第101話 反響:アイビス旅行部


「お疲れさまでした蓮さん、さあお好きなだけ食べてください!」


 クエストの後日、アイビスの事務所で蓮の前にはズラリと高級そうなケーキが並べられていた。


「ども――」

「わぁ、おいしそー! レンレンが食べないならお先に~」

「梨々香ちゃん、食べっぷりも可愛い…………」


 手を付けるより前に、隣に座っていた梨々香が手を出し、それをシイナが羨ましそうに見つめている。


「わ、私も食べられたいな……な、なんちゃって……」

「……僕を挟んでやらないでくれる?」


 なぜかケーキになりたがるシイナのテンションはさておいて――応接用ソファで左から梨々香に、右からシイナに挟まれて、文字どおり物理的に肩身が狭い。

 助けを求めて向かいに座る衛藤に視線を送るが、メガネの敏腕マネージャーはニコニコ笑顔で見守るだけだ。


「レンレンも食べなよ、はい、あーん!」


 自分で使ったばかりのフォークにチョコケーキを乗せて蓮の口元に寄せてくる。


「い、いやいいって……」

「遠慮しなくていいのに~」

「殺されるから、隣の人に――」


 右側からのシイナのプレッシャーが強まるのを感じて蓮は固辞する。


「えー、大げさだねレンレン」

「大げさじゃないって」

「…………、間接キスしたらコロス……すぐコロス……」


 いちいち鋭い殺気をバラまくのもやめて欲しいが、至近距離で睨まれると別の意味でつらいものがある。


 性格はともかくシイナも相当な美女だ。

 人見知りが発動しているときはモニョモニョしている表情も、こうしてキレていると整った目鼻立ちが強調されるし、引きこもりで日光に晒されていない肌は白くてきめが細かい。自堕落な生活を送っているそうだが清潔感はばっちりで、長い髪はサラリと揺れる。


 ぱっと見はクールなツンツンお姉さん。

 私服のダサジャージも大してデバフにならないほどスタイルもいい。


「もー、恥ずかしがっちゃって仕方ないなぁレンレンは。……今日は結乃ちゃんいないんだし。梨々香に甘えちゃってもいいんだよ……? ね?」

「っっ! そ、そういうのじゃないって……!」


 急にトーンを下げて左耳に息を吹きかけてくる梨々香からは、ケーキ以上に甘い匂いがしてくる。

 長いまつげの綺麗な目。薄いピンクの唇。ざっくり開いたトップスの胸元――目を向けると谷間が見えてしまうので、なるべく正面に顔を向けるようにしているが……。


「あはは、レンレンかーわいい☆」


 からかわれているのは分かっているが、時々この人は本気の目をしているような、そんな気もする。


「遠野蓮……、可愛くはない……」


 シイナはまだじっとりと睨んでくるが、


「シイナちゃんもだいぶレンレンと仲良くなったよねー。シイナちゃんが男の子にこんなベッタリくっつくなんて」

「くっついてないよ梨々香ちゃん!? わ、私は梨々香ちゃん一筋……!」

「そう? このあいだ『初めて男の子と仲良くなれそうで嬉しい』って言ってたじゃん」

「そ、そこまでは言ってない……っ!」


(だから僕を挟んで揉めないで欲しいんだけど――)


 もう一度、衛藤に救援信号を送るが、


「推しに推しが増えるのは、いつ見ても良いものですねぇ」


 なんて言ってご満悦な様子だ。

 

「そうそう。これが本題なんですが――今回は蓮さんをはじめ皆さんは大活躍でしたし。どうでしょう、配信お休みして旅行にでも行ってみては? 四ツ谷ダンジョンも点検のためにしばらく使えませんし」


 それは問題だった。

 リスポーン機能は復旧したらしいが、あんなことがあった後だ。すぐに今まで通りとはいかないようで、都内の配信者の中では他のダンジョンに出稼ぎ配信に行こうという話が飛び交っている。


「でも旅行って、配信はいいの?」

「生配信はお休みでも、旅先の様子を動画にすれば旅費も経費で落ちますよ。それに……やっぱりダンジョン配信をしたければダンジョンのある町を目的地にするという手もあります。――梨々香さんやシイナさんはどうでしょう?」

「ちょっと待って、僕の話じゃなくて?」


 衛藤が提案するから、てっきり蓮の旅行についての提案かと思ったのだが。


「ええ。皆さんでご一緒にどうかと」

「うそー、いいの衛藤さん!」

「わ、私は……外出はめんどう……、うう。でも梨々香ちゃんと一緒なら……一緒のベッドで……一緒に……、うっ!? 鼻血が……ッ!」

 

 なんだか話が勝手に進んでいる。


(考えてみれば旅行なんて行ったことないし)


 面倒なのはシイナと同じだ。知らない人間ばかりの知らない土地で、慣れないベッドで眠るのなんて気が乗らない。


「あ。結乃さんからメッセージです」


 衛藤がスマホを確認して、


「結乃さんも賛成だそうです」

「いつの間に……」


 と、すぐに蓮のスマホも鳴動した。

 結乃からだ。


――――――――――――――――――

[柊 ゆの]

――――――――――――――――――


旅行だって

楽しみだね!


蓮くんはどこに行きたい?

 

――――――――――――――――――



 完全に乗り気だ。

 しかし、結乃と一緒に旅行――


「…………」


 いつもと違う景色を結乃と歩いて、買い食いして、宿では浴衣姿になって――。


「あれ? レンレン顔赤くない?」

「あ、赤くない……!! ま、まあ。みんながそんなに行きたいなら、僕も行ってもいいけど……」


 蓮の宣言に、梨々香と衛藤がわあっと歓声をあげる。


「そんじゃどこ行くー? 梨々香はねぇ、温泉はマストだし美肌の湯がいいな。あとは海とか、美味しいお料理も食べたいでしょー、ユニバもいいし、ホテルから綺麗な夜景が見えるのがいいよねー☆ そうだ、衛藤さんも行くでしょ?」

「私ですか? いいえ私は――」

「いいじゃん行こうよ! 休みとか言ってもこのメンバーだと動画とか生配信やりそうだしー、フォローしてくれる人がいると嬉しいし」


 なんだかんだ言って配信者ばかり。最近は蓮にとっても配信は仕事というより習慣になりつつある。


「経費で落ちるってことなら衛藤さんも業務のうちにカウントできるでしょ? 仕事しながら息抜きもできるよー☆ ね、蓮くんと一緒に旅行したくない?」

「し、……したいですよそれはもう! 俄然断然、絶対したいですよ……!」


 メガネの奥の衛藤の瞳が燃えてきた。こうなると彼女は止まらない。


「でしょー? ぜったい楽しいよ☆」

「スケジュールを調整して、修羅にもバックアップしてもらって……うん、行けそうですね……!」


 2人を中心に盛り上がっていると、ふらりと堂間が通りかかった。


「お? 何やってんのみんなで」


 今日も爽やかなアスリートお兄さんといった風情で、気軽に声をかけてくる。

 旅行の計画を立てていることを聞くと、


「いいね楽しそうじゃん」

「堂間さんも行くー?」


 誰に対してもフランクな梨々香の問いかけに、堂間は少し考えてから、


「でもさ、【れんゆの】に【りりさく】だろ。俺が入るとバランスが――」

「あ。朔はたぶん行けないよ。なんか、アメリカ旅行に行くんだって。友達に誘われて」

「おいおい、まさかまた浮気?」

「んーん。男だって。アメリカのライブストリーマーといつの間にか仲良くなったんだって」

「へえ? 朔も交友関係広いな。しかしそうなると――」


 堂間は改めてメンバーを見回して、腕を組んでうんうんと唸る。


「せっかくだけど俺はパスしとくよ。旅先で配信とかすることになるんだろ? だったら……女子の中に蓮くん1人……そっちのほうが需要ありそうじゃね?」

「たしかに!」

「そうですね!」


「ちょ、ちょっと――!?」


 このままいくと、結乃、衛藤、梨々香、シイナ――そこに男は蓮が1人になってしまう。女子寮での生活で多勢に無勢には慣れてきたとはいえ、旅行先でこのメンバーというのも。


「ど、堂間さん」


 特別仲が良いわけではないがコミュ力の高い堂間が居てくれると心強いのに。そう思って視線で縋るが、彼はグッと拳を握って、


「がんばれ蓮くん! きみならやれる! ハーレム旅行配信だ!」

「堂間さん!?!?」


「楽しみだねー☆ 可愛い旅行カバン欲しいなー、下着も新しいの買ってぇ……シイナちゃん一緒に選びにいこ!」

「しっ、下着ィ!? 梨々香ちゃんの勝負下着!?」

「――もしもし修羅? ええ、ええ。アイビスの配信者さんたちと慰安旅行です。もちろん蓮さんと結乃さんも一緒ですので貴女も……いえ、寝るのは別々ですよ? 貴女と寝ると大変なことになるんだから――」


 蓮の不安をよそに、旅行計画は着々と進行していくのだった。

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