第20話 会食
入学式後、社長の二ノ宮、マネージャーの衛藤とともに早めのディナーをとることになった。
入学式で午後が潰れたため、本日の配信は休みだ。【ナイトライセンス】を持たない蓮は19時以降にダンジョンには入場できない。
今は17時なので、詰め込めば何らかの行動はとれないこともないが、今日は別の予定を入れていた。
そして蓮にとっては、入学式よりこっちのほうが本番だ。アイビスの3人での会食なら特別なことではないが、今日は――
「…………」
蓮はディナー会場まで2人の後ろをついていきながら、ひっそりとスマホを取り出す。立体ディスプレイでは目立つので、端末の物理画面だけでメッセージアプリを起動し、今日のやり取りを読み返した。
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[柊 ゆの]
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今日の場所
送る
[地図]
ありがと✨
もう緊張してきた…
大丈夫?
うん
がんばる!
社長さんって
映像見ると優しそうだしね
優しいっていうか
?
変わり者
🤭
マネージャーさんは?
変わり者
も?
も
そうなんだ!
蓮くんも?
かも
アイビス楽しそうだね
楽しくはない
8:05
入学式どうだった?
16:01
普通
普通かぁ
画像欲しいな
ない
社長さんたちも
一緒だったんだよね?
撮ってないの?
ない
ほんと?
見たいのにな
たぶんない
見たい
じゃあ先に送るね
[画像]
私の教室とクラスメイト
左から2番目が私
わかる
蓮くんのは?
[画像]
!!!
蓮くんジト目だ!
マネージャーが撮った
マネージャーさんを
にらまないであげてw
無理
そろそろだね
私も向かってる
僕たちはもうじき着く
制服で良かったかな?
僕も制服
そっか
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「よくスマホ見てますね、珍しい」
と、衛藤が声をかけて来た。
「柊さんですか?」
「……そうだけど」
「嬉しそうですね蓮さん」
「は?」
そんなつもりはまったくないが、衛藤からはそう見えるのだろうか?
「別に……」
結乃からの何気ないメッセージを何度も読み返したくなったり、送られて来た画像から目が離せなくなったり、でもマジマジと見すぎるのは悪い気がして恥ずかしくなるけれど、またすぐに開いてしまったり……
ただ、それだけなのだが。
「あ、ここだよ」
店を選んだのは、先導する二ノ宮だ。
商業ビル街の5階に入っている洋食レストラン。
「早く着きすぎちゃったし、先に入って待ってようか」
二ノ宮は顔なじみらしく、名乗らないうちに店員によって個室に案内された。
『社長チョイスのディナー』というからには、蓮の想像もつかないような贅沢な接待用レストランかと思いきや、店内はモダンだが気取りすぎておらず、アルコールも必須ではないようだ。
四人席のテーブルにつく。
蓮は念のため結乃に入店済みのメッセージを送っておいた。
ややあって、
「お待たせしてすみません……!」
結乃だ。
いつもと違う場所で会うからか、なんだか大人びて見えてドキッとしてしまう。
焦っていても愛嬌がある、優しげな美貌。肩にまでかかるミディアムボブの綺麗な髪。よく似合うブレザーの制服。同性代よりスタイルも良く、街を歩いていたら嫌でも目に留まるだろう。
「いえいえ、ボクらが早すぎたから。どうぞ座って」
さすがに二ノ宮は余裕があるというか、いつも通りというか。この男が何らかの場面で緊張することなんてあるんだろうか? 蓮には想像できない。
一方で結乃は多少ぎこちなかったが、二ノ宮と衛藤にあいさつを済ませると、蓮のほうを見て、そこでようやく安心したかのようにニコッと笑った。
まだ緊張はしているようだが、初対面の大人2人を前にするにしては堂々としている。このあたり、自分よりずっと大人だなと悔しくなる。結乃のことが羨ましいというより、『大人3人』に割り込めない自分がいるような気がして。
夕食が始まった。
料理も変に凝ったものではなく、ハンバーグがメインのセットで、ランチを豪華にしたようなメニューだった。ただ、ナイフとフォークでの食事には少し手間取ってしまった。
頃合いを見計らって、二ノ宮が話を切り出す。
「いいと思うよ、ボクは」
蓮が、結乃にダンジョンでの戦闘を教える。個人的なレッスンではあるが、アイビスに所属している以上は会社の許可が必要だろうと相談したところ、今日のこの場が設けられたのだ。
まさか、社長本人が参加するとは思っていなかったが。
彼はいつでもにこやかだで、蓮は他の表情を見た記憶がない。それだけに、感情が読みづらい。
「でもちょっと提案があるんだ。受けるかどうかは君たち次第だけど」
「提案……ですか」
結乃がやや緊張するのを感じ取る。ここでいう提案とは、つまりは許可するための条件ということだろう。そして君たちと呼ぶからには、蓮にも関わることだ。
「柊さん。君も蓮くんの配信に出てみない? 2人で配信するんだ」
「えっ」
「僕たちで――?」
「うん、レッスンを配信でやるのはどうかなって」
「蓮さんはこれから学校が始まりますからね」
提案内容をあらかじめ聞いていたのだろう、衛藤が言葉を継ぐ。
「配信できる時間が限られてきます。その中で戦闘レッスンも行うのは、スケジュールの面で無理がありますし」
正論だ。
蓮は部活動に入る気はないので放課後の時間は自由に使える予定だが、準備の時間も含めて配信ですべて潰れてしまうだろう。結乃にダンジョンで戦闘を教えるだけの余裕はなくなる。
配信は毎日でないにしても、アイビスという企業に所属――正確にはマネージメント契約――している以上は、すべての時間を蓮の自由にはできない。
「私が蓮くんの配信に出ていいんですか? その、色々と問題があるんじゃ――」
「もちろん、それなりに問題はありますよ」
衛藤が答える。
「蓮くんは誰かとユニットを組んでいるわけではない、ソロ配信者としてデビューしています。そこへ急に他人を投入するんですからね。リスナーは驚くでしょう。……特に、相当数いるであろう女性リスナーは」
「嫉妬しちゃうかな?」
二ノ宮が肩をすくめる。
思いついたらすぐに発言する人間だ。本人は茶々を入れているつもりはないらしい。
「ただ幸いなことに、柊さんは初配信のときすでに映り込んでいます。ガッツリと」
「ですね……あのときはすみませんでした」
「いえいえ、こちらとしても助かりましたよ。初回の評判が良かったのは柊さんのおかげでもありますから。とにかく、あの場面でリスナーは柊さんの存在を認識していますし、ある程度の耐性はできているはずです」
『仕事モード』の衛藤は、なんというか……すごく理性的だ。たまにある暴走がウソのように、普通の社会人の顔を見せる。
「むしろ、柊さんの登場を待ち望んでいる男性ファンも多いですし」
「は???」
思わず、自分でも驚くほど低い声が出た。
3人の視線が集まる。
「い、いや……別に」
「嫉妬しちゃったかな?」
……こいつ!
と、二ノ宮を睨みつけるが、彼はまったく堪えた様子はなさそうだ。殺気が通じない、稀有な相手。
衛藤は蓮たちをスルーして、話を続ける。
「ただやはり、女性ファンの問題のほうが大きいですかね。蓮さんには、まったく当然の結果ながら、すでに多くの女性ファンが付いています。中でも問題は、蓮さんに本気になっている人たち」
「――『ガチ恋勢』、ですか?」
「そのとおりです柊さん。配信者に疑似恋愛以上のものを感じてしまう。そういうリスナーの方々です」
なぜか実感を伴った声音で、衛藤が力説する。
「それ自体は悪いことではありません。節度ある接し方なら構いませんし、我々も無駄に煽りすぎないように気をつける必要はあります。……ただ、ガチ恋勢というのはどうしても、日を重ねるごとに想いは強く、厄介になっていくものですからね」
「なるほど」
女性陣が2人そろって、ウンウンと力強くうなずく。
「好きだ、って思うと止まらなくなっちゃうんですよね」
結乃はいっそう深刻な表情になって、
「授業中にも、ふと思い出しちゃって……ごはん食べてる横顔を思い浮かべてニヤニヤしそうになったり、いま何してるかなって考えちゃったり、スマホにメッセージ来てないかずっと気になったり……!」
「そうなんです! でも時に『守りたい・支えたい』って想いが暴走して、過激になってしまう、危険な不届き者もいますから!」
「そ、それはいけませんよね? 独り占めしたいとか、寝る前にぎゅーっと抱きしめたくなるとか!」
「ええいけませんとも! 過保護になるのもいけません!」
「本当はもっと、ヨシヨシしたり、わしゃわしゃしたり、なでなでしたり……色々したくても我慢しなきゃですよね!」
「自制心って大事ですよ、大人ですから!」
なぜか意気投合して熱くなっている結乃と衛藤を眺めながら、蓮は、思っていたことをつぶやいた。
「……僕に、ガチ恋なんていないんじゃない?」
「いるよ絶対!!!?」
「いるに決まってるじゃないですか!」
即答された。
なんならちょっと怒られた。
理不尽だった。
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