第26話 生徒会へのお誘い

「生徒会に入る気はないかい?」


 ユフィは頭上に疑問符を浮かべた。


「せいと、かい……?」

「そう、生徒会」


 にこにこ顔のまま、ライルは頷く。


「……って、なんですか?」


 ライルはズッコけた。


「せ、生徒会を知らないとは思わなかったよ」

「ご、ごめんなさい! 私のいた教会には、無かった組織なので」

「そういえば、田舎の出身だったね。ごめんよ、説明不足だった」


 おほんと咳払いをして、ライルが説明を始める。


「生徒会というのはいわば、学園内で行われる様々な活動や行事を計画したり管理する、学生だけのグループという感じかな。メンバーはそれぞれが特定の役職……書記とか会計とかを持っている。それぞれの役割は読んで時の如しで、どれも生徒会の運営には欠かせない大事な役割なんだ」


 スラスラと、ライルは続ける。


「僕たちの学園の生徒会は少し特殊で、学業優秀者や家柄の良い生徒が参加することが多い。今年だと僕やエドワード、エリーナ とかがいるかな」


 第三王子のライル、宰相の子息であるエドワード、そして次期聖女のエリーナ……錚々(そうそう)たるメンツだ。


「それから、生徒会には一部、特権がある。卒業後、どのような進路に進みたいか融通を効かせてくれるし、食い扶持に困ることは基本ない。特に平民の生徒たちから見れば、とても魅力的な組織とも……って、おーい、ユフィ。口から魂出てるけど、大丈夫?」

「はっ、ごめんなさい! 雲の上の世界の話すぎて頭が真っ白になっていました」

「ごめんよ、一気に説明しすぎちゃったね。もう一度説明しようか?」

「いえ、大丈夫です! 生徒会がどういうものかは、把握しました」

「ならよかった」


 満足げにライルは頷く。


「えっと、色々と聞きたいことはあるのですが……そもそも、どうして私なんかを生徒会に?」


 ユフィの疑問に対して、ライルはゆっくりと歩みを初めて答える。


「理由はいくつかある。まず、ユフィが攻撃魔法を使えるという事実は、君が想像している以上に大事(おおごと)なことなんだ」


 その言葉を聞いて、「そんなまさか」と「ああ、やっぱり」というふたつの気持ちが鬩ぎ合った。

 まだ、「そんなまさか」の方が大きかったが。


「女装男子じゃない限り、君は回復魔法しか使えないはずの女の子、にも関わらず、フレイム・ケルベロスを一撃で倒すほどの攻撃魔法を使って見せた。これは只事ではない事実だよ、歴史の教科書が塗り替えられるくらいにね」


 コツ、コツと、ユフィの周りを歩きながら言うライルの表情は窺えないが、その声は興奮しているように聞こえた。


「ただ正直言って、君のその力は扱いに困るものだ。誰かにとっては全て救う神の力になり得る一方で、他の誰かにとっては世界の破滅へと導く悪魔の力にもなる」

「それは……そうですね」


 同意してみるものの、ライルの言葉に現実感が湧かない。

 自分ではない、誰か別の人物の話をしているようにも感じた。


 しかし、月明かりに照らされたライルの真剣の表情が、紛れもない事実を口にしていることを如実に表していた。


「その力が露見した時、後ろ盾がないとユフィは……少し困った状態になるかもしれない。なにしろ世界の概念を覆す存在そのものだからね。ユフィごと無かったことにしようとする者、君の身体の節々まで調べ尽くして真相を究明しようとする者などは、当然のように出てくると思う」

「ひっ……」


 短い悲鳴と共に、ユフィの喉がごくりと音を立てる。

 薄暗い実験室、冷たいベッド、野太い注射器……。


 いつもは他愛のない妄想でしかない光景が、妙なリアルを伴って脳内に映し出された。


「僕としては、その状況は避けたい。ユフィはこの学園の生徒で、守るべき存在。そして何よりも、ユフィは僕の大切な……」


 そこで言葉を切って、ライルは胸を詰まらせたような顔をする。

 一瞬、ユフィに向けられた瞳に愛おしげな色が浮かぶも、すぐ小さく頭を振って言った。


「……大切な、友達だからね」

「友達……」


 ぱああっとユフィの表情に満開の笑顔が咲く。


「なんだか召されそうな顔してるけど、大丈夫?」

「はっ、大丈夫です!」


 むにむにと頬を動かして、ユフィは表情を元に戻した。

 大切な友達という評価に大喜びなユフィに、ライルはほんの少しだけ不服そうな表情を見せる。


「ライル様?」


 些細な空気の機微に気づいたユフィが尋ねると、ライルは誤魔化すように咳払いして口を開いた。


「話を戻すよ。ユフィのことは守りたい、とは言っても限界がある。だから……」


 ぴたりと、ライルの足が止まる。

 ユフィの顔を真っ直ぐ見て、ライルは力強く言った。


「なるべく僕らの近くに居てもらうために、ユフィには生徒会に所属してほしいんだ。生徒会には王国の中でも選りすぐりのメンバーが揃っているから、きっと力になれる」


 そこでライルは一息ついて、「どうかな?」と尋ねてきた。


「………………」


 一方のユフィは言葉を発せないでいた。

 ライルが騙そうとしているとか、口から出まかせを言っているという可能性を憂慮しているわけではない。


 完全にユフィ側の問題だった。

 しばしの間の沈黙後。


「ご、ごめんなさい!」


 腰を思い切り曲げてユフィが頭を下げる。


「ちょっと、すぐには決められないと言いますか……考えが纏まらないと言いますか……」


 ライルが自分を生徒会に入れたい理由は理解した。

 それを踏まえてどうしたいのかという判断に行き着く前に、自分の攻撃魔法が凄まじい価値を持っていたという事実を受け止め切れないでいた。


 ようするに、混乱していた。 


「もちろん、今すぐに答えを出してほしいわけじゃないよ。これからの学園生活を左右する重要な決定だからね」

「お気遣いありがとうございます……本当にごめんなさい……」

「気にしないで! そもそも、僕は会長じゃないから最終判断は下せないし」

「あ、そうだったんですね」

「会長は上級生なんだ。僕は副会長だから、次期生徒会長、ってところかな」


 どちらにせよすごい役職であることは変わりなかった。


「さっき話したことは、完全に僕の独断の考えだからね。まずは会長をはじめとした、生徒会のメンバーにも了解を取らなければいけない。だから、折入って相談があるんだけど」


 言葉を選ぶように逡巡した後、ライルはユフィに尋ねた。


「生徒会のメンバーに限定して、今日の出来事を話してもいいかい?」

「あ、はい、どうぞ」

「即答!?」


 ギョッとライルが目を見開く。


「ほ、本当にいいのかい?」

「え? あ、はい。ライル様なら、いいかなって」


 どこか照れたように言うユフィに、ライルは頭を掻く。


「君はもう少し、警戒心というか……人を疑うことを覚えた方が良いと思うよ」

「今まで人と全く話してこなかったので難しいかもしれません……」

「さらっと、とんでもないことを聞いた気がする」

「あ、でも、ライル様なら信用できるなって、思いますよ」

「へえ、その根拠は?」

「な、なんとなく?」


 目を泳がせながら言うユフィに、ライルは大きなため息をつき呟く。


「……やっぱりなんとしても、君を生徒会に入れるべきだな」

「え?」

「ううん、なんでもないよ。とりあえず明日の放課後、生徒会室に来てほしい。説明だけじゃ伝わらないと思うから、実際に目で見て判断材料にするといいよ」

「あ、はい。わかりました……」


 自己主張が乏しい草舟精神が根付いてるユフィはこうして、生徒会室を訪問することとなった。

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