第45話 後ろ向きなティータイム
貴族のランチタイムは食事だけではない。
昼食を終えた後、ユフィはライル達と一緒にティータイムを洒落込んでいた。
「お、美味しいっ……」
フルーティで芳醇な香りを放つ紅茶を一口飲んで、ユフィが感想を溢す。
そもそも紅茶を飲む習慣がないユフィにとって、上級貴族の専属シェフが入れてくれた紅茶は複雑な美味しさだった。
「こんな美味しい紅茶、初めて飲みました」
「気に入ってくれたようで、良かった。それ、うちの家庭菜園で今朝採れた紅茶だよ」
「えっ、家に紅茶畑があるんですか……?」
実家には、ゴボウ畑しかなかったのに。
「ふん、紅茶なんて洒落たもの飲みやがって」
ぶっきらぼうに言うジャックは紅茶ではなく、大きな木製のコップをぐびぐびやっていた。
「ジャ、ジャックさんは何を飲んでいるんですか?」
尋ねると、ジャックはよくぞ聞いてくれたとばかりに身を乗り出す。
「これはな、筋肉スープだ」
「き、キンニクスープ?」
「塩胡椒で味付けしたスープに蒸した鳥を混ぜて作った、俺のオリジナルレシピだ! これを一杯飲むだけで、身体の筋肉が歓喜する」
「はあ……」
筋肉に縁がないユフィは首を傾げるばかりであった。
「まあ、お前には縁のねえ飲み物だわな」
ユフィの反応を見て、ジャックは苦笑しながらコップを傾けた。
その時、ユフィはハッする。
口を開こうとして、閉じる。
しかし意を決したように唇をキュッと結んで。
「あ、あのっ」
「あ?」
「さっきは、その……ありがとうございました、助けてくださって……」
「ああ。んな大したことしてねーから、畏まる必要もねえぞ」
「そ、それでも、その……(普段人に気にかけて貰う機会なんて無いので)嬉しかった、です」
照れ笑いを浮かべながらユフィが言うと、ジャックは居心地悪げに頭を掻いた。
「……まあ、どういたしまして」
「あらあら、ジャックくん、随分とユフィちゃんに対して腰が低くなったじゃない」
エリーナがにまにま顔で言う。
「俺は自分より強い奴には逆らわねえって決めてんだ。強さは偉さだからな!」
「ふうん」
「ンだよその意味深な顔は」
「別になんでも〜。ところでユフィちゃん、紅茶に興味があるの?」
「こここ紅茶ですかっ!?」
エリーナが弾んだ声で尋ねてきて、ユフィはテンパる。
「えっ、あっ、えっと……」
ぶっちゃけ無い。
そんなオシャンティーなもの、今までの人生で無縁だったから。
(で、でもここで、無いって言うよりも申し訳ないような……でも嘘を付くのも気が引けるし……)
ちらりと目を向けると、夜空に浮かぶ一等星を間近で見たような笑顔のエリーナ。
(ま、眩しい……!! この顔を曇らせるのは罪悪感が……!!)
考えにかんがえに考えた末に、小さく一言。
「………………………………多少は」
「そうなのね!!!! じゃあ今度、私の家にお邪魔するといいわ!! 我が家の庭園でも、たくさんの種類の紅茶を栽培しているの!!」
「いいいいい家に招待……!?」
(それは流石にハードルが高過ぎる!!!!)
「……ダメ?」
(でもそんな目で言われたら!!!!)
「………………………………………………………………はい」
「やった! 楽しみね」
胸の前で拳をぎゅっと握って、エリーナは絵にして飾りたくなるような笑顔を浮かべた。
「きっと、ブラックホールセラフィムとデーモンオーバーロードゴッドフェニックスも喜ぶわ」
「あ、あの、前々から気になってたんですが、その、ブラックホール? ゴッドフェニックス? ってなんですか……?」
そろそろ確認しなければならない。
名前的にライオンとかワニの類な気がするが、もしそうだとしたら……。
(私は格好の餌……!!)
鋭い牙をずらりと並べたワニにぱくりんちょされる自分の姿を想像して、ユフィの背筋にぞぞぞっと冷たいものが走った。
返答によっては訪問を熟考しなければならない。
「ブラックホールセラフィムはわんちゃん、デーモンオーバーロードゴッドフェニックスは猫ちゃんよ」
紅茶吹きそうになった。
「い、犬と猫なんです……?」
「そう! 二匹とも小さくて甘えん坊で、とても可愛いの! はあ……早く会いたいわ……」
悲痛な運命によって切り離された恋人を想うみたいに頬に手を当てるエリーナ。
一方のユフィは頭上に『?』をいくつも浮かべて首を傾げていた。
「エリーナは少し、ネーミングがアレと言うか、変わっているよね」
ユフィの内心を察したライルが言う。
「ええー、可愛いじゃない、ブラックホールセラフィムとデーモンオーバーロードゴッドフェニックス」
「犬猫じゃなく邪神の類につける名前のような気がするよ」
こくこくこくこくとユフィは内心で勢いよく頷く。
「邪神だなんてひどい! ジャックくんは分かってくれるよね? この私の可愛らしいネーミングセンスを」
「興味ねえ」
「ほら、ジャックも可愛い名前だって言ってるわ」
「言ってねーよ! 耳腐ってんのか!?」
やいのやいの騒ぐ3人の様子を見て、ユフィの口元が緩む。
(仲良しで、いいなあ……)
同じ上級貴族同士と言うことで、3人とも古い付き合いなのだろう。
長い時間かけて育まれてきた絆ゆえの空気に、ユフィは純粋に眩しさを覚えた。
(この場所に、私は居ていいのかな……)
ふと、そんなことを考えてしまう。
(そもそも私は、攻撃魔法が凄いから生徒会に入れてくれたのであって……)
自分に人間的な魅力があったから、という理由では決してない。
(攻撃魔法がなかったら、私なんてただの根暗で面倒臭い女なのに……)
いくら攻撃魔法が使えたとしても、人間性の部分で呆れられないかという不安が湧き上がってきて、胸の中を真っ黒にしていく。
この場所に自分が混ざっていること自体、喉に魚の骨が引っかかったような異物感があった。
「ユフィ、どうかした?」
「え?」
「ボーッとしてたけど……」
「いいいいえ! どうもしてないです!」
「そっか、ならいいけど」
ライルの気遣いが温かくも、胸が痛くもあった。
こんな良い人たちのそばに自分が居ていいのかという後ろめたさが、ぐるぐると頭の中を渦巻く。
(私なんかが|烏滸(おこ)がましい、それはわかってる、けど……)
優しくて、自分を気にかけてくれる人のそばに、少しでも長くいたい。
そう願ってやまないユフィであった。
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