第5話 CEO
「蓮くんのベッドはこっちね、こっちは私の」
「…………」
「パジャマある? 私の貸そうか? 大きすぎるかな」
(…………なぜ?)
「荷物少ないねー。でもこの部屋も広くないから、窮屈な思いさせちゃったらゴメンね」
(…………どうして!?)
「お風呂にする? 入り方わかるかな、教えよっか?」
(…………なんで!?)
「なんだかドキドキしちゃうね。えへへ」
(なんでこんなにピンチが続くんだ僕に!?!?)
■ ■ ■
――時は、数時間ほどさかのぼる。
いろいろあった初配信でげっそりした蓮は、2階層で結乃と別れて1階層へと戻ってきた。
「蓮さん!」
こちらを見つけたマネージャーが駆け寄ってくる。
今は彼女の相手をする余裕もなく、逃げたい気持ちが湧いてくるが、それすら面倒でため息をつく。
「初配信……っ!」
眉根を寄せ、息を切らせたマネージャー。
(ひどい配信だったからな……)
グダグダの第一印象。カメラ無視の戦闘。部外者を配信に映してしまい、自己紹介もそこそこに配信を切り上げてしまった。
今ごろ彼女はその後始末に追われているんだろう。愚痴をぶつけられるか、叱られるか……。
「初配信……っ、すっっごい反響ですよ!?」
「……すんません……、っした」
「チャット欄見てました!?」
もう後半はチャットなんて読んでいる余裕がなかった。見たくなかった。
「大盛り上がりですよ、大盛り上がり! 10階層のモンスターを一撃でやっちゃったんですから!」
「…………?」
「ウチが配信を演出するために用意したんじゃないか、みたいにも言われてましたけど――あ、そんな危険なことはしてませんからね? ダンジョン庁にも通報しておきましたし、公式アカウントでもきっぱり否定して、捜査に全面協力すると宣言しておきましたから」
お節介だが、仕事は早いマネージャーだ。その点は蓮も認めている。
「そうそう、女の子はどうしたんですか、蓮さんが助けたあの子!」
「……ああ」
彼女――柊結乃は、高校の実習でダンジョンを訪れていた。春休み中の、特別実習だという。
あのあと、まだ他のモンスターに襲われるおそれもあったので、警護を務めながら彼女を引率教諭のもとまで連れていって引き渡したのだった。
「そうなんですか、蓮さんの知り合いじゃなかったんですね」
「知り合いとか――」
「いませんもんねー」
「……おい」
「そういう態度、配信で出せるようになったほうがいいかもしれませんね、逆に」
「…………」
なんだかんだ、このマネージャーにも気を許して素をさらしているんだなと、蓮自身も気づいたし、彼女にもそれを指摘されたようで恥ずかしくなる。
すると、
「いやぁ、お疲れさまでした遠野さん」
向こうからサラリーマン風のおじさんが歩いてきた。人の良さそうな笑顔。柔和な態度。この男性は――
「あ、社長!」
「
「ケガとか。今さらだし……」
ダンジョン内でのケガは、治癒魔法で治すことができる。また、魔力手術によって、一定以上の痛覚はシャットアウトされるようになっている。
そして、たとえ致命の一撃を食らったとしても、こちらもあらかじめ手術で肉体に埋め込まれた【リスポーン機能】のおかげで、死亡後に肉体が魔力に変換され、転送されて――この1階層に戻って来ることができる。
ちなみに先ほど鳴ったアラートも、魔力と科学の融合の賜物だ。
自身と、その周囲の人間が致命の一撃を受けそうになると、けたたましい音で警告してくれる。
配信用アプリはそのアラートと連動しており、画面に自動でモザイクをかけたり、他の画像に差し替えたりすることで、リスナーの年齢制限を撤廃することに寄与している。
そうした種々のセーフティーのおかげで、ダンジョン配信はエンターテインメントとして成り立っている。
「とはいえ、所属配信者さんが嫌な思いをするのはなるべく避けたいですからね」
配信者をマネージメントする大手事務所、【アイビス】の社長とは思えない腰の低さ。ノーネクタイの白シャツにスラックスという地味な出で立ち。言われなければ、その辺のこざっぱりとしたサラリーマンにしか見えない人だ。
外部の人間からは、やっかみもあって根も葉もない噂を流されることがあるが、社員や配信者からの信頼は厚いようだ。こうして『現場』にも気軽に足を運ぶタイプ。
この男性――社長の
少し人が良すぎるというか、ときどき天然なところがあるので中学生の蓮から見ても危なっかしく映ることがある。
「社長、あのオウガの件は――」
「うん。僕のほうからも重ねて調査依頼を出しておきましょう。今回は大きな事故には至らなかったものの、ウチには戦闘が得意じゃないメンバーもいますからね。衛藤さんは、遠野くんのフォローに注力してください」
「はい、お任せください!」
配信でミスったことで、クビになる可能性も考えていたが、どうやらこのまま配信者人生を歩ませられることになりそうだ。
「そうそう、それから遠野くん。あさって、入学式だよね?」
「う――――」
中学1年生になる年だが、まだ正式に入学はしていない。
中学校……考えると、こっちも気が重すぎる……。
「なので、引っ越しをしましょう」
「?」
「いつまでもホテル住まいというわけにもいかないでしょう」
生家ごとダンジョンに呑まれて孤児になった蓮は紆余曲折を経て、とある財団の施設で育ち、ここ1ヶ月は配信準備のために都内のホテルで暮らしていた。
「別に……ホテルでいいし――」
正直、気を遣わなくていいホテル暮らしはそれなりに快適だ。寂しい、なんていう感情はとっくに忘れている。
「D財団のほうから、新しい住まいについて推薦があってね」
二ノ宮社長が『色んな噂』を流される一因に、D財団との繋がりがある。
ダンジョンの経営に深く関わっている団体で、蓮のような孤児を保護する活動から、ダンジョン武器の製造・販売など、幅広い事業を行っている。
「……家、どこ?」
蓮は財団の管理下にある。配信を始めることになったのも財団の意向だ。
ダンジョンでの実績を売り込めば、蓮は他の場所でも生きて行けるだろう。だが、今のところは財団に従っているほうが物事がスムーズに進むし、何よりこうしてダンジョンに潜ることができる。
配信は苦手だが、ダンジョンには入りたい。その一点だけで、財団と蓮の利害は一致している。
「この四ツ谷ダンジョンと、中学校に近いところを財団が選んだんだ。財団が経営する高校の寮だよ」
「高校生……?」
これは想定外だ。
集団生活も嫌いなのに、年上となんて。
「社長、さすがに高校生と暮らすのは蓮さんには厳しいのでは?」
マネージャーの衛藤が、珍しくありがたい助け船を出してくれた。
「大丈夫だよ、3~4つぐらいしか変わらないし」
「いえ中学生の3歳って、すごく大きいですよ?」
もっともだ、という意見をこめて、蓮はコクコクとうなずく。
「う~ん、そういうものかぁ……でも、もう荷物も運んであるし」
「……は? 昨日、荷物を整理しとけって言ってたのって、そういう――」
てっきり別のホテルに移るものだと思っていたのだ。
しかし人の荷物を勝手に運んでしまうとは。時々、本当に常識がないのだこの男は。
「そうかぁ。うん、一度行ってみて、イヤだと思ったら僕に言ってください。財団にも話をつけて別の場所に移れるようにするから」
いまいち頼りになるのか、ならないのか分からない社長だ……。
「蓮さん、イジメられたらすぐ言ってくださいね! 相手、社会的に生きていけないようにしてあげますから!」
「いや、いいって――」
蓮は思い切り肩を落としながら、ダンジョンを後にした。
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