『であい』は『しがらみ』ものせて1-2
“人はね、他人を変えられないんだよ”
ずっと前に言われた言葉が、頭の中で鳴り響いている。
それは幼い頃によく言い聞かせてられた言葉で、幼い私はその言葉が理解できなかったし、納得がいかなくて、よく
今では、その言葉の意味も、何からの引用なのかも、伝えたかった事もわかるくらいには知識がつき、自分なりにだけどこの言葉を受け入れる事ができるようになったと思う。
ガサっと、少しの物音に意識を戻して、私の隣でさっき組み立てたケースに何を仕舞おうかと悩んでいるノアを、そっと気付かれないように見つめる。
「うーん」と首を傾げ、結論が出るとパッと表情が少しだけ明るくなる。今の彼女はいたって普通にみえて、先ほどのような不安と苦しさは感じない。
何もなければいい。そんなはずはないと、何もなかったのなら、この子はここには来ないと知っていながら、それでも何もないようにと私は願った。
作業を始めてから二時間くらい経ったのだろうか、日が暮れる前に終わればいいなと思っていたけど、作業は順調に進み、窓の外はまだ明るいうちに荷解きは終わってしまった。
荷物を置き、仕上がった部屋は過ごしやすそうな、気が落ち着く普通の部屋といった感じに仕上がっていた。
「思っていたより早く終わったね」
ノアは話かけられた事に少し驚いたのか、びくっと肩を動かしたと思ったら、こくりと頷いてそのまま下を向いてしまった。
でも、さっきのような不穏な感じはそこまでなくて、何というか、恥じらいとか緊張とか、そんな感じがした。
怖がられてるのかな。
私たちの年齢差を考えると怖がられて当然なのだけど、これ以上怖がらせないようにするにはどうしたらいいのか私にはわからなくて、結局どちらも言葉を交わさないまま時間が過ぎていく。
行き場のない感情を、ため息にしてして出してしまいたい気持ちを押さえつけ、机の上に置いてある時計で時間を確認した。
「少し、休憩しよっか。今お茶の用意するから待ってて」
疲れているわけではないけど、時間も丁度よかったし、一息つきたいと思った。
「あ、わたしも行きます・・・」
「え? 来るの?」
あわてて口に手を当てた。まさか付いて行きたいと思ってなくて、咄嗟に声に出してしまった。
今はこの子の方から提案してくれたのに、これでは余計に怖がらせるだけじゃないか。
人付き合いって難しい。
相手の事を全て知ることはできないし、自分の事を伝えるのだって上手い下手はあるけど、全てを伝えるのは無理なのだ。コミュニケーションは、そんな出来もしない事を、出来る範囲で最善を尽くして成り立っている。
私たちの年齢差を埋めたいなら、互いに意識して近づかなきゃいけない。
今の、この子のように。私も努力しないといけない。
「一緒に行こっか」
ノアは下を向いたままで、こちらを向いてはくれない。
「案内ってほどここは広くないけど、案内してあげるよ」
その言葉を聞いて今度はゆっくりと頷き、そのまま固まってしまった。でも、その表情にはどこか喜んでいるようにも見えて、少し嬉しかった。
案内すると言ったものの、ここには案内をする場所なんてない。
部屋は三つだけ。個室が二つに、ダイニングが一つ、後はお手洗いに脱衣所と浴室があるだけの、いたって普通の
さっきもそうだったけど、この子の行動には何処か必死さを感じる。言葉を口にするときも、荷解きにしても、今でさえ何かにしがみつこうと必死になっている。そんな気がした。
そんなに気に追うことなんて、ここには何もないのに。
案内は数分で終わり、台所からコップと飲み物と少しのお茶菓子を持って部屋に戻り、さっき設置したばかりのテーブルに持ってきた物を置いてその周りに二人で座った。
コップに
数時間前までは殺風景で、ほとんど何もなかったのに、今では家具が増え、青いカーペットまで敷かれて、フローリングの冷たい床ですら
数年間、私は何もしなかったのに、ほんの数時間で私だけの場所ではなくなってしまった。
部屋の隅に意図的に残した何もない空間をみると、ここだけが朝と同じで、でも、明日には物で埋まり、そうなると今朝までの面影はこの部屋から本当になくなってしまう。
「明日には机も届くってね」
あんなに荷物があったのに、何故かその中に学習机はなくて、母に聞くと事前にネットで選んでおいたから明日届く、と言われた。
一体何を選んだのか、楽しみにしておいてと言った母は自信に
そんな適当なことを考えて気を紛らわしていると「あの」と声が聞こえて前を向いた、
「本当に、ここを使っていいんですか」
ノアは俯いて問いかける。
彼女が問いかけてくる時はいつも俯いていて、それが遠慮からくるのか、それとも私に対する恐怖心からなのかはわからなかった。
「構わないよ」
思っていることをそのまま口にする。
「でも・・・」
納得がいかなそうな彼女に、今度は私から質問してみた。
「逆にきいてもいい? 私と同じ部屋はいや?」
「それは・・・いやではないです、けど」
「ならいいじゃないかな」
テーブルに肘をついて、彼女と向き合う。
「焦らずに、試していけばいいよ。誰も文句なんて言わないから」
返答はない。
耳鳴りがしそうなくらい、静かになった部屋で、目の前で座る、幼い女の子からの返答を待った。
待つ時間は長く感じられて、それでも答えてくれるのを待った。
答えなんて何でもいい。
この子が出した答えが聞きたかった。自分で考えて、それが私の為でも、自分の為でも、何だっていいのだから、自分で選んで欲しかった。
やがて、答えが決まったのか、ノアはこちらを向いた。
今度はしっかりと、私の目をまっすぐにとらえて。
「本当に、いいんですか」
「いいよ」
部屋が緊張に包まれている。
呼吸は自然と止まり、彼女から視線を逸せなかった。
「なら、わたしは、いっしょの部屋がいいです」
そうノアはいうと、さっきまでの真剣な表情はすぐに崩れて再び
私も
本心では、この子を一人にさせたくは無かった。だから、一緒の部屋でいいと言ってくれて本当に安心した。
この子は強い子だと思う。初対面で歳上の私にちゃんと会話をしようとするし、しっかりと自分の考えを相手に伝えられる。きっと、一人でも大丈夫なんだと思う。
だからこそ、自然と他人に気を遣えそうな子だから、一人にしてしまったらこの子は孤立してしまう気がした。
せっかくこの家に来たのに、この子にとってこの場所がご飯を食べて、寝るだけの場所にはしてほしくなかった。
この子のことはわからないけど、ここで暮らすことになるなら、ここを彼女の落ち着ける場所にしてほしい。
だから、本当に安心した。
「改めて、よろしくね。ノアちゃん」
「よろしく、お願いします・・・えっと、お姉ちゃん」
お姉ちゃん、と言われて
あの母親、いったい何を吹き込んだ?
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