第21話 やってしまったやってしまったやってしまった
(やってしまったやってしまったやってしまった……)
風魔法に身を任せ超速で逃げるユフィは顔を覆っていた。
胸中いっぱいに焦りと恐怖が広がって心が揺さぶられている。
もうすっかりライルが見えなくなってから、ユフィは風魔法を解いて地面に足を下ろした。
「はあ……はあ……」
バクバクと高鳴る心音、浅い息を整えてから初めて、自分の行動がもたらした可能性を思い知った。
ライルに自分の攻撃魔法を見られたこと――その事実が、全身を黒い影のように覆っていく。
(確かに、男しか使えない攻撃魔法を、私が使えるのはおかしい、けど……)
世の中には例外もある、と軽く考えていた。
卵の中には普通一つの黄身が入っているけれど、たまに二つ入っていることがある。
それくらいの例外と同じだと思っていた。
自分が使えるくらいだから、それほど大したことではないだろうと。
ユフィの自己肯定の低さがそのように思わせていた。
だから、自分がなぜ攻撃魔法を使えるのかについて深く考えることはなかったし、自分から人に言うこともなかった。
しかし、先ほどライルからの怒涛の追求にあって、ユフィはひとつの可能性に行き着く。
(もしかして、私が攻撃魔法を使えるのは、思っていた以上に大変なこと……?)
それこそ、世間一般のルールから外れているほどに。
「いやいやいやいや、まさかまさかまさか? そんなことないよね、ありえないって……」
否定してはみたものの、自分の声が小さく震えていることに気づく。
攻撃魔法を使った自分の姿を見たライルの驚愕の表情が、問いただしてきた時の荒げた声が、「ありえない」を否定している。
「でも、もし……」
女でありながら攻撃魔法を使えるという自分の特性が、大事になるようなことだとしたら。
ユフィの妄想が始まる。
──重い扉を開くと、そこには大きな書斎机に座った厳しげな眼差しの校長先生。
校長先生の他にも、学園を運営する有力な教師たちがずらりと並んでいる。
皆、ユフィを射殺さんばかりの視線を向けていた。
「ユフィ・アビシャス。君に聞きたいことがある」
校長先生の声は低く、重みを含んでいる。
そうして行われる、根掘り葉掘りの質問攻め。
「君は、どうやって攻撃魔法を覚えたのか?」
「誰に攻撃魔法を教わったんだ?」
一つ一つの質問が如く刃物のように迫ってくる。
「……えっと、イメージしたら、なんとなく……独学です、はい……」
「ふざけているのか!!」
ドン!!(机に思い切り拳が振り下ろされる音)
「ひいっ!?」
さらにその後は、攻撃魔法を隠していた事を追及される裁判。
審理の場に立つユフィの小さな身体が質問の弾幕に晒される。
傍聴席に座る人々の視線が刃物のように彼女を貫く。
取り調べに次ぐ取り調べによってユフィは憔悴し、もはや「アッ、アッ、アッ……」としか答えることができない。
カン!! カン!!(裁判官が木槌を鳴らす音)
「主文、ユフィ・アビシャスを懲役890年に処す!!」
事実上の死刑宣告だった。
ガシャーン!!(投獄される音)
ユフィは牢獄にぶち込まれ、手足に冷たい鉄枷が嵌められる。
「ああ、どこで私は間違えたんだろう……」
カビ臭いパンを齧りながら呟くも答えを口にしてくれる者はいない。
ひんやりとした石壁に囲まれた独房で一人、ひたすらに時が過ぎてゆく。
そんなある時、胡散臭いサングラスをかけ、太った身体に白衣を羽織った薄汚いマッドサイエンティストが「ひっひっひ」と怪しげな笑い声を漏らしながらやってきて、言うのだ。
「ユフィ・アビシャス君! 魔学の発展のために、その身体すこーしだけ調べさせてくれたまえ!」
こうして始まった人体実験。
薄暗い部屋の中、裸でベッドに拘束されたユフィの腕に野太い注射器がブッ刺され未知の液体が体内に流し込まれるそのたびに身体が激しく拒絶反応を示し白目を剥き口からは血と叫び声が漏れ鋭いナイフが身体中を切り刻み解剖「いいいいいいやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
ゴロゴロゴロゴロ!!
頭を抱えてユフィは転げ回った!
ゴッ!!
「へぶしっ!!」
木に衝突してようやくユフィの妄想は終わる。
「解剖だけは解剖だけは解剖だけは許してください痛いのは本当にダメなんです解剖だけは……!!」
呪詛のように呟いていたが、後頭部がじんじんと痛むおかげで冷静さが戻ってきた。
「過ぎたことは、仕方がない、よね……」
そう、過去は変えられない。
出来ることは最悪の未来(妄想)を回避するためにどうするのか、考えるだけだ。
「そ、そもそも! あそこでケルベロスを撃退しなかったら、ライル様の身が危なかったし……」
攻撃魔法を人前で使ってしまった、でもそれはライルを救うためには必要だったのだ。
そう自分に言い聞かせ、心を落ち着ける。
ライルと初めて出会った時、彼は優しく接してくれた。
少なからずユフィにとっては、ライルは大切な人だった。
だからライルを救うことが出来て良かったと、ユフィは安堵していた。
「それに……」
咄嗟の状況で自分を抱きしめ、攻撃から守ってくれたライルのことを思い出す。
「守られたのは……初めてかも」
今までにない、不思議な感覚だった。
「って、あれはあくまでも人命救助!」
ぶんぶんと頭を振るユフィ。
自分如きが、この国の第三王子であらせられるライルに守られてちょっぴり嬉しかった、なんてことを考えるのは烏滸がましすぎる。
「おえっ……酔った……」
振り過ぎてぐわんぐわんする頭を宥めていたタイミングで、全員集合の合図の笛が鳴り響いた。
「戻りたくない……」
全力で逃げ出してしまいたかったが、そういうわけにはいかない。
重たい足取りで、ユフィは笛の鳴る方へと足を向けるのであった。
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