第8話 入学式②
「うそ……」
思わず、ユフィは呟いた。
肩まで伸ばした銀髪を靡かせる女性はまさしく、昨日、寮までの道のりを優しく教えてくれたその人だったからだ。
「ご紹介に預かりましたエリーナ・セレスティアです。女子代表としての場に立てたことを、心より嬉しく思います……といっても、私のお話はそこまで堅苦しいものではないので、皆さん楽にしていてくださいね」
女性──エリーナはそう前置きして、柔らかな微笑みを浮かべる。
その途端、ホール内の空気が緩やかなものになるのをユフィは肌身で感じた。
皆の緊張がほぐれるのを待ってから、エリーナが言葉を紡ぎ始める。
「私が回復魔法を志した理由……それは幼いころ、病気がちな祖母を見て育ったからです。あの時、何もできずにただ見守るしかなかった私は、どんなに力が欲しいと思ったことでしょう。この経験が、私が回復魔法を学びたいと決心するきっかけとなり……」
美しい旋律のように紡がれる言葉たちに、生徒たちはうっとりとした表情で聞き入っている。
今度は、ユフィの近くに座っていた女子が声を立てた。
「ああ、エリーナ様、今日も神々しい……」
「私もエリーナ様みたいに、立派な回復魔法士になりたいわ……」
その言葉は、ユフィの胸を高鳴らせるものであった。
──この世界において、回復魔法が使えるのは女だけ。
男の性で攻撃魔法を使えた者も、エルバドル王国の歴史において存在していない。
これも重要なことなので繰り返す。
回復魔法が使えるのは女だけで、男は使えないのだ。
女子の学年主席として入学したエリーナもすなわち、今年の魔法学園に入学した生徒の中で最も優秀な回復魔法の使い手ということになる。
「回復魔法は女である私たちにのみ与えられた、人々を癒し、支えるための力です。回復魔法は病を治し、傷を癒し、人々の生活をより豊かで快適なものにすることができます」
エリーナ自身も、回復魔法が女性特有の力であることを言葉にしていた。
「しかし、力を持つということは、それを正しく使う責任もまた持つということです。私たちが学ぶ回復魔法は侮れない力であり、悪用されれば大きな悲劇をもたらします。それは、皆さんご存知の『セラフィンの悲劇』からも読み取れます。だからこそ、私たちは自分の力を制御し、それを正しく使うための知識と技術を学ぶべきなのです」
(せらふぃんの悲劇……ってなんだっけ?)
ユフィが首を傾げる中、優しげな声色の中にどこか熱い信念を含んだ、エリーナの答辞は続く。
「でも、心配しないでください。私たちは一緒に学び、一緒に成長し、一緒に強くなる仲間です。私たちが一緒なら、どんな困難もきっと乗り越えることができます。何があっても、お互いを支え、助け合うことを忘れないでください」
一拍置いて、エリーナはホール全体を見回し、締めの言葉を空気に乗せる。
「最後にたくさんの感謝の気持ちを込めて、この挨拶を結びたいと思います。これから始まる学園生活が皆さんにとって実り多いものとなることを心から願って。それでは、新たな旅路に皆さんと一緒に進むことを楽しみにしています」
ぱちぱちぱちぱちぱち!!
優雅な所作で頭を下げるエリーナに、弾けんばかりの拍手が贈られる。
先程のライルの答辞とは違う種類の感動が、ホールを包み込んでいた。
ユフィも控えめに手を打っていた。
エリーナの言葉が、胸の奥にじんっと染み渡っていた。
「エリーナ様も、凄い人だったんだ……」
「当然だ。エリーナはこの国の次期聖女候補の一人だからな」
ユフィの呟きに、隣に座るエドワードの棘のある声が襲来する。
「じ、次期聖女候補……!?」
ユフィの目が限界まで見開かれた。
今まで田舎暮らしということもあり、この国の魔法事情に疎いユフィでも、聖女に関する知識は多少ある。
幼い頃、ユフィの村に訪れた人物であり、ユフィが回復魔法を志したきっかけそのものであったから。
聖女──それは、エルバドル王国の守護者であり、国民の心の象徴とされている。
祈りと癒しの力を使ってどんな難病や大怪我も治してみせ、国教であるバレンシア教の象徴としても君臨し、またその深い知恵と洞察力で国王の助言者としての役割も担っている。
各時代に一人しかいないその存在は特別で、聖女が持つ重要な役割と大きな責任を示していた。
以上を踏まえると、次期聖女候補の一人という立場がどれほど凄いものか言うまでもないだろう。
どうやらライルに負けず劣らず、エリーナもとんでもない地位のお方だったのだと、ユフィは血の気が引く思いであった。
「ち、ちなみになのですが、エドワードさんは……」
「父上は宰相だ」
「さい、しょう……?」
「貴様は何も知らないんだな」
「ご、ごめんなさいっ……」
ペコペコと頭を下げるユフィにため息をついて、エドワードが説明する。
「宰相は、国王の政務を補佐する立場の者だ」
「と、とんでもないエリート!」
「所詮は父の立場だ。俺は何も凄くない」
「それでも、凄いです……というか、私たちのクラス、凄い人だらけじゃ」
「他に家柄の高い者だと、軍務大臣の令息ジャックもいる」
「ぐ、ぐんむだいじん……」
流石に字面から意味は汲み取れたユフィであった。
「奇しくも腐れ縁同士が集まったといった様相だな。纏めた方が何かと都合が良いという、学園側の配慮もあったのだろう」
「な、なるほど……?」
その辺りの事情に疎いユフィにはよくわからないが、これからとんでもない人材と肩を並べて学ぶことは紛れもない事実。
自覚すると、胸にひやりと冷たいものが走った。
(ライル様も、エリーナ様も、私とは別世界の人間……)
自分なんかが、一緒の空気を吸っていいのだろうかと強い負い目を感じる。
先程のエリーナの答辞を思い出す。
誰もが見惚れる美貌に柔らかな笑みを浮かべ、堂々と言葉を並べる彼女の姿は、まさに聖女そのもの。
ホール中の人間が、エリーナに対する厚い信頼と期待を抱いているのは間違いなかった。
対して、自分は?
考えたくもなかった。
(私も回復魔法をたくさん勉強して、練習して、あんな風に……でも……)
まだエリーナに対する拍手が鳴り止まない中。
「本当に、なれるのかな……」
どこか弱々しいユフィの呟きは、喧騒にかき消されて誰の耳にも届くことはなかった。
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