第50話 エリーナの過去
「ユフィちゃんは、アルティラフ病という病を知ってる?」
「あるてぃらふ……?」
「知らないよね。症例がとても少なくて、物理的な治療法は未だに確立されていない難病なの。五歳の時に、私はそのアルティラフ病に罹ってしまった……」
「ご、五歳の時に!?」
ユフィはギョッとする。
アルティラフ病という病は知らないが、エリーナが纏う空気から想像するに、とても重い病気なのだろう。
四十度以上の高熱に連日魘されて頭がカチ割れるように痛いくなるとか、全身の穴という穴から血が噴き出してしまうとか……。
「その病気に罹るとね……」
ごくりと、ユフィは喉を鳴らす。
「……笑いが止まらなくなってしまうの!」
「………………えっ?」
素っ頓狂な声を漏らすユフィ。
「感染すると、とにかく笑いが止まらなくなってしまう奇病……アルティラフ(究極の笑い)病……朝から晩まで笑い続けてお腹が痛くなって、食事もまともに摂れなくなって……腹筋は攣っちゃうし、顎は痛くなっちゃうし、笑っちゃいけない状況でも構わず大笑いしちゃうしで、大変だったわ」
「な、なるほど……?」
確かに大変だ、大変そうではある、あるけども……。
(思ってたのと違う……)
釈然としない顔をするユフィに代わって、ライルが補足を口にする。
「確か、庭に生えてたキノコを食べたら罹ったんだよね」
「そうなのそうなの! いやあワライトマラナクナルダケって、マッシュルームと似てるじゃない? 前日の晩ごはんがビーフシチューで、具材のマッシュルームが美味しかったから、つい……」
「ソ、ソウナノデスネ……」
(じ、自業自得じゃ……?)
えへへと頭を掻きながら言うエリーナの一方で、ユフィは脱力気味な真顔になる。
「幸い、命に関わるような病気じゃなかったから良かったんだけど、ずっと笑っているわけにもいけないし、腹筋がジャックみたいに割れてしまうのも嫌だから、お医者さんに見てもらったの。でも、さっき言ったようにアルティラフ病は薬や手術といったもので治る病気じゃなかった……。そんな中、当時の聖女様が家に来て、私に回復魔法を使ってくれたの。彼女の力で、私の笑いは一気に収まって、普通の生活を取り戻すことが出来た……」
懐かしむようにエリーナは続ける。
「あの時のことは今でも鮮明に思い出せるわ。笑い過ぎて何度も腹筋が攣って、呼吸困難になった私を、聖女様は優しく抱きしめてくれて、背中をさすってくれて……病状が病状なだけあって、家族や友人たちはいまいち事態を重く受け止めきれない中、聖女様だけは、私を心の底から労ってくれた」
まるで大切な宝物を撫でるように話すエリーナの言葉に、いつの間にかユフィは聞き入っていた。
「その経験があって、私自身も聖女様になって人々を助けたい、そう強く思うようになったの。それが、私が回復魔法を学ぶ一つの理由点」
どうだった?
と言わんばかりにエリーナがユフィを見やる。
「お、教えてくださって、ありがとうございます! とても、素敵なお話だな、と思いました」
病気の内容はさておき、実際に聖女様の奇跡を見て回復魔法に憧れるという動機には深く共感するものがあった。
ユフィ自身、子供の頃に村にやってきた聖女様の奇跡を目にして憧れを抱いている。
病気の内容はさておき(二回目)、エリーナの動機は純粋な利他的で、まさしく聖女様のような優しさが眩しくて……。
(それに比べて私はなんて不純な動機で回復魔法を……!!)
「ちょっ、ユフィちゃん!? 溶けて無くなりそうになってるけど、大丈夫!?」
ユフィが自分の器の小ささに絶望して液体化している一方、ライルが口を開く。
「エリーナとは古い付き合いだからわかるけど、エリーナの聖女になりたいという信念は本物だよ。僕は心から尊敬している」
「もう、ライルったら、照れるじゃない」
ほんのり朱に染めた頬を掻くエリーナが、続けて口を開く。
「アルティラフ病は辛い病気だったけど、私の人生の指針を作ってくれた点においては良い経験になったわ。最も……」
エリーナの顔に再び影が落ちる。
「後遺症までは治らなかったんだけどね……」
「こ、後遺症……?」
今度こそ、ユフィは身構え……。
「笑いすぎて笑いのツボもおかしくなったの!」
…………。
……………………。
「…………………………と、言いますと?」
「病気に罹るより前と後で、感性がズレてしまったの。大人数が面白いと思うものが面白く感じなくなったり、私が可愛いと思う名前が、他人からするとそうじゃないとか……」
「あっ……」
察し。
ブラックホールセラフィム、デーモンオーバーロードゴッドフェニックス。
ちょっと独特なエリーナのネーミングは、アルティラフ病の後遺症……。
「いや、エリーナのネーミングセンスがおかしいのは元からだと思うよ」
「えっ、そうなんですか?」
「小さい頃に飼ってたインコの名前、なんだっけ?」
「お寿司ちゃんのこと?」
「インコに東洋のニッチな料理の名前をつける時点で、ズレてると言わざるを得ないんだよなあ」
「もうお寿司くんとはつけないと思うわ。そうね……今つけるなら、ロードメイルギルガメッシュとか……」
「方向性が違うだけで、おかしいことには変わりないね」
ライルに突っ込まれると、エリーナは不服そうに頬を膨らませた。
(エリーナさん、面白い人だなあ……)
清楚でお淑やかな、まさしく聖女みたいな方だと思っていたが、親しみのある部分もいくつも持っていて、欠点だらけ(と自分で思っている)ユフィとしては接しやすい。
何はともあれ。
(私も、頑張らないと……)
ぎゅっと、胸の前で拳を握る。
エリーナの話を聞いてより一層、回復魔法の習得に精進したいと強く思うユフィであった。
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