『しがらみ』は『こくはく』を導いて2-1

 ここちの良いふとんの中で、わたしは目を覚ましました。


 外からは時折ときおり、車や人の声が聞こえてきます。

 重い目蓋まぶたを少し開けると、窓から日の光が部屋を照らしているのが見えました。どうやら、わたしはまた寝坊してしまったみたいです。


 まだはっきりとしない意識のなか、わたしは縛り付けられているかのように重たい体を起こしました。

 

 ゆらゆらと無意識に揺れる体から、また再び閉じてしまって外をみようとしない目元へと意識を移し、ゆっくりと目を開けて、周囲を見渡すと、とても綺麗な部屋が目の前に広がっていました。

 

 今まで、わたしが過ごしてきたどんな部屋よりも綺麗で、整っていて、そのせいなのか、まだわたしは眠ったままで、夢の中にいるのではないかと思えてしまうのです。


 わたしは、今、この夢のような部屋で生活しています。

 でも、ここに来て二日が経ったのに、いまだにこの場所に馴染むことができませんでした。


 もちろん、まだ二日とも言えるのですが、この場所は何と言うのか、そう、わたしの思い描いていた理想の遥か上の場所なのです。


 わたしは戸惑とまどっているのかも知れません。

 ご飯と寝る場所があればいいと、欲を言えば受け入れてほしかっただけなのに、ここではそれ以上の事をわたしにしてくれるのです。


 隣にはわたしの布団にぴたっとくっついた、あの人の布団がありました。

 ここで寝ていたあの人はもう既に起きてこの部屋にはいません。わたしを起こさないよう、静かに出て行ったのだとしたら、どうしてそこまで気を遣ってくれるのでしょうか。


 急にこの家に来て、この部屋に居座ることになった見ず知らずのわたしに、どうして優しくしてくれるのでしょうか。



 部屋から出て、廊下を歩いて、いつも食事をするこのアパートで一番広い部屋に入に向かいます。


 部屋に入ると、お姉ちゃんは椅子に座り、テーブルの上にノートを広げて、本を読んでいました。


 黒革くろかわのブックカバーをつけた、少し大きめな本。

 なかをみなくても難しそうなのが分かるその本を、当たり前のように読んでいる姿は、朝日がかかっているのもあいまってか、とても神秘的にみえました。


「あ、起きた?」


 わたしが見とれていると、お姉ちゃんはこちらに気が付きました。


「その、おはようございます」


 ぎこちなく挨拶はできたのですが、視線を向けられて咄嗟とっさに目をそらしてしまいました。

 視線が怖いわけではないのです。むしろ、お姉ちゃんの目は優しかったです。

 普段は鋭いのに、人としゃべるときは力を抜いてその吸い込まれるような瞳で、よりそってくれる。そんな感じなので、その、恥ずかしくて。


「すみません。今日も寝坊してしまって」


 実は、昨日も起きれなくて寝坊してしまったのです。


「気にしなくていいって。いま、朝ごはん作ってあげるから、その間に着替えてきなよ」


 お姉ちゃんはそう言うと、立ち上がり、広げていた本やノートを閉じてテーブルの端におき、代わりにタブレットを手に取りました。


「あの、もう朝というには遅いですし、わざわざ用意してもらわなくても・・・」


 時計を見ると、時刻は十時を少し過ぎたところで、それなら、朝ごはんは抜いて、お昼だけいただけばいいのかなと思ったのです。でも、


「大丈夫。昨日少し考えたから」


 そう言って、お姉ちゃんは台所へと歩いていきました。そのまま何事もなく台所に立って何かを作り始めるお姉ちゃんをみて、わたしは仕方なく着替えに向かうのでした。



 着替えをお終えて、再び部屋に入ろうと扉を開けた途端とたん、ふわっとしたあまい香りがわたしを包みました。

 

 何の匂いなのでしょうか。とても食欲を誘って、そのせいか眠気が残っていた頭がはっきりと起きていきました。


「ちょっと待ってね。もう少しで出来上がるから」


 そう言われて、私はおとなしくテーブルにつきました。何を作っているのかのぞきにい行きたいのですが、作っている邪魔をしたくなかったですし、出来上がりを楽しみにしたかったので、待つことにしました。


 ほどなくして、お姉ちゃんは白いお皿に何か茶色くて丸い料理を載せて、私の前に置きました。


「はい、どうぞ、パンケーキだよ。はちみつは好みでつけてね」

  

 コトっと音を立ててフォークとナイフと一緒に、はちみつが入った小さな銀の計量カップのような容器が、わたしの前に置かれました。


 

 

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