第28話 場違い感Lv99

 無造作に後ろに流した赤色の短髪に、着崩した制服。

 一見すると、青年はただの不良に見える。


 しかしその身体の筋肉は日々の鍛錬の証であり、鋭い両眼は強い意志と誇りを感じさせる。


 ネクタイの色的にはユフィの同級生のようだったが、全身から漂う存在感と闘争心は大人も顔負けだった。


「ご、ごめんなさい許してください……」

「あ? まだ何も言ってねーだろ」


 青年は眉間に深い皺を寄せ、鋭い視線をユフィに向けたまま尋ねる。


「生徒会室に何か用か?」


 鷲が獲物を狙うかのような視線に、ユフィはカチコチーンと固まる。

 蛇に睨まれたカエルとはまさにこのこと。


 青年から放たれる強烈なプレッシャーがユフィに突き刺さり、頭の中の言語を司る部分が機能不全に陥った。


「あうっ……えっと……あうあう……」

「ああ!? なんだって? ちゃんと喋れ!」

「ひいっ! ごめんなさいごめんなさい!」


 強い闘志に覆われた青年を前にして、平和主義のユフィはすっかり萎縮してしまっていた。

 青年の圧倒的な存在感にただただ押し潰されそうになって、ただただ挙動不審になっている。


(だ、誰か助けっ……)

「こらこらジャック。ユフィちゃんをいじめちゃダメだよ、殺されちゃうよ?」


 どこからともなくライルが現れて救いの声をかけた。


「ライル様……!!」


 緊張が一気に解け、ユフィの顔が明るくなる。


「ユフィだと?」


 青年──ジャックと呼ばれた彼が、ライルの言葉に目を見開く。


 そして、ユフィを再度詰め寄るように見つめた。


 その眼差しには疑問と驚きが混ざり合い、『コイツがあの?』と言わんばかりの感情が瞬いている。


 何故そのような視線を向けられているのかわからず、ユフィは首を傾げた。


「ほらほら、いつまでもそこに突っ立ってないで、早く部屋に入って」 


 そう言ってライルは、ユフィを守るように部屋へと誘導する。


 ジャックもその後に続いた。

 その途中、ユフィの記憶の種がきらりと光る。


(あっ……ジャックさんって……軍務大臣のご令息の……)


 確か入学式の際、エドワードがそう口にしていたことを思い出した。

 その思考は、生徒会室に入室した途端中断する。


「わあっ……」


 ユフィは思わず声を上げる。

 生徒会室はまるで宮殿のように豪華な内装が施されていた。


 金色の装飾が散りばめられた壁、クリスタルのシャンデリア、そして背の高い本棚には多数の本が整然と並んでいる。

 ヴェルヴェットのソファーはまるで王族が座るようなもので、天井まで届きそうな窓からは暖かな陽光が差し込んでいた。


 そんな豪勢な部屋の中心に設置された、大きな大理石のテーブルには先客がいた。


「ユフィ・アビシャス。本来であれば、平民のお前がこの部屋に足を踏み入れることなどあり得ないのだからな。しかと目に焼き付けておくがいい」

「ちょっとエドワードくん。そんなキツい言い方ないでしょう?」

「ふん。事実を言ったまでだ」


 エドワードとエリーナだった。

 絵にして飾りたくなるような二人のやりとりを目にして浮き彫りになるのは、自分はここにいるべきではないという、後ろめたい気持ち。


(お、おうちに帰りたい……)


 それが実家なのが、シンユーの待つ寮の自室なのかはさておき。

 自分とは住んでいる世界の違う、圧倒的な場違い感にユフィは今すぐ逃げ出したくなっていた。


「ほら、ユフィちゃん、怖がってるじゃない。ごめんね、エドワードくん、昔からこんな感じなの」


 エドワードを諌めつつ、エリーナは立ち上がってユフィのそばに歩み寄る。


「あっ……あの……ごめんなさい私なんかが……」


 圧倒的な聖のオーラに思わず後退りしてしまうユフィ。

 そんなユフィの手の甲に、エリーナは自分の掌を静かに重ねた。


「ユフィちゃんが謝ることなんて一つもないわ。むしろこちらこそごめんなさい。急にこんなところに呼び出して、びっくりしちゃったよね」


 その声は優しさで溢れていて、言葉にならない安心感をユフィに与えてくれる。


「大丈夫よ。気負わず、リラックスするといいわ」


 ぎゅっと勇気づけるようにエリーナが手を握ってくれる。

 ひんやりとした指先から、じんわりとした温もりが染み渡ってきた。


「エリーナさん……」


 ユフィの頬が緩む。

 エリーナの笑顔は温かく、まさに聖女そのもの。


 ユフィの内に渦巻いていた不安がすっと溶けてゆき、強張った身体が少しだけ和らぐ。


(あっ、そうだ!」


 忘れないうちにと、ユフィは背負っていたリュックからゴボウ×5を取り出す。


「あら、これは?」

「ゴボウです。私の村の特産品でして、その……皆さん良ければと……」

「まあ……」


 エリーナが頬に手を当てる。


「そのゴボウ、とても美味しいよ。瑞々しくて、シャクシャクしてて、僕のお気に入りになったよ」


 以前、一足先に食べてくれたライルが補足を入れてくれる。


「そうなのね。ありがとう、嬉しいわ。ありがたく頂戴するわね」


 そう言って、エリーナは嫌な顔ひとつせずゴボウ×5を受け取ってくれた。


(ああ、エリーナさん、本当に優しい……)


 生徒会室全体が、天使の揺籠に揺られているような空気になった。


「くだらねーことしてねえで、さっさと本題に入ってくれねーか?」


 朗らかな空気を切り裂くように、ジャックがドカッとソファに腰掛けて声を上げる。


「こちとら放課後のトレーニングの時間を犠牲にして来てるんだ。無駄な時間は一秒たりとも過ごしたくねーんだよ」 

「わかったわかった、そう焦らないで」


 ライルは苦笑した後、深い吸い込みとともに目を閉じ静かに言葉を口にした。


「本来であれば会長を含め上級生たちいる時に話をしたかったけど、あいにく外せない用事で不在だから、取り急ぎは僕たちだけで認識を擦り合わせたいと思う」


 ちらりと、ライルが誰もいない生徒会長席を見やって続ける。


(上級生たち……ということは、あと何人も目上の方がいるの……!?)


 そんな予想を立ててガクブルするユフィであった。


「皆に集まって貰ったのは他でもない。ユフィ・アビシャスの、生徒会入りについてだ」


 ライルは本題に切り込んだ。


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