第96話 騒乱③


 ■ ■ ■



 上層階から順に人為的スタンピードを制圧していく蓮は、60階層までたどり着いた。


 このエリアにあるはずの転移魔法陣を確認する。

 地面に描かれたその魔法陣は、モンスターに壊されてしまわないよう工夫が凝らされている。


 並大抵の物理攻撃でも魔法攻撃でも消えることはないが、地形が崩壊するほどの一撃を受けてしまうと流石にもたない。


 実際――


『丸ごとやられてるね……』

「うん」


 凄まじい爆発で付近の地面ごと消し飛ばされていた。40階層、20階層の魔法陣もおそらく似た状態なのだろう。


 ――ジャリ


 小さな足音に、蓮は振り返った。


「…………。魔法陣を壊すために自爆したって聞いたけど?」


 そこに立っていたのは例の着物の少女だった。荒巾木に『鬼姫キキ』と呼ばれていた――人造モンスターとでも呼ぶべき存在だ。


 冷たく、けれどどこか怒気を孕んだ黒い瞳でジッと見てくる。


「――――」


 蓮の問いかけに応じるつもりはないらしい。

 殺意だけはひしひしと感じる。いつ飛びかかってきてもおかしくない


「会話する気ないんだ?」

「――――」


 無反応な相手に、あえて口の端を吊り上げて蓮は、


「そういうのよくないよ?……配信映えしないから」

「っっっ!」


 あからさまに表情が歪む。残酷で冷徹だが、冷静ではない――精神が成熟していない。簡単に挑発に乗ってきた。


「…………ッ、人間の娯楽なんて!」

見てるよ」


 配信カメラとチャットの映るウィンドウを鬼姫キキに見せつける。


・いえーい☆ききちゃん見ってる~?

・こう見ると美少女だよな、けっこうタイプ

・ロリコンさん!?

・配信したら意外と人気になるんじゃね?

・ないないw


 リスナーたちは蓮の意図を理解して煽るようなコメントを――いや、ただの本心からの感想かもしれないが――次々に投稿してきた。


・日本人形的な美しさはある。強いし。

・蓮くんより弱いけどね

・まあ相手にはならんな


「~~~~~~ッッ!?」


 鬼姫キキの黒髪がぞわっと逆立つ。


・こっわ!?

・効いてる効いてるw 

 

 こういうときのリスナーたちは頼もしい。

 鬼姫キキの形相が般若と変わる。おぞましい声音で、


「殺すッ! みんな殺す――殺すッッッ!」

『っ!? 蓮くん、アレ!』


 鬼姫キキの背後からゾロゾロと、同じ姿をした人造モンスターが幾体も現れる。――数えると、9体。


・増えた!?

・集団かよ!?


「へえ……そういうこと」


 彼女たちのうち何体かを犠牲にして各階の魔法陣を壊したのだろう。


「「「殺すッッッ――!!」」」


 怒りを共有した人造モンスターが殺到してくる。1体ずつならリスナーが評したとおり蓮の敵ではないが、この数になると面倒だ。


 しかも精神性だけでなく思考も共有しているのか、連携攻撃に無駄がない。


 機械仕掛けの精密さでこちらの行動を制限してくる。まるで、とある一点に蓮を誘導するかのように――


 ――ズボッ


「っっ!?」


 右足首が掴まれる。地面から生えてきた白い手によって、万力のような厳しさで締め上げてきた。動きを封じるどころか、下手をしたら骨すら砕きそうな強さだ。


「――死ねッッッッ!」

「ちッ――」


 首をひねって迫る手刀を間一髪で躱し、地面の手を切り落として、蓮は回避行動を取る。


 しかし、


 ――バギャッ!


 宙に浮いていた配信カメラが手刀の一撃を受けて砕け散った。


「…………っ!?」

「ふ、フフフっっ――!」


 黒髪少女が、さも嬉しそうに、


「配信なんてくだらないモノ、もう続けられない! はは、ハハハッ! いい気味だッッ!」

「うるさい……」


 ギリッと奥歯を噛んで、鬼姫キキを睨みつける。彼女はそれで溜飲が下がったらしい。そしてすぐ再び臨戦態勢に入り、


「さあ、誰にも知られずに――死ねッ!」


 浮かれる鬼姫キキは気づいていなかった。



 ――蓮の口元が、小さくニヤリと笑ったのを。


 


 ■ ■ ■




 ダンジョンの1階層には管理人が常駐している。常時、最低でも2名はダンジョンに詰めて、他のスタッフも使ってトラブルへの対処に取り組んでいるのだ。


「急げっ、早く確認するんだ……っ!」

「分かってるっ!」


 いまその2人の男性は、上層階での異変を受けてリスポーン装置へと向かっていた。

 

 リスポーン装置こそが現代ダンジョンの要だ。その装置本体は、強固なシェルターで守られている。


 科学と魔法の技術を融合させた隔壁と扉は、日ごとに交代する管理人2名にしか開くことができない。


 お互い、当日まで誰が選ばれるかも知らされない厳重さだ。それぞれによる魔力照合と虹彩照合、暗証番号、そして物理キーによってようやく扉は開く。しかもその扉も二重になっている。


「よし、まずは1つ。次を――」


 重々しい音とともに金属製の分厚い扉が動いていく。開ききる前に2人は内部へと飛び込んで2つめの封印に手を伸ばす――


「待て」


 にゅっと伸びてきた白衣の腕に恐ろしい力で掴まれて、管理人はギョッとして振り向く。


「だ、誰だッ――!?」

「そんな警戒すんな、アタシはお前らの味方だ」

「あ、あなたは――」

「開けるんじゃねーよ。それこそお姉ちゃんの思う壺だ」


 彼女の風貌は管理人にも知らされていた。白衣の長身。ボサボサの赤髪に、牙のような犬歯――荒巾木アーカーシャだった。

 

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