第28話 帰還

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※本日も切りの良いところまで、時間差で2話更新です(28~29話)。次は19時。

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 結乃と一緒に1階層に戻ると、【りりさく】が待ち構えていた。


「ゆーのちゃん! 良かったよー!」

梨々香りりかちゃん――」


 問答無用で、結乃をぎゅーっとハグする梨々香。

 その隣で、


「うんうん、良かったよ結乃ちゃん! はいハグ! ほらハグ!」

「――ありがとうございます」


 両腕を広げるさくのことはスルー。


「あはー、朔フラれてやんのー」

「うっせ!」

「レンレンも、梨々香おねーさんとハグする?」

「いや、いいっす……」


 視線を外して、すすす、っと回避する。


「梨々香もフラれてんじゃん!」

「いーもん。レンレンとは時間かけて仲良くなるから」


 そんな【りりさく】のやり取りを聞きつつ、ふと隣を見上げると結乃と目が合う。


「……なに?」

「ううん、何でも」


 なぜか結乃は上機嫌だ。

 そんなに梨々香とのハグが良かったんだろうか? なんとなく、蓮のことをヨシヨシ、とでもしてきそうな雰囲気。


「つーかさ、触っても大丈夫か、蓮くんのこと?」


 朔が今度は、蓮の腕をツンツンと指でつついてくる。危険物扱いのようだ。


「……なんすか」


 彼も、今回はちゃんと蓮たちの配信を見ていたようで、


「マジすげーな、蓮くん。俺でもギリ勝てないレベル」

「朔じゃ絶対勝てないでしょ。梨々香でもむりー」

「はー、マジか。梨々香がそう言うんなら本気でやべーのな」

「悔しいけどねー」


 梨々香は派手でキラキラした女子大生のお姉さんだが、こと戦闘に関してはプライドを持っているらしい。正直、そういうタイプは嫌いじゃない。


「俺も蓮くんに弟子入りしよっかなー。そうすれば結乃ちゃんの弟弟子おとうとでしになれるし……」

「朔~~っ!」


 懲りずに鼻の下を伸ばす朔の耳を、梨々香がこれでもかと引っ張る。


「いてててて!?」

「いい加減にしろ~! これ以上、結乃ちゃんとレンレンを困らせたら怒るからね~!?」

「もう怒ってるじゃん!?」

「梨々香のオシオキ、また受けたいワケ?」

「す、すびばせんっっ!」


 そんな2人を見て、結乃が耳打ちしてくる。


(梨々香ちゃんて、強いね……!)

(うん……)


 結乃もある意味強いけど……とは、言わないでおいた。まだオシオキはされたことがないけれど。


「んじゃねレンレン、結乃ちゃん! 今度コラボしよーね。バーイ!」

「痛いって! みみ! 耳離して梨々香さん⁉︎⁉︎」


 笑顔で手を振る梨々香と連行される朔を見送ると、すぐあとから衛藤がやって来た。


「お疲れさまでした、蓮さん結乃さん」


 彼女も満足そうではあったが、忙しそうでもあった。


「蓮さんのチャンネルにも、公式の投稿にもコメントが大量です。切り抜き動画も信じられない早さで増えてます、私が確認しただけで【Waveウェーブ】上に、もう12個。ネットニュースにもなってますし、正式な取材依頼もドンドンと――」


 言っているあいだにも、衛藤の端末からは着信音が鳴り止まない。


「あの、何かお手伝いしましょうか?」

「結乃さんはお気になさらず。嬉しい悲鳴というやつですから。他のスタッフにも手伝ってもらいますし。それよりお2人に……」


 そう言う衛藤の背後から、人影が現れた。


「昨日話した、新しい警備員です」

「――――」


 細身のスーツ姿。黒いジャケットに黒いシャツ、灰色のネクタイ。ホストのような出で立ちだが、どうやら女性らしい。銀のメッシュが入った黒髪は、ウルフタイプのショートカット。


 衛藤より明らかに長身なのに、彼女の背後に隠れていたという事実――蓮ですらこの女の気配を悟れなかった。


(……何なんだ、この人)


 いままで会った誰とも違う空気をまとっている。


「これからお2人には、周囲をうろつく輩が増えるでしょうからね」


 確かに、早速この1階層でも蓮たちのことを一目見ようと、遠巻きながらも人だかりができそうになっている。


「彼女の実力は保証しますよ。なにせ、国家元首から名指しで指名が入るほど凄腕の暗殺しゃ――、コホン。警備員ガードマンですから」

「今なんて?」

警備員ガードマンですよ、蓮さん。さあ挨拶を――」


 衛藤に話を振られて、長身の『警備員』がようやく口を開く。


修羅しゅらです」


 気味が悪いほど落ち着いた、中性的な声。


「修羅……? コードネーム的な?」

「いいえ本名です、マスター遠野。ファーストネームです」


 口元には微かに笑みを浮かべているが、無感情な声音だ。


「マスター遠野、マスター柊。私のことは姿の見えない番犬だと思って、どうぞ安心して日々をお過ごしください」

「番犬……」


 そんな可愛らしいモノじゃないだろう、と蓮は思う。犬というより狼、いやもっと獰猛なだ、このひとは。


「じゃあ修羅、蓮さんたちのこと頼みましたよ」


 そう言い残して、いそいそと去って行く衛藤。


「出口までエスコートします。以後、私は人目を避けて行動いたしますので」

 

 と、不思議な雰囲気の警備員に付き添われ、蓮たちは寮へと帰宅した。




 


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