第54話 激動の翌朝

 ちゅんちゅんちゅん。


「……やってしまった」


 翌朝、寮の自室にユフィの呟きが漏れる。

 ベッドの上で呆然とするユフィの表情は、寝起きなのも相まって魂がごっそり抜け落ちているようにも見えた。


 もちろん、ユフィが焦燥している理由は寝起きのせいではない。


「あああああ〜〜〜〜!!! 恥ずかしい! 恥ずかしい! 恥ずかしいいいいいぃぃぃ〜〜〜〜〜〜!!!!!」


 ゴロゴロゴロ!!

 顔を覆いユフィはベッドの上を転がり回る。


 昨日、生徒会室でライルたちの前で泣きじゃくってしまった。

 そのことを思い出すと、このまま転がって実家に帰りたくなるほど恥ずかしい。


 ゴンッ!


「あいだっ!?」


 勢い余ってベッドから飛び出し壁に激突してしまう。


「いっ……たい……」


 後頭部のジンジンとした痛みに悶絶していると。


『ちょっと! 朝っぱらからなんの騒ぎでございますの!?』


 壁の向こうから鋭い声が飛んできた。


「ひい! ごめんなさい!」


 壁から飛び退いて、ユフィは地面に頭を擦り付ける。

 ペコペコペコッーと壁に向かって土下座をする光景は、この寮に来てから風物詩となりつつあった。


 しん……と静寂が部屋に舞い降りて、ユフィはホッとした。


「また、献上しないと……」


 ユフィは立ち上がり、未だパンパンに膨らんでいるリュックからゴソゴソとゴボウを取り出す。

 これも、もはやお馴染みとなった貢物である。


「ラッピングは……どうしようかな」


 祭壇はお気に召さなかったようだから、何か別のラッピングをしないと、とユフィはゴボウを手に考える。

 お隣さんが名家のご令嬢だと判明したのはつい一昨日のこと。


 ユフィの生徒会入りに対して難癖をつけられ、一方的に絡まれていたところをライルたちが他付けてくれた。


 ジャックが放った火魔法によって誕生した見事なアフロヘアが強く印象に残って……。


 ──コンコン。


「ぴゃっ!?」


 突然、部屋にノックの音が響いてユフィは飛び上がった。


「だ、誰……?」


 自分の部屋を訪ねてくる者の心当たりは皆無だ。

 ごくりと喉を鳴らして、恐る恐るドアを開けると。


「おはようですわ」


 腕を組み、むすっとした表情をしたお隣さんが立っていた。

 コチンッと、ユフィの表情が固まる。


「…………」

「ちょっとちょっと! なに閉めようとしていますの!?」


 焦り声をあげながら手に持っていた扇子をドアの間に挟むお隣さん。


「はっ、すみません! 私を訪ねてくる人なんて人生でいなさすぎてどうすれば良いかわからずつい反射的に逃げの姿勢をとってしまいました」

「そ、そうなのね? 何か、とてつもなく悲しいことを聞いたような気がするけど、気のせいかしら?」

「タ、タブンキノセイデスヨ……えっと、おはようございます……キャサヴィッチさん?」

「名前と家名が繋がっていますわ」

「あああっ、ごめんなさいごめんなさい! 」

「……そういえば、ちゃんと名乗るのは初めてでしたわね。キャサリン・クルクルヴィッチですわ。以後、お忘れなきように」


 再び土下座を決め込みそうな勢いで頭を下げるユフィに、キャサリンは嘆息して言う。


「あ……ありがとうございます、キャサリンさん。えっと、私はユフィ、です……はい」


 ちらりと、ユフィの頭を見る。

 綺麗な金髪縦巻きロールは包帯でぐるぐる巻きにされていて。


 何か盛大な怪我をしたみたいになっている。


「私の髪について何かコメントを口にしようものならクルクルヴィッチ家の総力を上げて潰しますわよ?」

「ひい! ごめんなさいごめんなさい!」


 本気でビビリ散らかすユフィに、キャサリンは溜息を漏らす。


「まあいいですわ。それはさておき、そのゴボウは私宛てして?」


 ユフィが手に持つゴボウを扇子で指差しキャサリンは尋ねる。


「あっ……はい。またうるさくしてしまったので、お詫びの印(ゴボウ)を用意していました……って、よくわかりましたね?」

「貴方の今までの行動からして、どうせまたゴボウをお裾分けしにくるつもりだったのでしょう?」

「凄い! 心を読める魔法の方ですか?」

「そんな禁忌魔法は使えませんわ! 貴方が分かり易すぎますの。また部屋の前に祭壇を造られても困るから、私直々に取りに来てあげたのですわ」

「わ、わざわざご丁寧にありがとうございます……そしてごめんなさい、これからはもう二度とうるさくしません。このゴボウを渡すのもこれが最後になるように尽力いたしますので、どうかお許しを……」

 ユフィが言うと、キャサリンはこの世の終わりみたいな顔をした。

「……べ、別に、たまにでしたら、うるさくしてもよろしくてよ?」

「えっ?」


 予想だにしなかった言葉にユフィは首をかしげる。


「もちろん、ゴボウはしっかりといただきますわ! それが守れるなら、壁をぶっ叩こうが奇声を上げようが問題ございません」


 キャサリンの言葉から、ある一つの可能性に行き着く。

 ゴボウと、キャサリンを見比べてユフィは言った。


「もしかして、キャサリンさん、このゴボウを気に入って……」

「ちがっ、そんなわけないですわ! ま、まあ確かにあくまでも個人的な趣向においてこのゴボウは高い評価を与えざるを得ないほど良質な味ですが特別気に入ったとかそういうのではないですからあくまでも健康のためですわ健康のため」


 何やら早口で言ってから、キャサリンはビシッと扇子をユフィに向けて言う。


「とにかく! この私、クルクルヴィッチ公爵家の令嬢である私が直々に、ゴボウと引き換えに騒いでも良い権利を与えましたの、この点については感謝するべきでしてよ?」

「あっ、はい! 感謝します! ありがとうございます!」


 ペコペコッとお辞儀をするユフィに、キャサリンはぱちくりと瞬きする。

 やがて、調子を狂わされたように頭を掻いて。


「……やっぱり、貴方って変わってますわね」


 そう言うキャサリンはやりにくそうだったが、口元はほんの僅かに緩んでいた。

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