第24話 勘違い

「ライル様のあれは、私の攻撃魔法を引き出すための演技……!?」


 ある一つの結論に行き着くユフィ。

 フレイム・ケルベロスに襲われ、いかにも絶体絶命といった状況になれば、ユフィが攻撃魔法を使って救わざるを得ない。そしてその作戦を決行しようと思ったのは……。


「ライル様は……見抜いたんだ」


 入学式の前日のあの短いやりとりの中で、ユフィが攻撃魔法を使えるということを。


「女装男子がどうとか、笑い話にしたのはきっと私を油断させるため……」


 バラバラだったパズルのピースが次々にハマっていき、戦慄した。

 ライル・エルバードというクラスメイトに対する印象が、ぎゅるんっと逆転する。


 そもそも彼はアレウス王国の第三王子。

 きっと自分の想像のつかないほどの切れ者で策士だ。


 言うなれば、自己の利益のためなら手段を厭わない悪魔。

 田舎から出てきた何も知らない小娘ひとり掌で転がすなど造作もない。


「つまりとっくに、先生たちに私のことは伝わってて……そのうち大勢の憲兵隊が私を捕らえにくる……それから校長室……裁判所……牢獄……人体実験……!?」


 ユフィの顔から血の気がサーッと引いていく。


「シシシシンユー……どうしよう、どうしよう……!?」

『どしたのー?』


 毛布をほっぽり出してわたわたベットに駆け寄ってきたユフィを、シンユーが見上げる。


「私、解剖されちゃう……!!」

『何言ってるのー?』


 ──カタンッ。


「!?」


 ふと、人の気配を感じた。

 ギギギッと、壊れた機械人形みたいに首を動かしドアの方を見る。


(あのドアを蹴破って、憲兵隊が突入してきて……)


 ユフィの妄想が始まる。

 悲鳴を上げる間もなく、屈強な男たちに組み伏せられ……。


『離して! 解剖だけは……解剖だけは……!!』


 泣き叫ぶユフィに打つ手立てはない。

 ほどなくして憲兵隊の後ろから姿を現したライルが、あの人懐っこそうな笑顔を歪めて言うのだ。


『全部僕の思い通りに動いてくれるなんて、本当に君は単純な人間だね』

「ひっ……」


 息の詰まるような思いで、ユフィがドアを凝視していると。


 ──コンッ、コンッ。


「ぴゃい!?」


 ドアとは真後ろの方向から音がしてユフィは飛び上がった。

 恐る恐る振り向くと、バルコニーに人影。


 僕だよ、と言わんばかりに軽く手をあげる青年──ライルだった。

 とんとん、と鍵を指差し『開けて』のジェスチャーをしている。


(あ……終わった……)


 深く深く、ユフィは息を吐いた。

 自分の仮説は当たっていたのだと確信すると、諦めの気持ちが胸に広がる。


 先程までのパニックはどこへやら、穏やかな表情でベットから降りるユフィ。

 気分は断頭台へ向かう死刑囚そのもの。


 ゆっくりとした所作で、窓の鍵を開けた。

 ガラガラとドアを引くと、ライルが部屋に入ってくる。


「やあ……って、それはなんのポーズだい?」

「降参する犬のポーズです。わんっ!!」

「僕にそういう趣味はないんだけど?」

「ち、違いましたか? それじゃあ……」

「今度はなんで両手を差し出して来たのかな?」

「拘束用の縄を嵌めやすいように……」

「いやそういう趣味もないんだけど!?」


 ギョッとするライルの反応を見て、ユフィは首を傾げる。


「あれ……? 私を捕まえに来たんじゃ……?」

「誰が? 誰を?」


 ユフィはライルに人差し指を向けて、それから自分に向けた。


「うん、どうして?」

「どうしてって……」


 そこでユフィはハッとする。

 憲兵隊どころか、ライル以外の人の気配が感じられないことに。


 当のライルも敵意を纏っていない。

 ユフィの挙動にただただ困惑している、といった様子で……。


 気づく。

 自分の仮説が、全くの妄想に過ぎないという可能性に。


「たいっへん!! 申し訳ございませんでしたー!!」

「ちょっ、ユフィ!?」


 ガン! と床に頭を打ち付けユフィは渾身の謝罪を披露した。


「ただの勘違いでした!!  本当に! 本当に! 申し訳ございません!」

「と、とにかく、落ち着いて! 全然気にしてないから! というか、なんで謝られてるのかもわからないから!」


 恐る恐る頭を上げるユフィに、ライルは子供を落ち着かせるような笑顔を向けて言う。


「えっと、話を進めていいかな?」

「あっ、ハイ……お願いいたします」

「別に正座で聞かなくても良い話なんだけど……まあいいや」


 こほんと、気を取り直してライルは口を開く。


「とりあえず、まずはこのような訪問になったことを謝罪させてほしい。驚かせて、すまない」

「いいいいえ! お気になさらないでください! むしろ私の方が何倍も驚かせてしまったので!」

「あはは、それはそうかも。とにかく、女子寮は男子禁制だし、そもそも僕がユフィに会いにきたことを他の生徒に見られるのは得策ではないと考えて、窓からお邪魔させてもらったんだ」

「それはそうですよね英断だと思います私みたいなミジンコゴミムシと一緒にいるところを見られでもしたら|魔春(マシュー)砲の餌食になりますので」

「そこまでのスクープ性は無いと思うけど」


 魔春砲とは、週刊魔春が定期的に打ち上げるスクープのことだ。

 週刊魔春は王都で最も発行されている雑誌で、主に有名人同士の不倫スキャンダルなどを取り扱っている。


 ゴシップ関連の情報はここでほぼ全て網羅できると言ってもいい。


 娯楽の少ないミリル村にもこの雑誌が定期的に届いており、教会内でも雑談に花を咲かせるネタとして度々引き合いに出されていたものだ。


 もちろん、話し相手のいないユフィには関係のない話ではあったが、魔春砲に撃ち抜かれることがキャリアに甚大なダメージを負うことは知っている。


 閑話休題。


「とにかく、お邪魔させて貰ったのは昼の件について話したかったからなんだ」 

「昼の件……」

「そう、フレイム・ケルベロスの」


 ライルの纏う空気に緊張が走り、ユフィの背筋が伸びる。

 ユフィの瞳に動揺が浮かぶ一方、ライルは部屋を見回し呟く。


「ここだと、聞かれる可能性もあるか……」


そして、いつもの人懐っこい笑顔を浮かべて言った。


「少し、外で話そうか」

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