第65話 夜嵐(前編)
シイナとナイトライセンス試験で戦うことになる――
ナイトライセンスを取るための試験で、もっとも重要なのは戦闘力だ。そのための試験官は他の配信者が務めることが一般的だ。試験官には当然、一定以上の戦闘力が求められるので、ナイトライセンス持ち、クラスの称号を与えられた者が選ばれる。
『同じ事務所の配信者は試験官になれない』――という明確なルールはないが、通常、忖度が生じないよう関係者は選ばれにくい。
今回のように、蓮の試験官としてシイナが選ばれるというのは異例だ。衛藤が困惑するのも、そういった事情かららしい。
「……蓮さんなら、試験なんて軽々とパスしてくれるとは思いますが」
浮かない顔の衛藤。
「最年少の――中学生の蓮さんが配信者になること自体に反対する人たちは、いまだに居ます。そんな人たちにとっては、ナイトライセンスなんてもっての外でしょう」
「シイナ……先輩が選ばれたのも、そういう理由?」
「かもしれません。蓮さんが勝っても『試験官から手加減をされていたから』なんて、理不尽なイチャモンを付けてくる気かも」
これはマズい事態だ。
試験に通る、通らないじゃなくて――問題は、衛藤のこと。
(そんなことになったらこの人、関係者全員を抹殺するかも――)
社会的に。
あるいは、
もうすでに彼女は、全身からただならぬ殺気を放ち始めている……。
そんな事態を防ぐためにも、蓮は何がなんでも試験に通らなくてはならなくなった。
「シイナ先輩は手加減しそうなタイプ?」
「あ、それは絶対にあり得ません。むしろ出来ないタイプです」
「それなら大丈夫なんじゃない?」
「ところが、シイナさんは試験のような――『型にハマった場』には、まったく向かない戦闘スタイルなんです。なので、評議員が試験そのものに難癖を付けてライセンス取得を渋る気かも……って、蓮さん。シイナさんのアーカイブ見てませんね?」
「……う」
コラボ相手について研究するよう言われていたが、コラボ自体がおっくうでスルーしていた。
「仕方ありませんね。ではこれから見てみましょうか、事務所で」
■ ■ ■
衛藤の提案で、四ツ谷ダンジョンから3駅のところにあるアイビスの事務所を訪ねていった。
人気配信者を多く擁するアイビスだが、事務所はこぢんまりとしている。一応、ビルの1フロアを丸ごと独占してはいるが、賃貸だし、面積もそんなに広くない。
社長の二ノ宮が1人で起業した際には、そもそも事務所なんてなくて、自宅やレンタルルームで仕事をしていたらしい――その時代と比べれば、これでもかなり拡大したほうだ。
蓮も何度か訪れたことがあるが、そのたびに社員や先輩配信者と顔を合わせることになるので、ちょっと気が重くなる。
そして今日も――
「お! ウワサの蓮くんか!」
男性の先輩配信者に捕まってしまった。スポーツマンっぽい、背の高い爽やか系な配信者だ。
「俺は
「は、はあ……」
共通点があったところで親しくなれそうな気はまったくしないが……先輩なので邪険にはできない。
「堂間さん、今日はミーティングですか?」
衛藤が尋ねる。
「いえ、サイン書きの缶詰っす! さっきまでそこの会議室で。いや~、マジで肩こりそうっすよ」
げんなりした顔で腕を回してみせる堂間。
「もう終わったんですか?」
「うす」
「――それじゃあ蓮さん、会議室使いましょうか」
「? 蓮くんもサイン書き?」
「いいえ私たちはシイナさんのアーカイブ視聴を」
「おっ!? シイナちゃんの? 俺も一緒に見ていーっすか?」
衛藤は少し考え込んでいたが、
「蓮さん、どうでしょう。堂間さんも上位クラスの配信者です。解説してもらうなら、私より適任かもしれません」
「僕はいいけど――」
「私と蓮さんの蜜月を邪魔されてしまいますが、よろしいですか?」
「……いいよ、別に」
「本当に本当ですか!? 後悔しませんか!?!?」
「絶対しないからいいよ」
謎なテンションの衛藤を横目に、蓮はさっさと会議室に入る。
「あ、ちょっ、蓮さん? 先に行かないでください!?」
「……衛藤さん、今日も絶好調っすね」
と、堂間も付いてきて試聴会は始まった。
アイビスの会議室には、特大の中空ウィンドウで映像を映し出せる機材がそろっている。
衛藤、蓮、堂間と横一列に並んで、シイナの戦闘配信を再生する。生配信のアーカイブ動画で、チャット欄も当時と同じように流れるものだ。
蓮は、シイナの姿を初めて見る。
「……ドレス?」
ダークネイビーのナイトドレスに身を包んだ、銀髪ロングヘアーの18歳。前髪も長く、ヘアピンで片目だけを露出させている。スレンダーな美女だ。
薄紫のピンヒールで石畳の床をカツンと叩き、
『――こんばんは』
カメラに向かって語りかける。
『今夜も豚どもがうるさいわね――気持ち悪い』
冷たい声で言い放つと、配信のチャット欄が、
・ブヒイイイイイイイイイイイ
・ぶひぃいいいい!
・シイナ様ぁあああああああああ!
・そうです我々は豚です!!!
・もっと罵ってください!
・ありがとうございます!ありがとうございます!!
「…………。なにこれ?」
「蓮さん、これがシイナさんと愉快な仲間たちです」
「自称『豚ども』なんだよな」
衛藤と堂間に説明されても、ぜんぜん理解が及ばない。
「でも蓮くんも目が行っちゃうだろ? あの脚線美」
ドレスの左足には深いスリットが入っており、シイナの白い脚が惜しげもなく晒されている。
「男なら、絶対釘付けになるよな!」
「……うん」
蓮は画面を見たまま首肯する。
「蹴りが主体のスタイルかな? ハイヒール履いてるけど、あれも武器になる――? ドレスって邪魔そうだけど。魔法の属性は――」
「…………」
なぜか、隣で堂間が呆れていた。
「……衛藤さん、蓮くんってもしかして結構な
「今はちょっと戦闘スイッチ入っちゃってますからね。……それでも、特定の女の子の前だと
「えっ何それ、オモシロそうじゃん! ああ、あの『ゆのちゃん』か!」
「――2人とも?」
蓮を挟んで左右の2人が横道にそれたトークを始めている。
「ですが蓮さん、そういうところもシイナさんと蓮さんは似てるんですよ?」
「?」
「シイナさんも極度の『あがり症』で。人と話すのが苦手――カメラの前に立つと、簡単に許容量をオーバーしちゃうらしくて」
「んで、女王様キャラになっちゃうってワケ」
「……似てないけど?」
「『敵』を目の前にしたときの蓮さん、似たようなものですよ?」
そうは言われても――
『ハァ……こんなマゾ豚だらけの配信、今すぐにでも終わりたいけれど』
・いやだああああああああああ!
・もっと冷たく! もっと冷たく言ってください!!
・それはそれで、アリ!!!
…………。
こんなのと一緒にはされたくないが。
『本当、八つ裂きにしてやりたい。仕方ないから私の狩りを見せてあげるけど――』
と、蔑んだ眼差しを向けてくるシイナの背後から、見覚えのある顔が映り込んできた。
『あーシイナちゃーん! やっほー☆』
『り、梨々香ちゃん――!?!?』
こちらもアイビス所属、配信者の梨々香だ。
それまで氷の美貌を保っていたシイナの表情が一瞬で崩れる。
『ふぇえええっ!? ど、どうしてここにぃっ!?』
『梨々香も配信なんだー☆ あ、私もあいさつしていーい? 豚どものみなさーん、梨々香でーっす』
相変わらずフランクな人だ。
シイナとまったく違うタイプだが、チャット欄は盛り上がる。
・梨々香ちゃーーーん!
・ギャルだぶひぃいいいいい!
・うわ可愛い!
・豚ですブヒィイイイイイイっっ!
・太陽と月って感じだな2人
・シイナ様、素が出てますよww
・梨々香ちゃんのこと大好きだからなぁw
『ふ、ふわっ……、梨々香ちゃん、ど、ども……』
急に猫背になり、ペコリと頭を下げる。
『えーシイナちゃん今日も綺麗すぎない? 目の保養なんだけどー?』
「そっ、そんなぁ……ふ、ふへへっ……、り、梨々香ちゃんこそ……、か、かわっ、かわ……ふひゅっ』
・シイナ様キモいですw
・陰キャ漏れてますよ?
・もう目がハートじゃんw
・シイナ様も豚化してますねぇ!
・俺たちは豚仲間だった?
大人っぽいナイトドレスを纏った18歳のお姉さんが、見るも恥ずかしいほど表情を引きつらせて恥ずかしがっている様子――
「…………。僕、似てないよね?」
「ま、まあここは流石に……」
「シイナちゃん、基本はひきニートだからなぁ。俺が事務所であいさつしても目も合わせてくれないし、小声でなんか言ってすぐ逃げるし」
「…………」
そこだけはちょっと共感。
『り、梨々香ちゃん、今日って――』
と、動画の中のシイナが言いかけたところで、第三者の声が割り込んでくる。
『梨々香ーっ? どこいんのー?』
『あっ朔だ』
・りりさくの朔か
・カップル配信者だもんな
『お、いたいた。梨々香はやく行こうぜ~』
『は~い。そんじゃね、シイナちゃん。バイバーイ☆』
『……………………』
・シイナ様、殺気が!
・メッチャ睨んでおります!
・オレらにも向けてくれないほどの殺意が朔を襲う……!
・梨々香ちゃん取られたからかw
・脳が破壊されちゃうねぇ
「――睨みすぎじゃない、この人。殺気のコントロールが下手だね」
「……蓮さん。想像してみてください」
「?」
衛藤が、なにやら諭すような口調で、
「動画の中の梨々香さんのことを、結乃さんだと思って。そして朔さんは――そこの堂間さんでいいでしょう。2人はカップルです」
「……は?」
「そしてシイナさんの立場が蓮さんだとして……配信中に結乃さんとバッタリ会うも、堂間さんにかっさらわれてしまう――なんてイメージしてみましょう。どうですか?」
「――――――。は?」
「ちょ、ちょっと衛藤さん!? 蓮くんが、蓮くんが死ぬほど睨んでくるんだけど!?」
右隣に座っている先輩配信者の堂間を見上げる。
この男が、結乃に馴れ馴れしく話しかけて、連れ去って――
「――――――――」
「怖い、怖いって!? なにこの子!? 俺、鳥肌立ってるんだけど!?!? チビリそう! チビリそうだから!!!」
画面の中のシイナとよく似た形相で、蓮はしばらく堂間に殺気を送り続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます