『あゆみ』の跡は、とても『ふか』くて 4-1
物音がして意識だけがぼんやりと目を覚ます。
目蓋は重たくて、とても開ける気が起きなかったけど、何となく、目蓋越しに明るいと感じるから、夜明けが近いのかも知れない。
また眠ろう、そう思って意識を眠気へと持って行こうとすると、近くでまた物音がした。
ずるずると、布が擦れる音と、何かが動いている振動。
それを何度か繰り返して、しばらく静かになって、また動き出す。
何だろうと、目を開けて確かめようとしたところで、苦しそうな息遣いが聞こえてきた。
その音は少しずつ、刻々と荒くなっていき、それと一緒に鼻を
泣いているの? そう思った時に、
“ごめんなさい”
と、小さくて聞き取りづらかったけど、確かにそう聞こえた。
目を開けて、確かめたい。でも、それは触れてはいけない事のように思えて、目を瞑ったまま息を潜めた。
啜り泣く音が静かな部屋に響いて、その物悲しい音を聞く度に胸が締め付けられるように痛んだ。
手を伸ばせばすぐに届く。
それほどに近くにいるのに、何をすればいいのかが分からない。
苦しんでいるのは分かる。
けれど、どうすればその苦しみを癒してあげられるかが分からない。
そして、何度目かのごめんなさいの後に、私の布団の中へと何かが入ってきて、腕をそっと触れてそのまま握られた。
握ってくれているその手は、あたたかくて、やわらかくて、何だかとてもくすぐったい。
あまり感じた事がないその感覚に、自然と笑ってしまいそうで、それを我慢していると、いつのまにか啜り泣く音は聞こえなくなっていて、穏やかな吐息だけが聞こえてくるようになった。
少し時間が経ってから目を開けると、そこにはこちらを向いて、静かに寝ているノアが見えた。
さっきまでの事が嘘みたいに思える穏やかな寝顔で、でも目元には確かに涙の跡が残っていて、私の腕もしっかりと握られている。
ノアが謝る必要はない。謝らなければいけないのは私の方だ。
どんなに知識を持っても、どんなに近くにいても、いまだに苦しんでいる人を救う事はできなくて。
けれど、私自身はいつも側に誰かがいてくれたから、救われたわけで。
あと何を努力すれば、そんな人達に近づく事ができるのか。その様な事を考えながら、再び眠りについた。
はー、っとため息をつく。
あまりにも暇だった。
待ち合わせ場所に指定された、近所にあるアウトレットの噴水の前でそう感じながら、立ち
ずっと立っているせいか、さっきから足がジリジリと痛み出している。
それもそのはずで、この場所についたのは三十分前。灯たちとの待ち合わせまで、あと十五分もあった。
いくら何でも早く着きすぎて、何をすればいいのかわからない。
先にお店を見て周るかとも考えたけど、二人が来たらまた周るのかと思うと、二度手間のようで行く気になれなかった。
こんな事になったのも、ノアに家から追い出されてしまったからだ。
お昼に食べられるよう、昼食を作っていたら、丁度起きてきたノアに『まだいたんですか、早く行ってください』と、背中を押されてしまった。
「もっと、家にいたかったな・・・」
どうにかノアの分のお昼ご飯は作れたけど、本当は私も早めにお昼をとってからここに来ようと考えていた。
まぁ、いいかと思う。あと十分も待てば二人も来るし、たまには他の人と食べるのもいいかも知れない。
待った分、二人との時間は楽しいのかも知れないし。
「早くこないかな」
待ち合わせに早くきてしまったのは私の都合だけど、早く来てほしい。
時間は刻一刻と過ぎていって、皆に平等に与えられている。
それをどう使うかは自由で、何に意味を見出すかも人それぞれだ。
今この待っている時間が無駄かどうかは分からなくて、でもそれを無駄にしない為にも早く会いたいなとは思う。
だから早くきてほしいなって、自分勝手だけど、そう思う。
願いというのは、意外と届くのかも知れない。
あの後、少しすると遠くに見知った姿が二つ並んで見えてきた。
一人は髪も茶色に染め、雑誌で紹介されているような春物の服装をしていた。
もう一人は私と同じくらいの髪の長さで、けれど前髪は長くて、服装に至ってはジャージを着ていて、さっきまで部屋にいたのに無理矢理連れ出されたって格好をしている。
片方が笑いながら何かを話していると、もう一方が手を翻して反論している。
側から見るとまるで喧嘩をしているように見えて・・・いや、二人は仲がいいはずだ。確かにいつも言い争ってはいるけど、春休み中も一緒に会うって言っていたし。
二人は段々とこちらに向かいながら、言い争いはエスカレートしているように見えて、ここまで聞こえるくらい大声を出したり、手で押したりしている。
「おーい、あかりー、しおんー」
流石に様子がおかしくて、二人の名前を呼んでみる。
するとすぐにこちらに気がついて、片方がが走り出し、それを追いかけるようにもう一方も走り出した。
二人とも体育の授業でも真面目に走っている所を見ないのに、今は凄い勢いで走ってきている。
けれど、やっぱり服装の差か、走りやすいジャージを着ていた方が大差をつけて先に着いた。
「えっと、おはよう、
姿勢を低くし手を膝につき、息を荒げている潮音に声をかける。
「だ、大丈夫。それよりも、待たせた?」
「あ、うん。待ったのは待ったけど、」
その先を言おうとしたところで、遅れていた
すると潮音は急に姿勢を戻し、灯の方を向いた。
「灯! 真惟にちゃんと時間教えたの・・・!」
凄い形相で灯を
「ちゃんと、昨日教えたって」
灯は慣れているのか、全く怯まずに「ねえ」と私に話をふり、私も仕方なく携帯を取り出して昨日のやりとりを見せると、ようやく潮音は納得した。
「ほらね」
潮音は落ち込んだように肩を落として下を向く。
「・・・疑って、ごめん」
「いいって」と灯が言うと、二人の雰囲気が落ち着いたのがわかる。やっぱり、二人の仲はいいのだろう。
「それで・・・今日はどうしたの? 真惟の方から誘ってくるって珍しいね」
そう潮音に尋ねられて、疑問が浮かぶ。
最初に誘って来たのは灯じゃなかったっけと思い灯を見ると、両手を合わせて頭を下げていた。多分、話を合わせてって事だろう。
「あ〜、うん。明日から学校だし、それの準備で買い物したいなって考えてて、あと連休中は二人と会ってなかったから、会いたいなって」
とって付けたような理由を並べる。どれも嘘ではないけど、私が誘ったわけではないから説得力が足りないくて、怪しまれる気がした。
「本当に・・・?」
案の定、潮音は疑っている。
潮音は私の事をよく知っている。
彼女は私にとって初めての友達で、母を除けば一番付き合いの長い人物で、何故か知らないけど私の事をよく見てくれていて、そのせいなのか私の事をよく知っている。
だから、中途半端な嘘をつくとすぐに見破られる。
「えっと、それよりもさ、ずっと立ってて足が疲れたから、先に何処かで休まない? お昼も食べたいしさ」
話を逸らすように、別の話題を作る。あまり自分からこういった提案はしないのだけど、変に責められるとせっかく楽しみにしていたのに、気まずい雰囲気になってしまう。
すると、さっきまで息を切らしていた灯が急に元気を取り戻し「いいねー」と話題に食いついた。
「あたし入ってみたい店があったんだ〜、早く行こ!」
「え、ちょっと!?」
灯はよっぽど行きたいところがあるのか、目を輝かせて、私と潮音を置いて先に歩き出してしまった。
どんな所だろう、私も少し興味が出てきて歩き出すと「待って!」と潮音に腕を掴まれた。
「どうかしたの潮音? 灯、さきに行っちゃうよ?」
先に歩き出した灯は、もう既に人の波に飲まれていて、このままだと見失ってしまいそうだった。
「待ってって!」
あまりにも必死な呼び止めに、潮音の方へ振り返ると、彼女は何故か不安そうにこちらを見ていた。
「どうかしたの?」
何で、そんなにも悲しそうな表情をしているの?
「どうかしてるのは真惟の方だよ」
急に潮音の手に力が入って、掴まれた腕が少し痛くなる。
「無理、しないでよ」
「何が?」
「だって・・・」
そう言って、潮音は言葉をためらい、口を閉じてしまった。けれど、私がずっと見つめていると観念したのか、再び話し始めた。
「だって真惟は、誰かと一緒にご飯を食べるのが嫌いでしょ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます