じゃあ部活だけ飛び級して探索部に入ろうよ~」
「……そっち、女子校だし」
「それもそうだ!」
部活といえば、先日のソフトテニス部も思いがけず楽しかった。
あの、相手の動きを先読みして最適解を導き、裏を掻くところ――ダンジョンでの戦闘にも通じるところがあった。もちろん、配信があるので入部するつもりはないが。
「蓮くん、今日はコラボだったよね?」
「うん。シイナ先輩と。まだ会えてないんだけど」
シイナの名に、探索部員たちがざわめく。先ほどSNSでも告知しているので周知しても問題ないが――それにしても、シイナはかなりの人気らしい。
「――シイナちゃんって、あのシイナちゃんだよね?」
「やばくない? いや蓮くんって強いから大丈夫だろうけど」
「危険、だよね……」
「遠野くんがっていうより、周りがねぇ……」
…………。
どうやらただ人気というより、彼女には何かあるみたいだ。蓮は、さらに不安になってきた。
■ ■ ■
「蓮さん、すみません!」
戻って来た衛藤が、蓮に会うなり頭を下げてきた。白いブラウスにシンプルなタイトスカート。仕事用のトートバッグを肩にかけている。
「なにが?」
「実は――コラボ相手のシイナさんが、その、どうしても起きてくれないらしくて……」
「起きてくれない?」
「ええ。ずっと寝ていて、彼女のマネージャーが家まで行ってるんですけど、このパターンだと夜まで起きないらしく」
珍しく困り果てた顔の衛藤。
「いま夕方の4時だけど? ゆうべ遅かったとか?」
「それが……昨日は配信お休みで、マネージャーがシイナさんの就寝確認までしたらしいんですけど……夜の10時に」
「10時に寝たのに、夕方まで起きない――?」
世の中にはロングスリーパーと呼ばれる人もいるらしいが、シイナもその類いだろうか?
「そんな調子なので、蓮さんには申し訳ないのですが今日のコラボは延期ということで――」
「衛藤さんが謝ることじゃないでしょ」
「ある意味、事務所の不手際です。――しかし、蓮さんは優しいですね」
「別に……」
これは優しさでもなんでもない。そう、単に『嫌なこと』が先延ばしになって喜んでいるだけだ。
「シイナさんと蓮さんのコラボ、楽しみにしていたんですけど……」
「なんでその人とコラボさせたがるの?」
このコラボ企画を言い出したのは衛藤だ。
「戦闘スタイルがいい具合に噛み合うかと思って。性格も――似通ったところがありますからね」
「?」
含みのある言い方だ。
自分と似た性格? 18歳の人気配信者が? 一体どんな人なのか……会いたいとは思わないが気にはなる。
「しかし、今日はいつもの『作業配信』に切り替えるしかなさそうですね」
「――だね」
あれは気楽だ。
淡々と、そして丁寧にモンスターを倒せばいい。リスナーとの会話も最小限で済ませられるので、蓮に向いている。
「その前に、工房に寄っていきましょうか」
「工房?」
「マキ・テクノフォージの工房です」
ダンジョンの1階層は、探索・配信のために必要な設備がそろっている。とはいえスペースが無限にあるわけではないので、政府が管轄する施設以外では、限られた民間企業しか進出できない。
この東京のど真ん中にある四ツ谷ダンジョンで、武器や装備を製造する『工房』を持っているマキ・テクノフォージは、国内でも有数の企業だ。
蓮は、マキ・テクノフォージの会長に気に入られてモニターを務めている。これまでは事務所経由で受け取っていたので、工房を訪れたことはない。
「さ、デートに行きましょう、デートに!」
「デートじゃない」
「もう、蓮さんは素直じゃないんですから」
「仕事だよ」
「デート?」
「仕事」
浮かれ気分のマネージャーをたしなめながら、蓮はマキ社の工房へと向かった。
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