第53話 うれしくて
状況整理とノアへ報告すべく生徒会室に戻った頃には、陽はすっかり暮れていた。
「なるほど、そんなことがあったのですね」
ライルから事の顛末を事の顛末を聞き受けたノアが、深刻そうな表情で言葉を溢す。
「俺が気絶している間に、とんでもない事態になっていたんだな……」
エドワードは腕を組み、眉間に皺を寄せた。
エリーナの回復魔法のおかげで傷はすっかり治っており、制服も着替えているため何事も無かったかのように見える。
しかし凄まじい痛みを受けたことによる精神的なダメージで、心なしか顔色は優れない。
「あの野郎、自分は戦わずにさっさと逃げやがって……今度会ったらタダじゃおかねえ……」
エドワードと同じ重症だったはずのジャックは、ハンモックに寝転がって平常運転であった。
生徒会メンバーの中で最も強靭なメンタルを持ち合わせているのはジャックかもしれない。
ライルが口を開く。
「幻影魔法を使っていなければ、ゴルドーという男は人間です。おそらく、魔族側に寝返った者かと……って、ユフィ、何をして……」
「本当にごめんなさい!!」
突如、ユフィが頭を地面につけて土下座をした。
一体何事かと、その場にいた面々は呆気に取られる。
「私……つい、感情が昂って、我を忘れてしまったと言いますか……とにかく、私なんかが出しゃばってしまい本当に申し訳ございません……!!」
「ちょっ、落ち着いてユフィ!」
ガンッ、ガンッと頭を床に打ち付けるユフィに、ライルが屈んで優しく語りかける。
「ユフィが謝ることはひとつもないよ。むしろ、感謝すべきは僕達の方だ」
「そうよ! ユフィちゃんがいなかったら、私たちの命が危なかった……本当に、ありがとう」
エリーナが言う。
「俺は気絶していたが、今もこうして生きているのはユフィのお陰なんだろう。……感謝している」
エドワードも控えめに頭を下げる。
「ユフィ、お前はヒーローだぜ! もっと自信持て! あんなゲロやばいモンスターを一瞬でぶっ飛ばすなんて、すげえとしか言いようがねえよ。俺の師匠になってほしいくらいだ!」
ジャックは興奮気味に言った。
「えっ……あっ、うっ……そ、そんな……」
四人から一気に感謝のシャワーを浴びせられて戸惑うユフィ。
こっぴどく怒られると思っていたので、この反応は完全に予想外であった。
少しだけ照れ臭そうに顔を赤め、ユフィは言葉を紡いだ。
「そう言っていただけると、嬉しいです……」
ぷしゅーと頭から煙を立たせながら、ユフィは気まずそうに言葉を続ける。
「実はきんぐさいくろぷす? との戦いの間はあまり覚えていなくて……無我夢中だったと言いますが、なので、私の魔法で皆さんに怪我とかさせてしまったのではないかと、心配で心配で……」
「それはないから安心して。ただ……」
「ただ?」
ライルが目を逸らす。
(((ユフィは絶対に怒らせちゃいけないな……)))
あの場にいた面々は総じて、同じことを思ったのであった。
ユフィは小首を傾げたままだったが、ノアが会話の舵を切る。
「そんなに凄かったのでしたら、書類仕事なんてやらずに同行すれば良かったですね。それはともかくとして……」
ノアが深刻な表情で続ける。
「この件は我々だけで片付けるには重大すぎるので、学園側の判断も仰ぐべきだと考えています。ただ報告するにあたり、ユフィの攻撃魔法の使用については触れざるを得ないでしょう」
ノアの言葉に、生徒会内に緊張が走る。
「先日言ったように、誰に報告するのかは慎重に選ばなければなりません。それについては僕が考えるので、決まり次第皆さんに連絡します」
皆は頷く。
ノアの言う通り、今回の一件はただの生徒である自分達には手に余りすぎる。
大人の判断を仰ぐ方が得策だろうという決断は妥当と言えた。
「それと、今回は聞く限り緊急事態だったので問題はありませんが、よほどのことがない限り、原則として人前で攻撃魔法は見せないようにお願いしますね」
「は、はい! もちろんです!」
背筋をピンと伸ばし、ユフィは力強く答えた。
その時、ふとエリーナが尋ねる。
「そういえばユフィちゃんって、どうやってその強力な攻撃魔法を習得したの?」
「「「確かに」」」
一同の興味がユフィへと集中する。
「そ、そんな大したことはしていませんが……」
ユフィは自信なさげに答えた。
「えっと、簡単に言うと、7年くらい毎日練習をし続けただけですね」
「7年間毎日!?」
エリーナが声を裏返す。
「れ、練習はどこでしていたの?」
「最初は村の外れの森で練習していたのですが、使える魔法の規模が大きくなってくると迷惑をかけると思ったので、風魔法を使い北の山岳地帯に移動して、そこで練習をしていました」
「北の山岳地帯……もしや、エルドラ地方のことか? 木々が少なく、鋭利な形の山が多い場所だ……」
エドワードが驚いた様子で尋ねる。
「名前はわからないですが、山はとんがっていたような……」
「やはり! そこは魔王領に近く、瘴気も濃い危険地域だぞ! キング・サイクロプス級の魔物がゴロゴロいて、一般人はまず立ち入ってはいけない!」
「えっ、そうなのですか? 人気が少なそうでちょうど良さげだったので、練習場所に選んだのですが……確かに、魔物は多かったような……」
ユフィの言葉に、ライルが顎に手を添える。
「そういえばここ数年、エルドラ地方で出現する魔物の数が激減したと聞いたような」
「ま、魔物は人間に害を与えるものだと教会で教わったので、駆除もできるし、魔法の練習台になるしでちょうど良いと思って、見つけ次第、攻撃魔法を放っていました……」
「「「あっ……」」」
──お前たちも、エルドラ地方で多くの魔物を討伐しただろう?
ゴルドーが口にした言葉が、ライル、エリーナ、ジャックの頭の中をよぎる。
「えっ、私、何か変なこと言いました?」
あまりにも常識外れな練習量。
そしてユフィが無自覚のうちに、魔王軍勢の戦力をゴリゴリに削っていたという事実に、一同はただただ驚愕するしか無かった。
しかしその反応を目にして、ユフィのネガティブが発動してしまう。
「やっぱり、女で攻撃魔法を使えるだなんて、変、ですよね……」
ぽつりと、ユフィは焦燥したように言う。
「私、本当は攻撃魔法じゃなくて、回復魔法を習得したかったんです」
自分の意思に反して、言葉が溢れてしまう。
「子供の頃に聖女様に憧れて……回復魔法を使えるようになれば、私も聖女様みたいに、たくさんの人に慕われるようになるのかなって思って……」
こんなこと言うつもりなかったのに。
こんな暗いこと言ったら皆を困らせてしまうのに。
そうわかっていても、ずっと胸に溜め込み思い悩んでいた蟠りが溢れて、止めることが出来なかった。
「だけど盛大に勘違いをして、7年もの間、攻撃魔法の練習に打ち込んでしまいました。回復魔法の練習もそれから頑張ったんですけど、どれだけ練習しても全然ダメダメで……結局私は、攻撃魔法しか無かったんです」
自嘲気味な笑みを浮かべて、ユフィは続ける。
「私から攻撃魔法を取ったら、何も残らないんです。攻撃魔法が無ければ……私は、暗くて卑屈で猫背で皆に迷惑しかかけない面倒くさい女で……」
「それは違うよ」
ライルが、ユフィの言葉を遮った。
ユフィがゆっくりと顔を上げる。
「ユフィに攻撃魔法しかないなんて、とんでもないよ。少なくともユフィは、仲間のために怒って、仲間のために一生懸命になってくれる……」
優しげな笑顔を浮かべて、ライルは言った。
「ユフィが攻撃魔法を使えなかったとしても、僕はユフィの友達になっていたと思うよ」
──それは、ユフィが最も欲していた言葉だった。
「あ……えっと……」
「そうだよね?」
ユフィが次の言葉を決めかねている間に、ライルが生徒会のメンバーを見渡して尋ねる。
「ユフィのことは好意的に見ていますよ。じゃないと、生徒会入りを許可していません」
微かに口角を持ち上げてノアが言う。
「膨大な力を持っているくせにオドオドしている所は気に食わねえけど……まあ、そこがユフィの良いところだと、俺は思うぜ」
ジャックがハンモックに寝転がったまま言う。
「最初は礼儀知らずで鈍臭い奴だと思っていたが……今は認識を改めざるを得ない。俺個人としても、ユフィの人間性は評価している」
眼鏡を持ち上げてエドワードが言う。
「私はもちろん、ユフィちゃんのこと大好き! 可愛いし、面白いし、あとなんと言っても、とても優しくて、良い子だしね」
この学園に来てから出会った人たちの一言一言が、胸にじんわりと溶け込んでいく。
自分を肯定してくれる言葉が、ユフィの凍てついていた心を癒していく。
不意に目の奥が、熱くなってきた。
(あれ……おかしいな……)
視界も滲んできて……。
「ちょ、ユフィ!?」
「ユフィちゃん!? 大丈夫?」
ぽろぽろと涙を流し始めたユフィに、ライルとエリーナが声をあげる。
「どこか痛いの? 待ってて、今すぐ直してあげるから! 癒しの神よ……」
「ち、違うんですっ……」
ぐしぐしと目元を拭って、ぶんぶんと頭を振って、ユフィは涙声で答える。
「嬉しくて……」
──ユフィちゃんって、いつも一人だよね。
ずっとこの言葉の呪縛に捕らえられていた。
子供の頃から人と話すのも集団行動も苦手で、いつも一人だった。
心の中では誰かと一緒にいたいと思っていた。
でもやっぱり人と話すのは怖くて、自分なりに頑張ってやっと友達ができたと思っても、相手は友達と思っていなくて、やっぱりまた一人になった。
人が離れていくのは自分がつまらない人間だから、一緒にいたくないと思うような性格をしているから、そう思って諦めていた。
でも違うと、ライルは言ってくれた。
それが本当に本当に嬉しくて。
もういつぶりかわからない涙を流すくらい、嬉しかったのだ。
ユフィの生い立ちを知らない生徒会メンバーたちは、そんな彼女の内情を推し量れてはいない。
ただ、ユフィの流す涙が悲しみや辛さの類のものではない、むしろその逆のものだと察したようだった。
「本当、ユフィちゃんは可愛いんだから」
そう言って、エリーナがぎゅっとユフィを抱き締める。
温かくて、胸がいっそうぽかぽかした。
エリーナに優しく撫でられながら、ユフィは思う。
(ほんの少しだけでも、自信を持っていいのかな……)
自分という人間に対して、前向きになってもいいかもしれない。
学園にやって来て出来た『友人』たちの言葉を通して、そう思うユフィであった。
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