第35話 私の攻撃魔法、一体なに?

 瞑想──それは、心の大海へと潜る旅。


 五感を極限までシャットアウトし、自己と深く向き合う事で無意識の中に秘められた本質を解き放つ。

 言うなれば、忙しない日常の中で忘れかけていた真の自分との出会いの瞬間であった。


『ユフィ、何してるのー?』

「瞑想してるの」

『迷走ー?』

「ちょっと待って漢字が違う」


 ジャックとの戦闘の夜。

 自室のバルコニーでユフィは瞑想していた。


 もう何年も前、村の教会のとある信者が行っていた瞑想は、聞くところによると心を落ち着かせたり、自分の考えをまとめたりする効果があるらしい。


 今日一日怒涛の時間を過ごして、頭の中が何百個もの飴を砕いて混ぜ混ぜしたみたいになっていたため瞑想をしてみようと敢行してみたものの……。


「ううん、迷走の方が近いかもしれない……」


 心は落ち着くどころか、悩み事は増える一方であった。

 ユフィの心を乱している事柄は明白だ。


 放課後の、ジャックとの戦いの顛末を思い返す。

 気絶したジャックをエリーナが回復魔法で治癒した後、一旦全員生徒会室に戻った。


『と、いうわけで。ユフィが攻撃魔法を使えることは紛れもない事実だったわけだけど』


 ライルがニコニコ顔で切り出す。


『この事実を踏まえた上で、ユフィの生徒会入りを検討してほしい。どうかな?』


 すらすらと言葉を並べるライルの隣で、ユフィはビクビクと小さくなって無言だった。

 先ほどあれだけ常識はずれの魔法を放っていた姿は見る影もない。


 強力な火魔法を使いこなすジャックよりも、大人数がいる空間の方がよっぽど脅威だ。


 ライルの提案に対し、エドワード、エリーナ、ジャックの反応は以下となる。


『すまない、少し時間をくれ。頭の中を整理したい』

『ごめんね……私もちょっと現実を受け入れきれてないというか……』

『…………』


 三者とも混乱をしていて正常な判断を下せない、とのこと。


『そうだね。普通、これだけのことを見てしまったら時間が必要だよね』


 無理もない、今まで常識だと思っていたものがものの数十分で覆されたのだ。

 まずはその事実を受け入れる時間が必要だと判断したライルは、ユフィに向き直って言った。


『というわけで、ご足労をかけて申し訳ないんだけど、明日の放課後にまた生徒会室に来てよ』

『アッ、ハイ、わかりました』


 拒否出来るわけもなく、ユフィはこくこくと頷く。

 これで一旦、ユフィは解放された。


 それからポーッとした心持ちで寮まで帰ってきて、自室のベッドに腰掛けた時にハッとした。


『私……とんでもないことをしてしまったんじゃ……』


 回想終了。


「攻撃魔法を使えることが3人にバレてしまったし、ジャックさんには怪我を負わせてしまったし……あああどうしたら……」


 悪目立ちすることを徹底的に避けていた(つもりだった)ユフィにとって、これは由々しき事態だった。

 思い描いていた学園生活はもはやガラガラと崩れ去っている。


 周りに流されるまま動いた結果でもあるから自業自得と言えば自業自得なのだが。


「というより、私の攻撃魔法……凄かったんだ」


 そんなわけがない、と一笑にしていた事態が現実になった。

 自分の攻撃魔法は、相対的に見ても凄まじいものだったのだ。


 今日戦ったジャックは、攻撃魔法に関してはライルに次いで二番目の実力者だったらしい。


 それを聞いた時、申し訳ないが(本当に……?)と思ってしまった。


 ジャックが放った火魔法が、ユフィが初めて使ったそれよりもだいぶ出力の低いものだったから。


 自分とジャックの攻撃魔法を比べた時、途方もない差があることは火を見るより明らかだ。


『女性で攻撃魔法を使える者は歴史上一人もいない。それどころか、五属性を使いこなせる者は男を含めても聞いたことがない。ユフィ、君は本当に凄いよ』


 今日、ジャックとの戦闘を終えた後にライルが口にした言葉がリピートする。

 俄には信じられなかったが、ライルの顔は嘘を言っているようには見えなかった。


「本来なら、喜ぶべきことなんだろうけど……」


 夜闇に浮かぶ月を眺めるユフィの表情は微妙そのもの。

 回復魔法を学び、極め、聖女になるんだと胸に刻んでいたはずなのに、何故か攻撃魔法の方に注目が集まってしまっている。


 不本意としか言いようがない。

 回復魔法は相も変わらずポンコツなのに。


「攻撃魔法の力が、せめて少しでも回復魔法に回ってくれたら……」


 切に思うが、それは叶わぬ願いであった。


 そもそも、女性で攻撃魔法を使える者は歴史上一人もいないのであれば……。


「どうして私は、攻撃魔法が使えるの……?」


 ごく当たり前の疑問にユフィは行き着いた。

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