第64話 工房


 マキ・テクノフォージの工房。外観は、ファンタジー世界に出てきそうな『武器屋』だ。


 ダンジョンの1階層は、人間の科学と迷宮の魔法が渾然一体となったエリア。以前に結乃と行ったドラッグストアそのままの店舗もあれば、ゲームやアニメの世界を模した、エンタメ施設としての店舗もある。


 どちらにしても、スペースが限られているので実用性のある施設に変わりはないのだが、周囲の街並みに合わせて店の外観・内装が決められる。


 この一帯は『ファンタジー系統』の区画なので、マキの工房もそれに合わせているのだ。


 ダンジョンの素材を使った武器や装備は、機械を使っての大量生産はできない。魔力を用いて人間が加工するするしかない。だから『工房』も、こうした小ぶりなもので充分なのだ。


「お邪魔しまーす」


 衛藤に連れられて入店する。

 まさに『武器屋』さながらの店内。左右の壁に沿って無骨な武器が並べられており、正面には木製のカウンター。


「あん? いらっしゃい――」


 無愛想な返事。

 カウンターの奥にいたヒゲ面のおじさんが出てくる。


 50代くらいだろうか。これまたファンタジー色の強い見た目だ。固そうなゴワゴワした髪に、ムスッとした濃い顔。ぶ厚い職人の手をしていて、鎖かたびらのようなものを着込んでいる。


 ――しかし仮装しているわけではなさそうで、どうやらこれが彼の『素』の仕事着らしい。


 奥では武器を作っているらしい金属音が続いているので、他にもスタッフはいるのだろう。


「なんだ、アイビスのところの姉ちゃんか」

「はい。いつもお世話になっております」


 仕事モードの衛藤は意外なほどキッチリしている。


 ――最近ネットでは『鼻血カプ厨変態マネージャー』として通っているようだが、本人は気にしていないどころか「蓮さんのPRになるならドンと来いです!」などと自慢げにしているほどだ。


「そっちの坊主は――」

「こちら、弊社所属のタレント・遠野蓮です」

「ど、どうも……」


 見た目に怯む蓮ではないが、店員という存在そのものが苦手だ。初対面の人間から何かをオススメされたり、それに返答したり。気疲れしてしまう。


「ああ知ってるぜ。牧のジジイのお気に入りだからな」

「ジジイって……そうか。牧会長ってよく現場を回ってらしたという話でしたね」

「変わり者だからなぁ、あのジジイは」


 言葉は悪いしニコリともしないが、どこか嬉しそうに工房のオヤジは語る。


「オレら職人が会社の心臓部だ、とか抜かしてよ。客なら自分がいくらでも取って来られるが、いい製品を作るれるのは職人だけだ、それが我が社の一番の強みだ――ってな」

「いい会長さんですね。当時は社長でしたか」

「つっても時々、自分の趣味はちゃっかり主張してくるんだけどな。あんな武器を作って欲しいだの、こんな装備を見てみたいだの」


 会ったのは一度だけだが、蓮にもなんとなくその姿が想像できた。


「んで、今日はなんだ? その坊主の『専用装備』の進捗でも聞きに来たか?」

「そんなところです」

「……もう取り掛かってたの?」

「ええ、【イージスマント】の改良版」

 

 今も装備しているイージスマント。ただ色やサイズが蓮好みではない。


 そして機能面でももっと応用が効くようになって欲しい……そういう要望を出してみたところ、では作ってみましょうという回答が返ってきたのだった。


 まだ企画段階かと思いきや、話は進んでいたらしい。


「蓮さんの体のサイズは完璧に把握してますからね! バッチリ発注済みです!」

「そう……?」


 完璧と言われても。

 最近は成長期だから日に日に背は伸びているはずだ……と蓮は勝手に信じている。測ってないけれど。


「取りかかっちゃいるが、まだ大して進んでねぇよ」


 工房のオヤジはギロッと蓮のことを見て、


「専用装備ってからにゃ、まずは使い手を知らねぇとな。だからその坊主の動画を見てたところだよ――しかし厄介だぜ」


 そこで、オヤジは特大のため息をつく。


「蓮さんに何か問題が? あるはずありませんよね? 蓮さんですよ?」


 圧が強い。

 ビジネスモードなら冷静な衛藤だが、こうなると相手が誰であれ噛みつく獣になる。


「落ち着け姉ちゃん。別に坊主が悪りぃとか、そんな話じゃねぇんだ。坊主、オメェさんの戦い方だが……」


 改めてこちらに向く。


「尋常な配信者のそれじゃねぇな。恐ろしくスレスレのところで戦ってやがる。自分の首を敵の眼前に差し出して――もっとも危険な死地に自分の命をさらしておいて、そのうえで敵の命を刈り取る。確実にな」

「…………」


 衛藤も矛を収めて耳を傾けている。


「もっとも、捨て身の配信者なんざいくらでもいる。リスポーンや痛覚遮断があるんだ、死ぬのを怖がらねぇ奴なんていくらでもな。……しかしオメェさんはしっかりと死を怖がって、それでもビビらずに、絶対に死なずに、絶対に敵を殺す――そういう戦い方をしている」


 それは蓮に染みついていることだ。

 封鎖されたダンジョンで生き残り、現実へと生還するためには必要なことだった。


「昔のダンジョン探索は命懸けだった。リスポーンだのといった仕組みが出来上がる前はな。オレらも、そういう命懸けの連中のための武器を作ってた。……牧のジジイがオメェさんに惚れ込むのも分かるぜ。あの連中を思い出させるような――いや、それ以上に鬼気迫ったを感じるぜ。実物を前にすると特にな――」


 工房のオヤジはガシガシと頭を掻いて、


「――だから厄介なんだよ。そういうつわものに気に入られる装備を造るってのは、片手間で出来るもんじゃねぇんだ。他の納期に追われながらやんなきゃなんねぇ」


 言って苦笑するオヤジだが、どこか楽しそうにも見える。


「そんなわけで、頭のテッペンから足の先までウチの装備ってのは時間がかかるが……まずは依頼の【イージスマント】。こっちで仕上げとくからよ。できあがったら取りに来な。坊主、オメェさんも一緒にな」

「――ですって、蓮さん! 良い方ですね!」

「うん」



 ■ ■ ■



 オヤジの無愛想な見送りを受けて工房を出たところで、衛藤のスマートフォンが鳴った。


「シイナさんのマネージャーでしょうか? コラボ延期のお詫びはもう受けたんですけど……あれ? これは――」


 しばらくメッセージに目を通して、衛藤は珍しく困惑した顔を蓮に向けてきた。


「どうしたの?」

「いえ……ダンジョン庁から、ナイトライセンス試験についての連絡でした」


 夜間にダンジョンに出入りするためのナイトライセンス。蓮の活動範囲を広げるためにも必要な資格だ。


「なにかトラブル?」

「いいえ試験は予定どおり。今の連絡、戦闘試験の相手が決まったというメッセージでした」


 事態は順調に進んでいるのに、衛藤の顔から戸惑いは消えない。


「これ、普通ではあり得ないんですけど……同じアイビスで」

「?」

「蓮さんと戦う相手、シイナさんに決まりました」



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