第44話 生徒会メンバーとお昼ご飯

「あらあら、そんなことがあったのね」


 先程のキャサリンとの一幕を聞いて、エリーナは労わるような声で言葉を溢す。

 彼女の瞳は同情と慈愛に満ちた輝きを放っていた。


「災難だったわね、ユフィちゃん」


 柔らかい手がユフィの頭を撫でる。

 エリーナの手は優しく、母の揺籠のように心地よい温もりがあった。


 ユフィはその手の感触に甘えつつも、ぎこちない表情を浮かべて言う。


「アハハ、ソウデスネ……」


 ユフィの表情が硬いのは、今現在いる場所が原因である。

 学園の特別食堂──そこは、上級貴族しか入室を許されない特別な場所。


 天井には当然のごとく華麗なシャンデリア、机や椅子一つ取ってみてもひと財産築けるんじゃないかと思うほど豪華なもの。

 壁一面の窓からは庭園の緑が眩しく見えて、開放感と高級感を同時に味わえる最高のロケーション。


 ライルから昼食に誘って貰わなければ、ユフィは一生立ち入ることのなかった空間だろう。

 普段、昼食に使用している中庭とは打って変わって、煌びやかでゴージャスな雰囲気を楽しむ……事もなく。


(ゴボウを落として退学……は流石に笑えないいい……)


 考古学者が古代遺跡を触れるような手つきで、ユフィは慎重にゴボウサラダを食べていた。

 庶民のユフィからすると、テーブルにソースを溢してとんでもない額を請求されないかとヒヤヒヤである。


「本当はエドワードとノア会長も一緒に食べられたらよかったんだけどね。生徒会の仕事で来れないみたいだった」


 涼しい顔で昼食を食べながらライルは言う。

 その発言内容よりも、ライルが食べている食事内容にユフィは気を取られていた。


(私が今まで食べていたものは一体……)


 そう思ってしまうほどの豪華な食事。

 まず目に飛び込んでくるのは、金色に輝く海鮮パエリア。


 程よい色合いで焼かれたライスの上にはエビ、帆立、イカといった海の幸が美しく盛り付けられていて甘く香ばしいサフランの香りが漂ってきている。


 他にもしっとり柔らかそうな鴨胸肉のロースト、新鮮な野菜たちが彩り鮮やかに盛られたサラダ、 金箔が散りばめられたチョコレートムースなど、とても学校で食べる昼食とは思えない一流シェフの作り出したで特製コースが輝いていた。


 問答無用で美味しそうな匂いが立ち上ってきて、ユフィの胃袋がキュッと音を立てる。


(これが……大金持ちのランチ!)


 何もかもが規格外。

 ただただ圧倒され、驚愕するしかないユフィであった。 


 その一方で、別の緊張もあった。


(うう……なんだかそわそわする……)


 家族以外で誰かと一緒にご飯を食べるなんて、生まれて初めてのイベントだ。

 今までぼっち飯が当たり前だったから、人と食事の時間を共有する際の振る舞いをユフィは知らない。


(無意識のうちに無礼を働いてないか心配過ぎる……はっ、もしかして私、食べるの早すぎたりっ!?)


 そんな心配が胸いっぱいに広がって、フォークを持つ手が震えるユフィであった。


「ところでユフィちゃん、お昼ご飯はそれだけ?」


 エリーナが、ユフィのランチであるゴボウサラダを見やって尋ねる。


「あっ、はい、そうです」

「ダイエット?」

「というわけでは、ないですが」

「それだけじゃ足りなくねえか?」


 山盛りに盛られた厚切りステーキを頬張りながら、ジャックも訊いてくる。

 炭火で丁寧に焼かれた大量の肉たちは脂身少なめで、まさしく筋肉を作るために摂取しているといった様子だ。


「今日は、(朝寝坊をしてしまって)これしかなかったので……」


 ユフィの言葉に、エリーナが何かを察したようにハッとする。


「まさかと思うけどユフィちゃん、家での食事もそれだけ……?」

「あ、はいっ。(家から持って来たゴボウがまだたくさんあるので)ここ数日、ずっとこれですね」


 なんでもない風にユフィが答えると、場にいた3人がピシリと固まった。

 それから自分達の食べている豪勢な食事と、ユフィのそれを見比べて気まずそうな表情になる。


(え……私、何か変なこと言った……?)


 ユフィがきょとんとしていると、エリーナが「うっ……うっ……」と涙を流し始めた。


「ユフィちゃん、食べ盛りなのに……よほど家計を切り崩して、学園に入学して来たのね……」


 ハンカチで目元を拭いながらそんなことを言うエリーナ。


「民が十分な食事を摂るよう尽力するのも王族の仕事のはず……まさか、こんな極限状態の国民がいたとは……今まで気づけなくてすまない、ユフィ」


 ライルはまるで捨て子を見るような目をユフィに向ける。


「えっ、えっ……なんで私、謝られてるんですか?」


 状況が読み込めていないユフィの前に、スッと山盛り肉が差し出された。


「ジャックさん……?」

「食え。俺を倒した者がそんな貧相な食事をしているとなると、俺の沽券にかかわる」

「えええっ、そんな、悪いですよ!」


 スッ……。

 今度はパエリアと鴨ローストがやって来た。


「少ないけど、僕からも受け取ってほしい」

「ラ、ライル様!?」


 スッ……。


「私からも、お裾分けするわ」

「エリーナさんまで!」


 目の前にどっさりと料理がやってきて、ユフィは目をまん丸にする。


「うっ……うっ……私の料理は、本来このような方に振る舞うべきのはず……」


 後ろに控えていたシェフまでも、涙声でそんなことを言っていた。


(な、なんだか盛大に誤解されたような気がする……)


 そう思ったユフィだったが、今更説明する空気でもない。

 本来であれば皆の分の昼食を貰うのは気が引けたが、こんな豪華な食事を前にする機会など滅多にないし、何より皆の優しさを無碍にすることはできない。


「で、では……ありがたくいただきます……」


半ば食欲に負けるような形で、ユフィはジャックから貰った厚切り肉を口に入れる。


「……!?」


 瞬間、ユフィは目を限界まで見開いた。

 噛み応えのある赤身肉の旨味が口の中いっぱいに広がる。


 下味のブラックペッパーのスパイシーさが肉の濃厚さを引き立てて、オニオンソースの甘さが後追いで包み込んでくる。

 

 食べ進めるごとに肉本来の旨みとソースの香りが混ざり合い、五感全てが肉の味に包まれるかのようだった。

 もぐもぐごくんと飲み込んでから、ユフィは笑顔を輝かせて言った。


「美味しいっ……です……」

「当然だな! うちのシェフの肉料理は絶品なんだ」


 ジャックが腕を組んで満足気に言う。


「(そもそも野菜が好きなので)お肉なんて、本当に久しぶりです……」


 そう言って二切れ目に手を伸ばすユフィを、エリーナが堪えきれないといった調子で抱き締めた。


「エ、エリーナさん……?」

「ううん、いいの、何も言わなくていい。今はゆっくりと、ご飯を味わって」

「は、はい……」

(な、なんだか……余計に誤解させちゃったような気がする……)


  と思いつつも、抗えない優しさのオーラに包み込まれるがままユフィは肉を頬張る。


(今度お礼に、皆さんにもゴボウサラダを振る舞わなきゃ……)


 身分不相応な昼食を食べながら、そんなことを考えるユフィであった。

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