第47話 目安箱のSOS

翌日、放課後の生徒会室。


「今日からユフィには、生徒会の仕事を手伝ってもらおう」


エドワードが眼鏡をくいっと上げて開口する。

ピリッとした空気の中、ユフィは勢いよく頭を下げて声を張った。


「ご、ご指導ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願いしましゅ!」

(噛んじゃった、なんでいつも大事なところで!)


羞恥から顔を上げることが出来ずぷるぷる震えていると。


「そんな肩肘張らなくて良いよ、気楽にやろう、気楽に」


 ライルがゆるりと言葉を紡いでくれて、ユフィの心に少しだけ平穏が戻ってきた。


「初日ですからね、緊張するのも無理はないでしょう」


 会長のノアは相変わらず、穏やかな声でフォローを入れてくれる。


「ううう……毎度毎度、お気遣い頂いてすみません……」


 顔を真っ赤にしてソファに座るユフィの隣に、エリーナがぴったりと密着してきた。


「ユフィちゃんはそのままでいいのよ。むしろ、そのままで居てほしいわ」

「あ、ありがとう、ございます?」


 全肯定してくれるエリーナに感謝しつつも、距離がいつもより近い気がして首を傾げるユフィであった。


「話を戻して良いか?」


 エドワードが低い声で言って、緩み切っていた空気が再び締まる。


「まずは、そもそもの生徒会の仕事について説明する。生徒会の仕事は、学内の制度の見直し、学校行事の取り仕切り、そして目安箱を通じて生徒たちからの要望を叶える、といったものがある。それぞれが、学園の運営に不可欠な役割を果たしている」

「ふむふむ……」


 ユフィは懸命に頷きながら、メモ帳にエドワードの言葉を書き記していく。


「制度の見直しについては、学期初めということもあり特にない。学校行事も直近では一ヶ月先の五月祭だから、今議論するようなことは無いだろう」

「お、じゃあ帰って良いってことだな!」


 ハンモックに寝転がってつまらなそうにしていたジャックが、水を得た魚のように起き上がる。


「よおし! 今日はトレーニングの時間がたくさん取れ……」

「と、言いたいところだが、目安箱に要望が入っていた」


 エドワードの無慈悲な言葉に、ジャックがハンモックからずり落ちそうになる。


「ンだよ、期待して損した」


 不貞腐れた子供のように言うジャックをスルーして、エドワードが掌サイズの紙を読み上げる。


「要望内容は『寮で飼っていた子犬が、裏山で散歩中に逃げてしまったので探して欲しいです』というもの。子犬の大きさは両手に乗るくらいで、色は茶、犬種はミニチュアダックスフンドということだ」


 エドワードが読み上げると、ライルはぴくりと眉を動かす。


「それだけ?」

「だな」

「差出人の記載も特になし?」

「無い。ただ、見つけた場合は生徒会で保護してほしい、と書かれている」

「なるほど……差出人の記載が無いのは、妙だな……」


 ライルが意味深な表情で、顎に手を当てて考え込んでいると。


「今すぐ探しに行きましょう!」


 バンッと机を叩いて、エリーナが立ち上がった。


「同じく子犬を飼っている私にはわかってしまうわ! この目安箱に依頼を出した飼い主さんはとても引っ込み思案で、恥ずかしがり屋な子なの。でも、愛する家族の一人、ダークギャラクシーデストロイヤルドラゴンを見失ってしまった……なんとか探したい、でも頼れる人がいないと途方に暮れていたところ、生徒会の目安箱に縋り付くことにした……ええ、絶対にそうに違いないわ!」


 熱量たっぷりで力説するエリーナの言葉に、生徒会室に静寂が舞い降りる。


「ダークギャラク……なんだって?」


 エドワードが眉を顰める。


「ダークギャラクシーデストロイヤルドラゴン! 今、私が付けたの」

「分かりずらすぎる。仮名でジョンでいいだろう」

「ええー! ひどい! 可愛いじゃない、ダークギャラクシーデストロイヤルドラゴン……」


 エリーナがいじけた子供みたく、両方の人差し指をつんつんする。


「って、それはいいの! とにかく、今頃飼い主さんが悲しんでいるのは間違いないわ。家族の一人が行方不明なの、もう気が気でなくて、泣きそうになっていると思う……」

「エリーナさん、わかります……」


 悲痛な顔で言うエリーナに、いつの間にか涙目になったユフィがぽつりと呟きを漏らす。


「私も、猫を飼っているので……シンユーが突然、いなくなったと思うと私……私……」

「ユフィちゃん……」


 エリーナが感銘を受けたように、ユフィのそばに寄り添う。


「うんうん、ユフィちゃんもわかるよね……」


 ペットを飼うもの同士、通じ合うものがあるのだろう。

 ユフィとエリーナはお互いに手を取り合って結束を確かなものにしていた。


 そんな二人に、エドワードは困ったように頭を掻いてから、助けを求めるようにノアへと視線を向ける。


「いいんじゃないでしょうか」


 ゆったりとした口調でノアは言う。


「学園の生徒が困っていることは確かですし。生徒の悩みを真摯に受け止め、可能であれば解消するのが僕たちの役目です。それに……」


 ノアがエリーナに目を向けて言う。


「ここで行かないと判断したら、一人で飛び出してしまう人がいそうですしね」


 ノアの言葉に、エリーナが「バ、バレてる……」と言いたげな顔をした。


「わかりました……」


 小さく嘆息してから、エドワードは言う。


「ではこれより、ジョン(仮名)の捜索を開始する」


 くるりと、エドワードがユフィに向き直る。


「当然、ユフィにも手伝って貰うが、いいな?」

「は、はい! お役に立てるよう精一杯頑張りたく存じます!」


 こうして生徒会一同、失踪した子犬ジョン(仮名)を探しにいく流れになった。


 ……ライルだけが、最後まで眉を顰めて何かを考えている様子だった。

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