第99話 MVP


 倒した荒巾木がアーカーシャに拘束されるのを確認して、蓮は戦闘態勢を解く。1階層の騒ぎも収束に向かっているようだ。


 と――


「蓮くん……っ!」

「わぷっ!?」


 結乃に抱きしめられる。

 顔面いっぱいにむにゅんと柔らかな感触が伝わってくる。彼女は自分が助かった安堵よりも、勝利の喜びのほうがまさっているようで、だからこれは賞賛のハグのようだ。


 胸に顔をうずめたまま後頭部をナデナデされると、部屋で2人きりのときのような気分になってくる。結乃の甘い香りに誘われて、両腕を彼女の背中に回そうとして――ハッと気づく。


「は、配信……! まだ配信してるから……!」

「あっ」


・ごちそうさまでーす

・隙あらばイチャつくカップルの鑑

・配信中じゃなければどこまでいってたのか詳しく

・やっぱ「れん×ゆの」じゃなくて「ゆの×れん」だよなw 

・攻めろ蓮くん!


 ハグを解いて顔をそむけ、2人して顔を赤くする。


「アツアツじゃねぇか! キスしろキス!」

「あんたも黙ってて!?」


 アーカーシャからの野次を叱りとばす。


「ご、ごめんね蓮くん」

「いいんだぞ結乃ちゃん、唇の1つや2つ奪っても。減るもんじゃねーんだし!」

「だから黙っててくれる?」


・誰だあれ?

・犯人に似てね?


「ああアレは……気にしなくていいよ。味方だから」


 養母のことは伏せておくことにした。配信に出しゃばってきたら面倒になることは間違いない。


「……でも、結乃が無事で良かったよ」

「蓮くんが絶対助けてくれるって思ったから。ありがとう」


 結乃が囮になってくれたおかげで荒巾木を釣り出すことができたのも事実だ。 


 助手とともに首謀者を連行していくアーカーシャによれば、彼女からはリスポーン阻害の原因などを聞き出す必要があるとのことだ。ちなみに上層階で倒された配信者たちも、装置のそばまで行くとリスポーンが発動し元に戻れたらしい。


 それでも多くの人を危険にさらした姉は極刑を免れないだろう……と、サラリと話したアーカーシャは、すでに身内を失う覚悟は決めていたようだ。



「上層階のスタンピードは大丈夫かな?」


 配信用のトーンで結乃が聞く。


「心配ないよ。うちの先輩たちがいるんだし――」


 アイビスの面々の配信を開く。


 堂間は多数の配信者たちをうまくまとめて、もう1階層に帰って来ている。

 りりさくの2人は、自由に動き回る梨々香に朔が振り回されながらも大活躍だったようだ。


 そして、高レベル帯に対応したのは――シイナだ。【夜嵐】が猛威を振るい、強力なモンスターたちは肉片となって転がり、消え去っていった。


「……ん?」


 ふと、シイナがカメラ目線になった。

 どうやら蓮の存在に気づいたようだ。


「――ボイチャだ」


 ボイスチャットの通知音。シイナからだ。プライベートはもちろん、仕事でも通話なんてしたことがないのに。電話でのコミュニケーションは特に苦手だが、しかし今は配信中、出たほうがいいだろう。

 

 通話を許可すると、イヤホンから平坦な声がした。

 配信用の『女王様』的なシイナの声だ。


『遠野蓮――』

「シイナ先輩。……さすがだね」

『……そうね。が、1階層を目指すついでに各階の厄介なモンスターを瞬殺していったから』


 配信越しにジト目で見つめてくる。


『残った雑魚モンスターなんて、こんなものでしょう』

「――そうだっけ」

『美味しいところばっかり持っていって』


 しらばっくれる蓮に、シイナは小さくため息をついて応じた。

 苦情……

 というより、これが彼女なりの絡み方なんだろう。


 と。

 珍しい2人が通話しているのを見つけたのか、先輩たちが次々とボイスチャットに入ってくる。


「蓮くん!」


 スポーツマンな堂間の声は歯切れがいい。


『ありがとうな、おかげで全員回収できたよ! な? みんな!』


 振り返った堂間の背後には、救出された配信者たちが。


『おー!』『サンキュー蓮くん!』『仲間が復活したよ! 本当に、本当に助かった……!』


 彼らの笑顔に、蓮と結乃は顔を見合わせて笑い合う。

 梨々香も通話に入ってきた。


『レンレン! こっちも終わったよ~☆ シイナちゃんもお疲れさま~』

『ひゃっ!? り、りりかちゃん……?』


 さっきまでと打って変わってシイナは狼狽えた声と顔で、


『ぶ、無事でよかった……り、梨々香ちゃん、ボイチャ越しでも声……か、可愛いネ? え、えへへ、えへえへ……っ』


 幸せそうで何より。

 

 ともかくこれで、特別討伐クエストは――いくつものイレギュラーに見舞われたが、蓮たちの活躍により死者も行方不明者も出すことなく、首謀者も拘束されて幕を閉じた。




 ……この特別討伐クエストは、世界中どこにでもあるダンジョンの小さなイベントではなかった。世界の各国が注目する中で行われた、文字どおりに特別なクエストだった。


 故に、ここで活躍を見せた『最年少ダンジョン配信者』の重要性は、さらに高まっていくのだった。


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