第48話 監獄


 ■ ■ ■



「なんだ、あれ……」


 蓮は空を見上げた。

 急に凶暴になったウィムハーピーたちと、そしてそれらを束ねているらしいクイーンハーピー。


 その波状攻撃で、何人かの低レベルのプレイヤーがやられたらしく、またそのうちの何人かが捕らえられていた。


 ハーピー2匹に肩を掴まれ、空へとさらわれて行った先に――


 雲で作られた、楕円形の球体があった。


・うお、初めて見た!

・【雲の監牢】か、ハーピーの集団スキルだな

・あれ中から出られないんだろ? 地味にエグいよな

・魔力吸われるからね


「出られない……」


 リスナーたちからの情報をまとめると、あれはハーピーたちが敵対者を閉じ込めるための檻らしい。あの中で魔力を吸収され、その魔力が【雲の監牢】の堅牢性を高めるのに使用される。


 クイーンハーピーを倒してもアレは消えない。

 女王の指示でハーピーたちが作り出したものだが、もうあの雲の塊は独立して存在している。


 どこかに中心となる一点があって、そこが自立的に魔力を集めているらしい――コアが存在するという構造はどこか、モンスターやダンジョンにも似ている。


 空中にあるというのも厄介だ。人間を始めとした翼を持たない種族があそこから脱出するには、何か魔法を使うしかない。だが魔法の根源たる魔力は吸収される――


 という堂々めぐり。

 外側から魔法で貫けばあるいは――とは思うが。


 蓮が、雲に囚われたプレイヤーたちに思いを巡らせていると、森のほうから、


「あー! レンレン!」


 梨々香が駆け寄ってきた。

 手には……見覚えのある大剣。


「どうしたの、それ?」

「えー? 拾ったの!」


 人気配信者である梨々香の登場に、リスナーたちが盛り上がる。


・梨々香ちゃん!

・ギャルお姉さんだぁあああああ!

・ギャル可愛いな

・ナチュラルにえっろ!

・そっか同じアイビスか

・レンレンって呼ばれてるんだw

・なんで大剣持ってんの?w


「拾ったって……」


 蓮は梨々香の顔を見て、


「……やったの?」

「うん、やっちゃった! てへ☆」

「てへじゃないけど」

「でもでも、コレは拾ったんだよ、マジで。1回、クイーンハーピーに奪われたから魔力のリンクが切れちゃったんだろうね」


 通常、リスポーンのためのリンクが活きていれば、持ち主の死とともに装備も転送される。


 だが例外はある。

 強力な魔力で――例えばエリアボスのような特殊なモンスターに奪われると、魔力が上書きされ、所有権が移ってしまうことがあるのだ。配信者用のリスポーンではなく、モンスターのリスポーンに巻き込まれてしまう。


 つまり厳密に言えば、いまこの大剣の所有者はクイーンハーピーということになるのだが、武器を使うタイプのモンスターではないので、さっさと廃棄されてしまったのだろう。


 あの迷惑男も、装備には愛着というか執着を持っていたようだったので今頃はよほど落胆していることだろう。


「……梨々香先輩」

「ん? なに?」

「付いてる……、ほっぺた」


 蓮は自分の頬を指で示して、梨々香に伝える。


「返り血」

「え~~っ!? うそうそ、やだ汚ーい! レンレン、拭いてよ!」

「……自分で拭けば?」

「塩対応~~っ」


・なんか仲良しだなw

・レンレン呼びなんか

・『先輩』ってのもいいな

・私も呼ばれたい!……いや私は先生か

・なんか教師混じってて草

 

 梨々香はぶーぶー言いながらも自分で頬の血をぬぐい取る。


「んで、レンレンは……ああ、あれ見てたんだ。ヤバイよね、あれ」


 そろって【雲の監牢】を見上げる。


「先輩ならアレ壊せる?」

「思いっきり魔法をぶつければね。どっかに中心部があるから、そこに当たるまで撃ち続ければいけるよ。レンレンもできるでしょ?」

「……中に人がいる」

「まあ、ね。中の人たち助けるの? それは難しいなぁ」


 そう、それが問題なのだ。ここからでは、あの巨大な雲の塊のどこを狙えばいいか分からない。捕らえられたプレイヤーたちの配信を見ても、雲の中の映像は一面真っ白だ。


 極大の魔法を放てばいつかは中心部を撃ち抜けるだろうが、何人かは巻き添えに殺してしまうだろう。


「しょーがないよ、捕獲されちゃった人たちは残念だけど。魔力が尽きたらリスポーンするし。イベクエにはまた挑戦してもらうとして――」

「…………」

「? 浮かない顔だね?」


 蓮は少しだけ思い出して、重ねていた。

 ダンジョンに捕らえられて、逃げたくても逃げられないという状況を。いつか味わった地獄の感触を。


 配信画面で見たあの中のプレイヤーたちは、恐怖に駆られていた。手に届くのであれば、この手で――


「――助けようと思う」

「ふーん?」


 梨々香が、蓮の横顔をのぞき込んでくる。


「……なに?」

「ううん、そっかそっか! いいよ、じゃあ梨々香も手伝う!」


・おお!? 突発コラボ来る!?

・アイビスの先輩後輩コンビいいね!

・【高位魔術師】と、蓮くんは剣士か?


「レンレンは何か策があるの?」

「接近して、斬る」

「シンプル~~」


 巻き込みを気にすると広範囲の攻撃は使えない。あの高さまで上昇して直接攻撃するしかない。それも、魔力を吸収されても支障の少ない物理攻撃で。


「重力魔法で飛ぶの? 届くかなぁ~?」

「たぶん無理。あの高度は厳しいし、ハーピーたちに邪魔される」

「……ハーピーは、倒す?」

「いや――」


 蓮は少し考えて、


「今日のクエストは『討伐』じゃないから。なるべく倒さずにいきたい」

「梨々香も賛成ーっ!」

「……梨々香先輩、僕をあそこまで飛ばせる?」


 配信画面で見た梨々香のスキル、【ルミナスアロー】。


「先輩のスキルで、僕を撃ち出すことができたら」

「ええ!?【ルミナスアロー:レンレンロケット】……ってコト!?」

「いやネーミングセンスは知らないけど」


 梨々香の魔力量と魔法の操作センスを持ってすれば、ハーピーの攻撃をかいくぐりながら【雲の監牢】まで接近することはできるだろう。問題は、『人間を光の矢と同一化させられるか』――だが。


「できそう?」

「レンレン……」


 梨々香は急に神妙な顔つきになると、腰に手を当て、


「この梨々香ちゃんに、不可能なんてあると思う? それもレンレンの頼みだし! ぜったい、やるし!」

「……どうも」


 可能らしい。ならば善は急げだ。


「そだ! これも使っちゃえ、レンレン」


 梨々香から、拾いものの大剣をぽいっと放り投げられる。確かに、蓮の持つブロードソードよりもリーチがあるし、物理的な攻撃力はずっと高い。


「へぇ……思った以上にいい武器だね」


 握った柄から魔力を伝わせる。伝導率が良いというのは事実だった。鈍重な印象のある見た目だが、蓮の魔力を切っ先まで行き渡らせると、ほどよい重さで手に馴染む。


・蓮くんが持つとよりデカく見えるな

・持ち主はアレだったけど物はいいんだよな

・マキ・テクノフォージの最高グレードのやつだろ、そりゃ業物よ


 蓮はいったん梨々香から距離を取り、


「行くよ、梨々香先輩」

「ばっちこーーーーい☆」


 よく分からない掛け声だが、梨々香のほうも準備オーケーのようだ。彼女の右手に魔力が集まっていくのを感じる。


 梨々香に向けて駆けだし、助走の勢いのまま跳躍。空中で上半身をひねって、反転。


「きゃーーーっち!」


 左脚のブーツの靴底を、梨々香の右手が掴む。


「スキル【ルミナスアロー】……全っっ開!!」


 梨々香の右手が力強く発光。その光は蓮の全身へと伝わってくる。蓮の視界も、まばゆい光で覆われる。


 梨々香の右手は発射台カタパルトだ。その細い腕からは考えられないほどの射出力で、ぐんっと全身が押し出され、


「いっけぇえええええ、レンレンっっ!」


 光芒一閃。

 蓮は、大空へと射出された。 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る