第47話 光


「うーん、レンレンどうしてるかなぁ?」


 梨々香は順調にクエストを進めていた。

 持ち前の明るさはハーピー相手にもなんだか通用してしまって、もちろん空振りはあったものの、用意したプレゼントと金色の羽根の交換に成功し、今は5枚。


 残り時間を考えると1位を狙うには厳しそうだが、3位の報酬であるエレメンタルバングルには手が届くかもしれない。


 だが事務所の後輩、蓮は、先ほどチラリと見た配信ではまだ1枚も手に入れられていないようだった。


 梨々香の言葉にリスナーたちが反応する。


・レンレンまたやらかしてたよ、良い意味でw

・クエスト的にはヤバそうだけどね


「ほえー、そうなんだ。……って、梨々香以外の配信見てるの!? 浮気者~~っ!」


・ああすみません!w

・複窓してるから許して!

・オシオキお願いします今すぐに厳しいやつお願いします


 とまあ、梨々香の配信はいつもどおり平和だったのだが。


「……ん?」


 何やら、向こうのほうが騒がしい。

 トトトっと駆け寄ってみると、


「た、助けてっ――」

「きゃああっ!?」


 2人組の女性配信者が、ウィムハーピーに襲われていた。普段は大人しいモンスターだが、その黒い瞳の両目を鋭くして人間に襲いかかり、2匹がかりで1人を空中へと連れ去ろうとしている。


「なんで!?」


 クエストを通じて交流してきたので愛着もあるが、とはいえ見過ごせない状況だ。


「――仕方ないか、【ルミナスアロー】!」


 出力を調整した光の矢でハーピーたちを追い払う。


「どしたの? 倒そうとしたの?」


 温厚とはいえ、配信者側から攻撃を仕掛ければウィムハーピーも反撃してくるだろう。


「ち、違うんです……! 私たちは何も」

「急に空から襲ってきて――」

「そーなんだ? お腹でも空かせてたとか……ううん、そんな感じでもなかったような……?」


 ふと、リスナーのチャットに目を戻すと、


・梨々香ちゃんヤバイ! 全体的に凶暴化してるみたい!

・他の配信者もやられてる

・一斉に巣から出てきたっぽい


 高く広がる空に注意を向けてみる。【高位魔術師ハイ・ウィザード】である梨々香は、魔力の察知に秀でている――確かに、あちこちで魔力の昂ぶる気配がした。


「ハーピーだけが暴れてる?」


 この階層には他のモンスターもいるが、そちらに異変は感じられない。ウィムハーピーだけが暴れ出している。


 ――いや。


「もう1つ、おっきいヤツがいるっぽい? あー、コレは……面倒なやつ来ちゃったかな?」


 梨々香は苦笑いを浮かべて、気配を感じた方向を見上げる。


「女王様の登場か」


 ちょうどそのとき、大空を舞う大きな影がよぎった。シルエットはウィムハーピーと似ているが、サイズはまったく違う。5m近い体長で、翼を広げるとその幅は15mにもなる。


 ――【クイーンハーピー】


 名が表すとおり、ハーピーたちの女王だ。この12階層で最上位のモンスター。俗にエリアボスと呼ばれる存在。


・ルミナスアローで一発っしょ!

・空なのが厄介なんだよな

・あれ最高速で飛行したらルミナスアローでも追いつけるか微妙だぞ


「え~、梨々香たちが怒らせちゃった? 友好的にやってたのにな~」


・アイツがやらかしたらしいぞ

・あいつ?

・あの迷惑系

・たくぼうか!?

・ハーピーを殺し回ってる

・自分もクエストクリアできないじゃん

・関係ないんだろ、愉快犯だしあのクズ

・頭悪すぎだろ

・あいつが参加してる時点で嫌な予感はしてたんだよな


「うそでしょ? ハーピーちゃんたち可愛かったのに!」


 ハーピーの女王は、眷属たちが危機に瀕したことで怒り狂って場に出てきたようだ。そしてクイーンハーピーの憤怒の鳴き声は、ウィムハーピーたちを乱心させる。そのせいで人間に襲いかかっているのだ。


 しかし、あの男はなんの勝算があってこんな愚行を? 今回のクエストにはクイーンハーピーは関係ない。基本的にはウィムハーピーと異なる種族で、攻撃的な性格をしており、金色の羽根を生み出したりもしない。


「……なーんも考えてないのかなぁ?」


 イベントを引っかき回したいだけか、それとも何かがあって焼けになったのか。なんにせよ、本当に迷惑だ。


「梨々香、ちょーーっと怒っちゃった」



 ■ ■ ■



「うるぁあっっ、この畜生がッ! 雑魚いんだよぉっっっ!」


 たくぼうはウィムハーピーを背後から一刀両断にする。断末魔の鳴き声をあげるハーピーに、炎魔法を放ってオーバーキル。


「あー弱い弱い! クソ鳥のくせに、人間様に楯突いてさぁ!」


 まだスッキリはしないが、少しは溜飲が下がった。もうイベントクエストなどどうでもいい。全部ぶっ壊してやる。


 そう息巻いていたのだが、


・だっさ……

・なにこいつ、八つ当たり?

・なんかクイーンハーピー出てきたって

・たくぼうのせいじゃん

・イベクエ楽しみに見てたのに


 リスナーたちのテンションが、あからさまに下がっていた。だがそれ以上に顕著だったのが、視聴者数だった。


「――ハァ!? 同接どうなってんだよ!?」


 同時接続数――リアルタイムでたくぼうの配信を見ているリスナーの人数が、時間を追うごとに減っていた。いま、この瞬間も。


 日曜日のイベントクエストという、絶好の稼ぎどき。開始当初は二千人いたリスナーが、今では数百人にまで減少している。


「ふっ、ふざけんなっっ!?」


 たくぼうのリスナーは、彼と同様、下卑た思考の人間も多い。たくぼうの蛮行を手を叩いて喜ぶような。


 だがそれは、たくぼうが恐れ知らずで実力もあり、自分たちにできないことを成してくれるからこそだった。


・上位クラスがハーピー倒して喜んでもな……

・そりゃ勝つでしょとしか

・つーか蓮にリベンジしないの? まさかあのまま逃げっぱなし?

・メンタルよっわww


「~~~~~ッッッ!?!?」


 上位クラスに相当する明確な数値などはないが、この四ツ谷ダンジョンで言えば20階層レベルの実力はあるとされている。12階層のモンスター相手にいきがって見せたところで、喜ばれるはずもない。


 と、そのとき、


『クィイイイイイイイッッ――――!』


 空から、つんざくような鳴き声がして、大柄なモンスターが急降下してきた。

 クイーンハーピーだ。


(…………っ!? そうだ、コイツをやれば!)


 空棲系のモンスターで、【重戦士ヘビーファイター】のたくぼうではなかなか攻撃が届かない相手――だが向こうから降りてきてくれたなら、いい獲物だ。ハーピーの得意な風魔法も、アンチマジックの鎧には通用しない。


 ここで、派手な戦闘を見せつければ去りつつあるリスナーも呼び戻せるだろう。


「このメス鳥め! 人肉目当てに集まって来やがってよぉ!? おいらが退治してやんよぉ!」


 いつもの威勢も、作り笑顔も戻ってきた。


『ギィイイイっっっ!』


 眷属をやられたクイーンハーピーも、とっくに臨戦態勢だ。


「ぶった斬ってやんよぉ! どぉりゃあああああっっ!……あっ?」


 大剣を構えて振り抜こうとした、そのとき。たくぼうの四肢が、びくりっと痙攣して動きを止めた。


『ギィイイイウっっ――!』


 その隙をクイーンハーピーに攻められる。ギリギリで身をよじって躱すが、その大きな両足の爪がたくぼうの頬を切り裂き鮮血が舞った。


「なっ、なにしやがった!? 妙な魔法を――」


 また剣を振ろうとするが、結果は似たようなものだった。


・幻惑系の魔法とかスキルが使えるんか?

・そんな感じなかったぞ

・いやたくぼう、普通にビビってるくない?


「び、ビビってる!? おいらが!? そんなわけねぇだろうが! こんな雑魚によぉ……っ!?」


 いくらエリアボスとはいえ、12階層のモンスターに恐れを成すたくぼうではない。なのに、体が言うことを利かない。


 剣を握ると。

 拳を振ろうとすると。

 敵を前にすると。


「――――……っっ!?」


 ふいに、脳裏をイメージがよぎる。

 いくら大剣を振るおうとも、何度も何度もはね返される。通用しない。同じ軌道で、同じ威力で――何度も何度も。


 あの悪夢が。


「そ、そんなのっっ……!? あ、ありえねぇ、おいらが、おいらがあんなクソガキにビビって……っ!?!?」


・あーこれビビってますわ

・え?w 中学生相手に?ww

・手、震えてんじゃん

・まだ引きずってんの? ウケるなww

・トラウマってやつよそれ


『キュィイイイイイッッ!』


 敵は、待ってはくれない。常に安全圏にいて、たくぼうに、容赦のない殺意が降り注ぐ。


「うッ、こんな、低レベルにっ! なんで、なんでおいらばっかりっ……!」


 剥き出しになっている頭を狙われている。反射的に――恐怖に駆られるままに、両腕で頭部をかばう。


 そのせいで取り落とした大剣を、クイーンハーピーが両足で掴んで奪い去る。


「あぁッ!? おいらの剣が、誕生日にもらった剣がっ――!? か、返せっ、返せよぉっ!?」


 ハーピーはもちろん取り合わず、足をブンッと振って遠くへ放ってしまう。それでも、女王の怒りは治まらない。殺意に満ちた目で見下ろされ、震えるしかない屈辱――


「うぐぅ……、うぐっ、くそっ……!」


 もはや配信上の体面なども考えていられない。


 クイーンハーピーにも背を向け、彼女の爪が届かない森の中へと逃げ込む。チャット欄ではそんな彼を中傷するようなコメントで溢れてきたようだが、それどころでもない。


 森を抜け、下の階層へと逃げ、さっさとダンジョンから出てしまおう。今日のこれは、タチの悪い夢だ。ダンジョンから脱出すれば、こんな悪夢も醒めてくれるはず……!


 木々の先に見える光へ飛び込むように、たくぼうは逃走する。


「ぬ、抜けたっ……!」


 クイーンハーピーから逃亡できた。これならもう――

 と、そんなたくぼうの顔面に、光の矢がバチンっと直撃した。


「う、うぶっ!?」


 矢の射手は、すぐ目の前にいた。


「やっほー、梨々香だよー☆ えーっと、カメラは……そっちか! どもども、はじめましての人ははじめましてー☆」


 たくぼうの配信カメラに向かって、呑気な明るい声でピースサイン。


「なっ!? ど、どけよクソビッチっっ!?」

「わー、こわーい! そんな泣きそうな顔で言われたら、梨々香も泣いちゃうかもー?」


 本当になんなんだ、今日は。厄日にもほどがある。


(で、でもおいらには……この鎧があるっ!)


 この女は【高位魔術師ハイ・ウィザード】。どんな魔法を放って来ようとも、この鎧でガードしてやればいい。


「どけよぉおおっっ!」


 右の拳を振りかぶってタックル。

 が、トラウマで動きが鈍ったこともあって、


「おっそーい☆」


 簡単に回避される――梨々香はひらりと跳躍すると、器用なことに、たくぼうの頭上に逆立ちで着地した。


「はーい、これからオシオキタイムでーっす☆ このクズ男のリスナーさん? よーく見ててね?」

「お、おまえっ!? 頭を狙うとか、いいのかよっ!?」


 このギャル女も配信中。たくぼうのカメラも録画中。頭部破壊の映像は、こういうタイプには堪えるはずだ――


「梨々香は、ほんとは優しくないの。だからぁ……まじでムカつく相手には容赦しない」


 と、それまで朗らかだった声音が、突如として冷たく響く。



「――さっさと死んで」



 スキル【ルミナスアロー】。

 たくぼうの頭部に、四方八方から光の矢が殺到する。


「や、やめっ、べブッ……」


 首から上を八つ裂きにされ――たくぼうの意識は、脳漿ごと消え失せた。


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