第20話 なぜ君が攻撃魔法を使えるんだ!?

「うう……かなり火傷してますね……」


 フレイム・ケルベロスが放ったブレスを無効化してから、ユフィはライルの怪我の様子を見て眉を顰める。

 ライルの患部は肩と背中。


 フレイム・ケルベロスのブレスによる火傷だ。


「これじゃ、私だと治すのに3時間くらいかかりそう……ああもう本当にごめんなさい私のせいで……」


 ユフィは今にも泣きそうな様子だ。

 迷子になって、救済の笛にした方へ行くと、ライルがフレイムケルベロスに追い詰められていた。


(助けないと!)


 その一心でライルに駆け寄ると、フレイム・ケルベロスがブレスを放ってきた。


 ユフィは反射的に水魔法を発動してブレスを防ごうとしたが、それよりも前にライルが自分を炎から庇って背中に火傷を負ってしまった。


 自分のせいでライルを怪我させてしまった罪悪感、早く火傷を治さないという焦りでユフィはテンパっていた。


 そんなユフィに、ライルは神妙な顔つきで尋ねる。


「君、やっぱり女装男子だよね……?」

「違いますよ!?」


ユフィが上擦った声で返した途端。


『グルオオオオオオオアアアアアアァァァッァ!!』


 フレイム・ケルベロスの雄叫びが空気を凍らせた。

 辺りは赤く染まり、地面は熱を帯び、砂埃が舞い上がる。 


 血赤の瞳から炎が燃え上がり、嵐のように荒れ狂った。

 ビリビリと大地を揺らすその叫びは雷鳴のように空間を震わせ、王国の果てまで届くかのよう。


 攻撃を防がれた事、そして自分の事など歯牙にもかけてないユフィへの怒り。

 その怒りは炎となって体全体を包み、地獄の炎を纏った魔獣となる。


 雄叫びを上げながら再びファイヤ・ブレスを浴びせようとしてくるケルベロスに対して、ユフィはただ静かに声を上げた。


「静かにしてください」


 続けて、フレイム・ケルベロスに片手だけ向けて、唱える。


「轟炎弾(グレイト・フレイム・バレット)」


 瞬間、世界が赤く染まる。

 静寂の空間を裂く音と共に、炎が轟音を立てて現れた。


 無数の火の玉がユフィの掌から生まれ、空中で乱舞する大炎上。

 幾千もの業火が集まり形成された灼熱の弾丸はまるで炎龍が獲物を咬み千切るかのように、螺旋を描きながらフレイム・ケルベロスに向かって飛んで行き──直撃。


『グルアアアアアアァァァッァ……!!??』


 灼熱の業火がフレイム・ケルベロスを包むと一瞬でその身を焼き尽くし、地上で輝く赤い星に変える。

 為すすべなく、フレイム・ケルベロスは断末魔の叫びと共に消し炭となった。


 後には、フレイム・ケルベロスが存在していた証である黒い影だけが残った。


 今度こそライルは言葉を失った。


 女は攻撃魔法は使えない。


 その常識をいとも簡単に覆したユフィという存在に、驚愕を通り越し理解不能となった。


「さて、これでゆっくり回復魔法をかけられま……はっ、でも私の回復魔法じゃ制限時間までに治すことができません……ああ、もっと練習しておけば……」


 当のユフィは事の重大さを全く理解していないようで、相変わらずのオロオロしている。

 実際、攻撃魔法の修行に明け暮れている期間、数え切れるほどの魔物を相手取っていたユフィにとって、フレイム・ケルベロスのことなど眼中になかった。


 そんな彼女の態度すら、ライルの混乱を深めていく。


「そんな、あり得ない……」


 やっと絞り出せた声は、震えていた。

 ユフィの瞳をまっすぐ捉え真剣な表情でライルは尋ねる。


「何故君は! 攻撃魔法が使えるんだ!?」

「えっ」


 ……。

 …………。

 ………………。


「はっ」

(しまった!? 怪我の事に夢中で、つい……)


 ようやく、ユフィは事の重大さに気づいた。

 小蠅が飛んできたから払った、くらいのノリで攻撃魔法を放ち、あまつさえそれをライルに目撃されたことに。


「やっぱり君は女装男子だな? そうなんだろう!?」

「ちちち違いますって!」


 それだけは断じて否定しないといけない!


「じゃあさっきの攻撃魔法はなんだ!? 水魔法に加えて火魔法! しかもどっちも上級……いや、それ以上の威力の魔法だ! 答えろ、何故君は事自体が使えるんだ!?」


 ユフィの肩を掴み、ライルは問いただす。

 困惑、疑念、異質なもの前にしたような畏れ。


 ライルの瞳に浮かぶ感情はさまざまだった。


「えっと……それは……」


 ライルが何故こんなにも大声を荒げているのか、ユフィには理解ができなかった。

 しかし直感的に、自分が攻撃魔法を使えることを明かしたらややこしい事態になる、というのはわかった。


「えーと、えーと、えーと……さっきのは……手品です!」


 ユフィは誤魔化すことにした。


「手品で危険ランクBのフレイム・ケルベロスを瞬殺できわけないだろう!」

「うっ……」


 秒で論破されたユフィは言葉に詰まってしまう。


「そういえば、入学式の日にも君はブラック・ウォルフを討伐したって言ってたよね?」

「ひ、人違いじゃありませんか?」

「いいや、僕は確かに聞いた。この魔法の威力を見た後なら、ユフィ一人でブラック・ウォルフを討伐できるのも頷ける。本当に凄いことだよ」

「す、凄いことなんですか? いやあ、それほどでも……」

「やっぱり君じゃないか!」

「ああっ、つい!」


 褒められることなんて無いので、つい喜びの感情がダダ洩れてしまった。


 これでもう誤魔化すことはできない。


(どうしようどうしようどうしよう……ううううぁあああうううううぅぅぅ……)


 この状況をどう説明すべきかわからず頭が真っ白になって、汗が滝のようにダバーとしていた時。


「先生! こっちです!」


 遠くから他の生徒たちの声が聞こえてきた。

 救済の笛を聞きつけた教師たちが到着したのだろう。


 ユフィの瞳に、確信が閃く。

 焦りを通り越して悟りの境地に達したユフィは、それはもう穏やかな表情をライルに向けて言った。


「さっき見たことは、内緒にしてくださいね」

「いや、それは……」

「お願いしますね?」


 有無を言わさぬ圧に、ライルはこくこくと頷いた。

 カッコつけのつもりで放ったぎこちないウィンクは、ユフィの不気味さを一層引き立てる。


 ユフィはそそくさと立ち上がり、後ろ手に風魔法の呪文を唱えた。


「疾風脚(ハリケーン・レッグ)!!」


 風魔法の応用で形成された風の波が彼女を包み込む。


 疾風脚──その名の通り、体に風を巻きつけて、高速で移動する魔法だ。


 逃亡――それが今、最も最善の策だとユフィは導き出した。


「ちょ、ちょっと……ってはや!」


 流星の如くスピードで、ユフィの身体が飛んでいく。

 そんなユフィを止められるはずもなく、ライルはただ呆然とするしかなかった。

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