『しがらみ』は『こくはく』を導いて2-3

「何かあったの?」


 お昼ご飯を食べていたら、そう言われて、わたしはすぐさまに笑顔を作って「何でもないです」と誤魔化ごまかしました。


 さっきまで泣いていたなんて言えません。

 

 幸いにも、特に言及されることはありませんでした。わたしは、胸をで下ろしたのと同時に、隠し事をした事への罪悪感を憶えました。


 伝えるべきだとは、思っています。

 隠していてもいずれ分かってしまうかもしれません。

 もしかしたら、もうすでに察していて、その上で接してくれているのかもしれません。


 でも怖いのです。

 

 わたしが、どうしてここへ来たのかを伝えたら、この人のわたしを見る目が変わってしまうのではないのかと、そう思えて。


 この人はやさしいので、何も言わずに、今までと変わらない態度で接してくれるかもしれません。もしかしたら、何も変わらないような、そんな気さえします。


 でも、もし、もしも、変わってしまったら? 今よりもやさしくなって、気をつかうようになって、友達とか、先生とか、お世話になった親戚の人達みたいに、傷物を見るような、あの、あの距離を置かれた視線を向けられでもしたら。

 わたしは、ここでも居場所がなくなってしまいます。


 けれど、時折、この人に話しかけられると、すべてを言葉にして打ち明けてしまいたいと、そう思ってしまうのです。


 強がっていないで、全部話して、悲しんでもらって、なぐさめてもらって、わたしはみじめで可哀かわいそうな子供だと、認めてもらえたら。

 

 そうすれば、わたしは人前で泣くことが出来て、あの視線も自然と受け入れられて、この変わってしまった人生を、変わったなりに歩むことが出来るのかもしれません。


 その方が、きっと・・・


「ねぇ、ノアちゃん?」


 隣から声が聞こえて、そちらを向くと、鼻先がくっつきそうなくらい間近に、お姉ちゃんの顔がありました。

 

「うわぁわぁ!」


 突然のことに、わたしは驚いて、後ろにのけ反ってしまいました。


 座っていたイスごと傾いて、床に落ちるのを覚悟して、目を閉じ、その瞬間を待ちました。

 

 イスが倒れた音が響きます。でも、体が床に当たった衝撃は、いつになっても訪れません。

 何故か伸びきった左腕に、強く握られている感触がある事がわかって、ゆっくりと目を開き確かめました。


「ごめん。ちょっと、ふざけ過ぎた」


 お姉ちゃんが、わたしの左手を掴んで支えてくれていたのです。

 そのまま引き寄せてもらって、わたしは床に倒れることなく、立たせてもらいました。


「あの、ありがとうございます」

「お礼を言う必要ないって、私が悪かったんだし。怪我はない?」


 はい、とわたしが返事をすると、お姉ちゃんは顔に片手をあてて、よかった、と言って、大きくため息をつきました。


「どうして、こんなことを?」

 らしくないというか、初めてお姉ちゃんにからかわれました。


「何か思い詰めてるみたいだったから、少し気晴らしになればって思ったんだけど、慣れないことって、するものじゃないね」


 失敗した、とつぶやいて、お姉ちゃんは食器を持って台所に向かいます。


「ねぇ? 食器の片つけ、お願いしてもいい?」

「あ、はい・・・、大丈夫ですけど」

「ありがとう、それじゃお願い。あと、少し休んだら、昨日届いたやつ、組み立てよっか。いつまでもあのままじゃ、もったいないしね」


 あ、はい、と何だか歯切れの悪くなってしまった返事をすると、お姉ちゃんは「よろしく」と、いつもと違い、ぼそっと言葉を残して、早足で部屋から出ていってしまいました。

 

 どうしたのでしょうか? なんというのか、後悔? ではなくてあれは、恥じらい? なのでしょうか? よくわかりません。


 些細ささいな出来事でしたが、何が起きたのか自分でも整理ができなくて、わたしは、一人残された部屋の中でキョトンとほうけていました。



「Dのネジを四本と、五番の板を取ってもらってもいい?」

「はい!」


 お姉ちゃんについて、今日分かった事があります。


「あと、七番の板に、この木の杭をボンドでつけておいてね」

「はっはい!」


 この人は、わたしの想像よりも、ずっと凄いのかもしれません。


 お昼に言われた通り、一緒に昨日届いた学習机を組み立て始めたのですが、お姉ちゃんはダンボールを開けるなり、真っ先に説明書とり、一通り目を通したら、わたしに指示を出しながら作業を始めました。


 指示は的確で、わたしに割り振られた作業は、お姉ちゃんがしている作業の先で必要になるものを組み立てたり、必要な物を渡したりと、簡単でいて、先の作業がスムーズに行えるようなものでした。


 お姉ちゃんはというと、力がいる作業を担当しています。何処から持ってきたのか、大工さんが使っているような、手に持つドリルみたいな道具を使って、ひたすらネジで板をとめていました。


「あ、そこ間違えてるよ。そこじゃなくて隣の穴ね」

「え、あ! すみません、いま直します!」


 あと視野がとても広いです。わたしが間違えたり、何かを探していると、すぐに教えてくれます。


「落ち着いてって、焦らなくても、いつか終わるから」


 お姉ちゃんはそう言いますが、わたしが焦っているのは、お姉ちゃんの作業の速度が早いからです。


 


「完成したね。お疲れ様」


 すずしい顔で、お姉ちゃんは言います。

 順調にできたのでしょうか? 何とか机は完成して、わたしがヘトヘトになって休んでいた間に、道具とかゴミの片つけも終わっていました。


「すみません。最後の方は疲れてしまって」

「いいって、私も後半は夢中になちゃったし。それに、みて」


 そう言って、お姉ちゃんはわたしの前に、今回組み立てた机の説明書を出し、その一部を指で差しました。


「組み立て予測時間・・・八時間・・・」


 わたしは驚きのあまり、目を見開きました。

 八時間もかかっていません。午後から始めたのに、窓の外ではまだ夕陽が見えます。


「ノアちゃんのおかげで早くできたよ。ありがとう」

「いえ・・・わたしは・・・ただ言われた通りにしただけで、そもそも、わたしの机なのに、手伝ってもらって」


「手伝ったんじゃないよ」


 お姉ちゃんは、わたしの手をとりました。


「一緒に組み立てたんだよ、はやく見せたくて」

 

 そう言って、組み立てた机の前へと連れていきます。


 わたしは、机の前に立って、出来上がった物を間近でみました。


「どうかな?」

「どう、と言われましても・・・」


 全体的に、シンプルでまとまっている机は、余計な物はついていなくて、よく家具屋さんで見かけるような、色々くっついて、ごちゃごちゃした物ではなく、天板の上には本棚しか付いていません。


 付属品のイスとワゴンも机同様にシンプルで、何一つ余計な物はついていなくて、今の流行ではないように感じます。でも、


「何というか、綺麗です」


 そう、確かに感じました。

 夕焼けに照らされていたから、なのかもしれません。


 茜色あかねいろに照らされた、滑らかで、素材そのままの木目模様の天板。けれど、何も飾られていないからこそわたしの目には、一つ一つが力強く、輝いているように写りました。

 

 他には? と聞かれて、悩んでいると、お姉ちゃんは少しだけ楽しそうに笑いながら、部屋の反対側にある、お姉ちゃんの机を指差しました。


 最初は、よくわかりませんでしたが、近づいてよく見てみると、すぐに理由がわかりました。

 

 似ているのです。細かい部分は、確かに違いますが、全体的な雰囲気とか、造りがそっくりでした。


「同じ物だよ。デザインが少し変更されてるけど、メーカーも、型式も一緒」


 自分の机をでながら、


「お揃いだね」


 と、言われて、うれしいとも思いましたが、それ以上に、


「わたしには、もったいないですね」


 自分には、合わないとも感じました。



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