第24話 先輩

 ■ ■ ■


 結乃とは、ダンジョン1階層のドラッグストア前で待ち合わせをしていた。

 中学校を出るときに少しトラブルはあったが、彼女より先に到着することができた。結乃の通う高校のほうが終業時間が遅かったおかげだ。


 ダンジョン探索用の軽装備と、黒のショートマント。武器は新調したブロードソード……結乃とのレッスンにはこれが最適だと判断した。


 蓮は、ドラッグストアの窓に映る自分の服装と髪型を、何度もチェックした。配信前に身なりをこんなに気にするのは初めてのこと……結乃とだって、寮で会っているのに。こうして外で2人で会うとなると、妙にソワソワする。


「蓮くん」


 結乃が小走りに駆けてきた。初めて会ったときと同じ探索用の装備だ。蓮のものより短いマントに、ウエストにはアイテム用のポーチ。


 スカートもごく短く、走るとひらめいて目のやり場に困るが、下にはちゃんと黒のスパッツを履いている。その裾から覗く白い太ももと、ロングブーツは膝下までを覆っている。


 初心者向けのスタンダードな装備ではあるが、結乃の着こなしがいいのか蓮の欲目なのか、よく似合っている。このまま撮影しても探索服の広告に十分使えそうだ。


 髪が邪魔にならないよう、短めのポニーテールにまとめているのも新鮮。


「ごめんね、待たせちゃったね」

「いいや全然……」

「ふふっ」

「?」

「このやりとり、やってみたかったんだ」


 結乃のほうが大人なのに、こういうときは全身で喜びを表現する。蓮にはそれが眩しく映る。


「あ、まずお薬買っていく?」

「うん」


 普段の蓮はダンジョン用の回復アイテムは準備しないが、今日は結乃とのレッスン。彼女に傷のひとつでも付けたくないし、もし付けてしまっても即座に回復させたい――ダンジョンでのダメージは手当てしてから外に出なくてはいけない。ダンジョン用のドラッグも、外には持ち出せないのだから。


 ここで売っている薬品類は、外の世界で大枠まで作成しておいてから1階層に持ち込み、魔力や特殊素材を使って仕上げているものばかりだ。


「私、入るの初めて。中は普通のドラッグストアだね」

「このほうが効率いいらしいから」


 店内の構造は、外で見るドラッグストアと同じだ。


 以前は、創作物やテーマパークにあるような凝った内装の薬屋が運営されていたこともあったが、薬品のバリエーションが増えるに従って大量の商品を扱うようになり、結局は効率のいい今の形に落ち着いた。



 ダンジョン用の薬品は、大きく3つに分類できる。


 まずは『キズ薬』。湿布型や包帯型など外傷を手当するタイプから、内臓の損傷に効く飲み薬まで多種多様だ。


 そして『回復薬』。これは体力と魔力を取り戻すための薬。痛覚を無視できる配信者たちには、キズ薬よりこちらのほうが優先度が高い。戦闘中でも使いやすいよう、即効性の高い、飲用のシロップタイプが人気だ。


 最後に『解消薬』。【毒】や【幻覚】などの状態異常を解消するためのものだ。前述の2つと比べれば使用頻度は低いため、かさばらないように錠剤型のものがよく選ばれる。


 いずれの薬品においても液状のものが即効性が高いが、値が張るし、かさばるので大量には買い込めない。


「いっぱいあるね、どれがいいんだろ?」

「今日はキズ薬だけあればいいよ。そんなに長くはならないだろうし」


 ……どれくらいダンジョンに潜るのか? 何階層を目指すのか? 接触するモンスターは、想定されるトラップは?


 それらの視点から回復アイテムを選ぶことになる。今日は戦闘レッスンだけの予定だから、外傷用のキズ薬を最低限買えば問題ない。


「さすが師匠、選ぶの早いね」

「師匠って」

「蓮くん師匠」

「――呼びづらくない?」

「じゃあ略して『蓮くん』」

「いつもじゃん」


 結乃といるとドキドキするのに、言葉はすらすら出てくる。不思議だ。


「なんだかデートみたいだね」

「デート……」

「だけど、師匠からのレッスンはちゃんと真面目に受けるからね?」

「そんなスパルタじゃないから」

「いいえ、バシバシしごいてください師匠」


 そんなことを言い合いながら湿布型のキズ薬を選び、レジへ。ダンジョン内では現金は使えず、電子決済にだけ対応している。支払は蓮が持つ。


「え、悪いよ」

「いやこれ、アイビスの経費だから」


 業務用のスマートフォンは会社名義で契約していて、支払も全部会社持ちだ。中学生の蓮にはありがたい。



 無事に会計を済ませて出ようとしたところで、入れ違いに別の男女が入ってきた。大学生くらいの、腕を組んだカップルだ。


「あっれ!? もしかしてキミ、蓮くんじゃね? 新人の!」


 男のほうがやたら親しげに話しかけてきた。背は高く、パーマをかけた金髪の青年だ。


「だよね!? ほら俺に見覚えない? 事務所で会ったじゃん」

「……え、ああ……、??」


 見たような、見てないような……?

 それよりも陽キャならではの圧が強すぎて、蓮はたじろいでしまう。


「お? そっちの可愛い女の子、誰?」


 蓮への興味が一瞬で結乃のほうに映る。男は目を輝かせながら、


「俺らのこと知ってる? カップル配信やってんだけど!」

梨々香りりかさくで、【りりさく】でーっす☆」


 女性のほうが、底抜けに明るい声で言う。明るいベージュカラーの長髪。流行のメイクも、マニキュアもばっちりだ。2人とも、まるで配信に乗せているかのようなキラキラした笑顔を振りまいている。この辺りはさすがプロといったところか。


 だが、ダンジョンにはそぐわない私服姿だ。


 男――朔と呼ばれた配信者は、オーバーサイズのセットアップを着こなし、梨々香と名乗る女のほうは、オフショルダーのトップスにミニスカート、生足にハイヒールというコーディネート。


 まるっきり『外』でデートしている大学生カップルといった風情だ。さすがに無防備すぎるので、今日は買い物だけの用件で、2階層には進まないのかもしれない。

 

「先輩……か」


 記憶の片隅に、2人と面識があることを思い出す。マネージャーから紹介されて、本当に顔だけ合わせた記憶だ。美男美女の、人気カップル配信者。確かそのときも今のように、ベッタリとくっついて寄り添っていた気がする。


「そうそう! 蓮くんデビュー配信バズったらしいね、やるじゃん」

「梨々香も見たよー!」

「ま、俺まだ見てねーんだけど」

「ちょっと朔~、だめじゃん。後輩くんの配信はチェックしないとぉ」


 責めているんだか甘えているんだか、梨々香は男の腕に抱きついて胸をグイグイ押しつけている。


「そっちの女の子も見たよ! 出てたよね?」

「あ、すみません」


 結乃が居住まいを正して、


「柊結乃です。アルバイトとして蓮くんの配信にも出させてもらうことになりました」

「じゃあカップル配信? 梨々香たちとおんなじだー!」

「あー? でもカップルって言うには年が微妙じゃね?」


 中学1年生の蓮と、高校2年生の結乃。ただでさえ年の差があるうえに、同世代でも体の小さな蓮と発育のいい結乃とでは釣り合いが取れない。それは自覚している。


「…………」

「ちょっと朔くん、ノンデリすぎ! 年の差とかカンケーないから。そーいうもんなの!」

「そっかぁ?」

「じゃあ朔は、私がずっと年上だったら好きになってない?」

「好きになるに決まってんじゃん」

「でしょ? そーいうこと!」


 真っ昼間から何をやってるんだコイツらは――と、蓮は白い目で見る。自分たちのことは棚に上げながら。


「でもたしかに、結乃ちゃんってメッチャ可愛いもんな。年下くんが憧れちゃうのもわかるわ」

「いえ、憧れたのは私から――」

「またまたぁ」


 梨々香とイチャついているのに、朔は結乃にまでアプローチをかけようとしてくる。


「うん、マジ可愛い。モテそう。つか絶対モテる。配信にも映えると思うわ~」

「は、はあ……」

「梨々香と付き合ってなかったら絶対アタックかけてたなぁ」

「え、朔サイテー! ねー、レンレンもそう思うよね?」

「…………」


 恋人の前で自然にナンパを始める朔に――というより結乃に慣れ慣れしくする朔に深い殺意を覚える。


 事務所の先輩でなければとっくに『敵』認識して、この場で剣を抜いていただろう。1階層での戦闘行為には厳罰が下るが、そんなことはお構いなしに流血沙汰にしていたに違いない。


 しかし結乃はこういうナンパに慣れているのか、まったく相手にしていないようで、


「あの、先輩のお二人に聞いてもいいですか? 私たち、今日初めてちゃんと一緒に配信するので……というか私は配信自体が初めてで。コツとかってありますか?」

「え~アドバイス? なんだろなんだろ〜?」


 あざとい感じに首をかしげる梨々香。これはこれで様になっている。さすがは人気配信者というべきだろう。


「普段どおりでいいんじゃない? みんな梨々香たちの『いつも』が見たいんだよ」

「いつも通り、ですか。ダンジョンでも?」

「おんなじだよ。ダンジョンに入ったからって、好きな人は好きな人だし、梨々香は梨々香のまんまでしょ?」

「なるほどですね……」


 結乃は梨々香の話を頭の中で咀嚼そしゃくしてから、


「ありがとうございます、梨々香さん」

「えー距離感じるんだけど! 梨々香ちゃんでいいよ、結乃ちゃん」

「じゃあ……梨々香ちゃん」

「はーい結乃ちゃん。よろしくね~」


 女子同士、打ち解けるのは早いみたいだ。……男たちこっちのほうはそんな風になれそうにないが。


「結乃ちゃんさ、俺のことも『朔くん』でいいよ?」

「はい。よろしくお願いします」

「ね、呼んでみてよ?」

「そうですね」


 結乃は、営業スマイルでのらりくらりとかわす――そういえば寮でカナミが、結乃はよくモテると話していた。きっとその経験からあしらい方が上手くなったんだろう。


「つーか年とか関係なく、呼び捨てでも全然――」

「あ、そろそろ時間なので」


 言って、結乃は蓮の手を取る。


「行こ、


 結乃は梨々香たちに「失礼します」と会釈してから店を出る。

 しばらく行ったところで結乃が振り返った。


「ね、私たちも腕組んでみる?」

「それ……『いつも通り』じゃなくない?」

「ふふっ、そうだね。配信もいつも通りの私たちで行こうね」


 いつもだ――楽しそうに笑う結乃に、面倒な先輩への悪感情も、配信への不安も、すっかり消し飛んでしまった。

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