第66話 夜嵐(後編)


 ちょっとだけヒートアップした蓮だったが、衛藤に促され、深呼吸をして落ち着いた。


「ほ、ほら蓮くん? シイナちゃんがモンスターと戦闘始めたぞ? じっくり見ようぜ~……」


 ムスッとした顔で腕組みをする蓮と、その隣でゲッソリとする堂間。


「衛藤さ~ん、今みたいなの、もうナシでお願いしますよ!?」


 堂間が情けない声を出す。


「俺、寿命縮まったんすけど」

「ふふふ、そうですか」

「ふふふじゃねーっすよ……」


 動画の中ではシイナも元のペースを取り戻していた。配信用の、冷酷な女王様の顔だ。


 対峙しているのはリザードフォークと呼ばれる、竜人タイプのモンスターだ。オウガ属と同じように武器を扱ううえに、体の一部に鎧まで装備している。


 剣や槍を持ったリザードフォークが8体。


 兵隊めいた二足歩行のモンスターにシイナは、愛用武器の二丁拳銃を取り出すと、慣れた動作で照準を合わせる。


 ――無造作に、2発、3発、4発。


 銃撃を浴びたリザードフォークの1体がのけ反る。シイナの銃弾は肩や腹部の鎧を貫通し、喉元と頭部も撃ち抜いた。


 その隙に別の1体が肉迫。

 しかし次の瞬間、三日月型の斬撃がそのリザードフォークを真っ二つにした。


 銀のハイヒールによる回し蹴りだ。

 深いスリットから露わになる、長くて白い脚。



「……風魔法」


 蓮はつぶやく。

 今の蹴りには――正確には、あのピンヒールは風魔法を纏っていた。一撃でリザードフォークを鎧ごと斬り捨てる威力。


 そしてその前の銃弾も。



 シイナは、迫ってくるモンスターへと次々に銃弾を放つ。攻撃を華麗に躱し、ドレスのスカートをはためかせ、強烈な銃撃を浴びせ続ける。


 ――弾切れはしない。


 あれは拳銃の形と機構をそなえているが、撃ち出している弾は金属ではない。風魔法そのものだ。



「なんで拳銃――、指向性を高めるため?」

 

 風魔法を放つだけなら道具はいらない。だが武器の中には、魔法の威力を高める効果を持つものもある。風を生んで銃弾の形にし、放つ。その一連の工程をフォローする役目があるんだろう。


「でも反動まである……」


 シイナが引き金をひくたび、反動で腕が跳ね上がっている。


「あれは配信映えするからっしょ」


 堂間が言う。


「やっぱカッコいいじゃん? 見てる方も『撃ってんな~』って気分になるし。……それに、あの反動も利用するんだぜ?」

「利用?」

「ま、見てりゃ分かるよ」



 動画の中では、戦闘は次の局面に進んでいた。

 敵わないと見たリザードフォークが、仲間を呼んでシイナを取り囲んでいる。


 ドレスの銀髪美少女と、統率の取れたリザードフォークの軍隊。


『……ハァ、爬虫類が群れてる……』


 気だるそうな声でつぶやくと、シイナは脱力して両腕をだらんと垂らす。無防備もいいところだ。リザードフォークたちは、明かな劣勢に相手が戦意をなくしたと見て、長い舌で舌なめずりをしてジリジリと包囲を狭める。


 シイナの無気力な黒い瞳は、焦点が合っていないようだ。端から見れば絶望で抵抗を諦めたようにも映るが――


・くるぞ!

・来るか!? シイナ様の夜嵐!


 チャット欄の期待に応えるかのように、シイナの周囲で風が渦を巻く。


 途端。

 烈風が生じる。


 シイナの全身から魔力が生んだ風が発せられ、そのあまりの強烈さにリザードフォークたちは、たじろぎ身を固くする。


 やがて風は轟轟とうなりを上げて、シイナの細い身体を宙に浮かせた。シイナを中心に球状の『風の結界』が出来上がり、触れるだけでリザードフォークの硬い肌すら切り裂かれ、鮮血が風の渦に呑まれていく。



『――――【夜嵐よあらし】』



 それはシイナの専用装備の名であり、彼女のユニークスキルを示す言葉でもあった。



「攻防一体のスキルか」

「だけじゃないぜ蓮くん。これはまだ序章だ」


 堂間の言うとおり、これはただ風魔法を纏うだけの技ではなかった。『結界』の範囲は広がり続け、それに比例して中心部はより激しく乱れる。


 宙に浮いたシイナの身体は、つむじ風に呑まれた木の葉のようだ。前後左右に揉みくちゃにされ、ついにはグルリと一回転して――


 ――ダンッ


 上下逆さになったシイナが発砲する。風の弾丸がリザードフォークの胸を貫く。


 シイナは敵の姿を見てはいない。成されるがまま風に揉まれながら、それでも次々とリザードフォークを撃ち殺していく。



「目で見てない……そうか、風の結界で感じ取ってるんだ」

「正解。つーか、一発で見抜くんだな蓮くん」


 風が触ったものを感知し、そこへと銃口を向け、引き金をひく。するとその反動で腕が跳ね上がり、体勢が変わり、次の敵へと照準が合う。


 彼女自体が災害だ。

 周囲すべてを巻き込んで切り裂き、心臓部を撃ち貫く。

 無感情に容赦なく、片っ端から暴力的に。


 嵐の中でシイナの銀髪が舞い、ドレスが翻る。スカートの中が見えようとお構いなしだ――というより、気にしたところでどうしようもない体勢。あの乱気流の中でスカートを押さえようなどない。


 無論、『見せパン』ではあるのだろうが――



・見えたぁアアアアアアア!

・ありがとうございます!ありがとうございます!!

・黒!!!!


 ……『豚ども』は大喜びだ。

 まあ、ダンジョン配信のリスナーだけあって、そういうセクハラ的な興味だけでなくこの戦闘そのものに惹かれてもいるようだが。


・かっこよ!

・なんちゅー魔力量や!!

・なんであの中で狙い付けられるんだよ……

・やっぱ化け物だぜオレらのシイナ様は!


 実際、蓮も驚愕していた。『最小限のコストで最大限の殺戮』を生む蓮の戦い方とは違う。『どれだけコストを掛けても周囲を殲滅する』スタイルだ。


「凄いね」

「蓮さんなら真似できるんじゃないですか?」

「……まあ、それは。でもここまで効果的にはならないよ。――拳銃も理に適ってるし」


 嵐の中――風の結界の中を、風の銃弾は難なく飛翔する。


 同一人物の魔法だからという理由もあるが、拳銃で『攻撃する方向』をしっかりと定義することで、このスキル【夜嵐】をより強固なものにしているのだ。


「ドレスも風をコントロールしてるんだね」

「ええ。あれがシイナさんの専用装備の効果です。あのナイトドレスは魔法を増幅させるのと、風を周囲に留める効果があります」



 ――と。

 シイナの猛攻を、1体のリザードフォークがズタボロになりながらも突破した。手にした槍でシイナの肉体を貫かんとするが、接近したとてシイナの敵ではなかった。

 

 ――ザンッッ


 ピンヒールによる斬撃の餌食だ。

 両断されたリザードフォークは、風の結界内で八つ裂きにされて絶命する。

 

 もはや勝負は決した。

 兵士のように勇ましかったリザードフォークの集団も、わずかな生き残りは命からがら逃げ去っていった。


 それでようやく【夜嵐】は収まる。

 風に舞っていたシイナが、ゆっくりと着地する。


 ドレスには汚れひとつなく、乱れていた銀髪は彼女自身の風魔法で撫でつけられ――何事もなかったかのように、【夜嵐】が起きる前と同じ姿のままでシイナはそこに立っていた。



「これがシイナ先輩……か」

「どうです? 性格もですけど、戦闘のデタラメさも蓮さんと共通するところがあるでしょう?」

「俺は相手にしたくないねー。見てる方がいいや。きっついぜー、このスキルを突破するの」


 このシイナと、今度の試験で戦うことになる。


「もちろんシイナさんも称号を持ってます。ただ一般的なクラスで表すことができないので……」

「戦闘方法が特殊すぎるもんな。格闘家とも呼べないし、ただの銃士ガンナーってのも違うし」

「そうです。そういう配信者には、特別な称号が付けられます」


 衛藤はピッと指を立てて、


「シイナさんの称号は【双銃そうじゅうの舞踏家】――もっとも、あの夜嵐はダンスなんて生易しいものじゃありませんけども。ドレスを纏って舞い踊る。そんなイメージらしいです。……彼女、私たちアイビスの中でもトップクラスの戦闘配信者ですよ。イベクエで一緒になった梨々香さんより――失礼ですが、強さの面ではさらに格上です」


 蓮は基本的に、戦闘を楽しむ種類の人間ではない。戦闘それは、あくまで生き残るための手段でしかなかったからだ。


 だが最近は少し考え方が変わっている。


 配信者になって『魅せる戦い』もあることを知った。自分の戦闘で、リスナーたちが喜んでくれる。結乃たちのように、蓮が手ほどきすることで喜んでくれる人もいる。


 そして今日。

 シイナを相手に、自分の腕を試してみたいと思った。あの【夜嵐】を突破してみたい、と。


「面白そうだね――」


 動画の中で冷たい眼光を放つシイナを見て、蓮はニヤリと笑った。


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