第18話 フレイム・ケルベロス

「はあっ……はあっ……!!」


 ライル・エルバードは走っていた。

 傷で痛む肩を押さえ、全力で走っていた。


 表情は焦り一色。

 息は浅く、額には汗がびっしりと浮かんでいる。


「くそっ……なんだってこんなことに……」


 ドオオンッ!!


「うおっ……」


 大地が揺れ、ライルは足を取られて転倒する。


「くっ……」


 すぐに起きあがろうとした時。

 木々を薙ぎ倒し、ライルの焦りの根源が姿を現した。


 人間の身体なんてひと薙ぎでバラバラになるほどの、巨大な体躯。

 六つの瞳がギロリと、ライルを睨みつけている。


「なんなんだ、一体……」


 死と絶望の象徴を目の前にして、ライルは焦燥したように言葉を落とした。


 ほんの数十分前まで、ライルの班は順調にアルミラージを狩っていた。

 攻撃魔法の首席ライルにとって、F級モンスターを狩ることなど指パッチンをするくらい容易なこと。


 誰一人怪我を負う事なく、課題を進めていった。

 アルミラージを残り一匹狩れば課題クリアというタイミングで──そいつは、突然現れた。


 灼熱の業火が天に昇り、森の静寂を乱す。

 炎の中から現れたのは、巨大な三つ首の獣。


 真っ黒な身体、業火のように赤く輝く瞳。

 炎を纏った毛皮は炎が舞い上がるたびに煌々と光り、まるで生きているかのように揺らいでいる。


「フレイム・ケルベロス……!?」


 組の男子、ルークが驚愕の表情でその名を叫ぶ。


 危険度Bの魔物、フレイム・ケルベロス。

 本来、この森にいるはずのない強力なモンスターだ。


 フレイム・ケルベロスは『グルル……』と、四人を品定めするように睨む。


「ひっ……」

「あ……あああ……」


 不気味な瘴気を纏った魔物を前に、女子は二人とも畏れを抱いていた。


 ぴいいいいいいっ──。


 ルークが救済の笛を吹いた。

 明らかな異常事態。


 授業どころではないという判断だ。

 しかしそれが刺激となったのか、フレイム・ケルベロスがルークに飛びかかる。


「うわあああっ!?」

「危ない! ファイヤ・シールド(火盾)!」


 咄嗟にライルがルークの前に火魔法で盾を張る。

 フレイム・ケルベロスと火の盾がぶつかり轟音を響かせた。


 その間に、ライルがルークに飛びつく。

 同時に、火の盾が破られた。


 紙一重のところで、二人ともフレイム・ケルベロスの攻撃から逃れることが出来た。


「ルーク、大丈夫かい!?」

「な、なんとか……いつっ……」


 ルークが顔を顰める。

 膝を擦りむいてしまったようだ。


「ルーク君! 大丈夫!?」


 女子のひとり、アイリスがルークに駆け寄り回復魔法をかける。

 すかさず、ライルはフレイム・ケルベロスに攻撃を試みた。


「ファイヤ・ボール(火球)!」


 放たれたひと抱えほどの火球がフレイム・ケルベロスへと向かい、頭の一つに直撃する。

 あわよくばフレイム・ケルベロスを撃退できないかという考えもあったが。


「だめか……」


 黒煙が晴れ、無傷のフレイム・ケルベロスが姿を現しライルは舌打ちする。

 こちらにも攻撃手段があると判断してか、フレイム・ケルベロスは警戒するように一度距離を取った。


 一番得意な火魔法で攻撃を試みたものの、そもそもフレイム・ケルベロスは火属性。


 そのため、先ほどのライルの攻撃が効いた様子は無かった。


(救済の笛を吹いたけど、先生の到着までは時間がかかる) 


 おそらく、このような事態は想定されていない。

 先生を待っていたら全滅してしまう。


 そう判断したライルは駆け出して叫んだ。


「俺が囮になる! 皆は先生のところへ!」

「お、おい! ライル!」

「ライル君!」


 ルークとアイリスの制止する声が聞こえたが、話し合っている時間はない。


「ウォーターボール!(水球)!」


 ひと抱えほどの水の塊をフレイム・ケルベロスに向けて放つ。

 バンッと弾けるような音と共にフレイム・ケルベロスの身体が揺らいだ。


 ぎろりと、三つの頭が全てライルへ向く。


「こっちだ! 来い!」


 全速力でライルは駆けた。


『グルアアアァァァッ!!』


 フレイム・ケルベロスも、自分を攻撃したライルを追うべく動き出した。

 こうして、他3人のメンバーの身の安全は確保できた。


 ここまでは良かったが、所詮ライルも人の子。

 野生の足の速さに勝てるはずもなく、あっという間にライルは追いつかれてしまう。


「くっ……アクア・アロ……」


 攻撃魔法を放とうとするも、それより前にフレイム・ケルベロスの前足がライルに襲い掛かる。


 鋭い牙はライルの肩を捉えた。


「がっ……」


 衝撃。

 いとも簡単にライルの身体は吹っ飛んでしまう。


 口の中が土の味がする。

 肩が燃えるように熱い。

 首だけ動かして見ると、制服がじわりと赤色に染まっていた。


 フレイム・ケルベロスは追撃してこない。早く逃げてみろと言わんばかりだ。


「くそっ……」


 ライルは立ち上がり、再び駆け出した。

 フレイム・ケルベロスもゆっくり動き始める。


 まるで、子供が虫のすぐ後ろに足を踏み下ろして遊ぶかのように、じわじわとライルを追い詰める。


 それからしばらく追いかけっこが続いたが、ライルは力尽きた。

 地に這いつくばるライルの前にフレイム・ケルベロスが君臨する。


 六つの瞳がギロリと、ライルを睨みつけた。


「なんなんだ、一体……」


 とどめを刺してやるとばかりに、フレイム・ケルベロスの口の中に炎が灯った。


(これは、いよいよまずいかもしれないな……)


 フレイム・ケルベロスが『フレイム』たる所以が、襲い掛かろうとしている。

 死の気配が近づいてくる感覚。


 だが、このままやられるわけにはいけない。


「俺は、ライル・エルバード……」


 ゆっくりと立ち上がり、フレイム・ケルベロスを見据える。


「エルバドル王国の第三王子にして、この国を守る杖となる者」


 ここで死ぬわけにはいけない。

 フレイム・ケルベロスを倒すことが出来なくても、生き抜くべく全力で戦う。


 そんな決意を胸に、今、自分が放てる最も高出力の魔法を放とうと──。


「だ、大丈夫ですか……?」


 状況にそぐわない間の抜けた声。

 ここにいるはずのない女子生徒、ユフィがひょっこり現れた。

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