『あゆみ』の跡は、とても『ふか』くて 4ー5.5

「ごめん」


 木製のよくあるベンチに座っていると、潮音しおんに謝られた。


「気にしないで、びっくりしただけだから」


 そう、できるだけ優しく声をかける。本当に何とも思っていないから、気にしないでほしいけど、


「ごめん・・・」


 今度はさらにふかく謝られた。でも、確かに気にしてしまうのかもしれない。


 潮音からの問いかけで、自分でも驚くほどに動揺してしまって、後少しで倒れてしまうところを彼女に支えてもらった。


 ここ数日そんなことばかりで、自分の想像以上に負担がつのっているのかもしれない。


「飲み物買ってきた!」


 と、どこかへと行っていたあかりが、慌てながら手元に紙のトレーを持って帰ってきた。


「近くにスムージーのお店があったからいくつか買ってきたよ。ブルーベリーとメロンとストロベリー、真惟まいはどれがいい?」


「えっと、それじゃ・・・ブルーベリーで」


 はい、と差し出され、遠慮せず受け取った。少しでも気分を変えたかった。


「あたしはメロンを飲んでみたいから、はい、潮音はストロベリーね」

「え・・・私のぶんも?」

 

 どこか落ち込み、暗い顔をしている潮音に、灯はトレーごと残った一つを押しつけた。


「当たり前じゃん。あ、ゴミ捨てはよろしく」


 さらりと雑用も押しつけるあたり、さすがだなと感心した。


「いただくね」

 

 そう、灯に一言かけてから口にした。


「どう?」

 

 口にした途端、味わうよりも早く、灯から感想をせがまれた。


「まだよく味わってないって。でも、冷たくてすっぱい」


 曇っていた気分もすっきりとする爽やかさだった。

 あはは、と笑う灯にはにかんで、そのあとに潮音をみた。


 肩を落とし、下を向いたまま紙の太いストローを口にして、ただ静かにそこに立っている。

 そんな、落ち込んで思い詰めている潮音に向かって、声をかけた。


「寂しかったよ」

「え?」

「さっきの質問の返し。あの人がいなくなって、それまでの生活が全部かわって、母さんとの距離も開いて、どうしようもなくて、それでいて、寂しかった」


 暗い部屋で一人きり、うずくまり耐えていた。


「よく耐えてたよね」


 あの頃の自分をめてあげたい。なぐさめだけど、頑張っていたのは事実だから。


「どうやって耐えてたの?」


 興味本意で、灯からかれた。


「・・・それはね、」


 あの頃の幼い自分を思い浮かべた。


 暗くした部屋の中で、目を閉じてうずくまって、歯が折れるんじゃないかってくらい噛み締めて、それでいて、その手には・・・


 急に顔が火照ほてり、口を閉じて下を向いた。


「やっぱり、教えない」


 思い出すのをやめた。


「えーなんで」


 聞きたそうに駄々をこねた灯に、なんでも! と強くいって拒否した。


 自分でも恥ずかしくて、とてもじゃないけど言えなかった。


「そんなに嫌な思い出なの?」

「違うよ、その逆。確かにつらかったけど、しあわせの反動だよ」

 

 つらい記憶のはずなのに、どうしてだろうか。

 思い出すとさっきのように痛みがわいてくるけど、どこか心地よくて、触れていたい。


 きっとあそこが、今の私の起点なんだ。

 

 ぱぁっと、まわりのお店や電灯が一斉に光を放って足元を照らした。

 その光があまりにもまぶしくて、周囲が暗くなっていたのだと、その時になって気がついた。


 手元に置かれた、いつの間にか増えた袋たちに目をやり、帰ってからのことをいくつも思い浮かべる。


 とりあえず、ご飯を作らないと。今日は母も早く帰るって言ってたし、帰ったら急いで作らないといけない。


 何を作ろうか。まだ夜は冷えるから、温かいものがいい。


 輸入食材を取り扱ってるお店で、いくつか缶詰を買ったから、さっそく使うのもいいかもしれない。


 お風呂は沸いてるかな。


 きっと沸いてる。あの子は頼んだ仕事をしっかりとしてくれるし、洗濯物も畳むとこまでしてくれて、すでに私が手を出す場所はない。


 ご飯の後は何をしようか。

 今までは勉強しかする事がなかったけど、今はそれ以外のことがしたい。


 潮音がくれた漫画も読みたいし、ノアとのお話も、まだろくに自己紹介すらしてないから、それもしたい。

 

 あの子が好きな物とか、嫌いなものを知ってあげたい。

 私の場合は、好きだった物の話になりそうだけど、きちんと教えたい。説明が難しくてどう話せばいいかわからないけど。


 そんな事を頭でめぐらせていると、なーんだ、と思った。わからないとか言ってたくせに、意外にもやりたい事が浮かんでくるではないか。


 あの人がそうしてくれたように、私も何かをしてあげたい。


 帰ろう、そう思った。でも・・・その前に、


「ごめん二人とも、最後にもう一店舗だけ、よってもいい?」


 まだ、私がノアの為にできる事があるかもしれないと、この時はそう思った。

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