第38話 生徒会室にて①

「良いんですか?」

 ピクリと眉を動かしてライルは尋ねる。

「ライル、エドワード、ジャック、エリーナ……嘘をつくような立場の者は誰一人としていません。それを踏まえて、全員が同じことを発言しているとなると、今更僕がそれを確かめる必要もないです」


 淡々と、そして確かな説得力を持った言葉が室内に響き渡る。

 この場にいる全員自分より下級生にも関わらず、常に敬語口調のノアはどこか只者ではない雰囲気を纏っていた。


「僕は、貴方たちを信用していますから」


 ノアの言葉に、生徒会のメンバーたちは真剣な面持で頷く。

 その様子はまるで、見えない絆で結ばれているようであった。


(凄い、生徒会長っぽい……)


 ほうっと息を吐いて、深く感心するユフィ。

 その隣で、ライルはユフィにしか聞こえない声量で呟く。


「……光栄です、兄上」

(あにうえ……?)


 頭上に疑問符を浮かべるユフィだったが、ノアが話を進める。


「議題内容を鑑みると、意思決定を優先するべきです。時は一刻を争いますので。僕としても判断材料を増やしたいので、それぞれのメンバーの意見が欲しいところです」


 ノアが視線をエドワードに向ける。


「俺は、ユフィの生徒会入りは反対です」


 腕を組んだまま、エドワードは説明する。


「前提として、ユフィが攻撃魔法を使えることを、今すぐにでも学園側に報告し国の判断を仰ぐべきです。攻撃魔法を使える女……そんな馬鹿げた存在を隠匿するのは、生徒会の役目ではありません。最悪、国家反逆罪に問われてもおかしくないかと」

(こ、こっかはんぎゃくっ……)


 ぞぞぞぞっと、背筋に冷たいものが走る。


(でも、そう、よね……そうなるよね……)

 ぎゅっと、ユフィは両手を握る。自分の存在は、異質だ。

 学園はもちろんのこと、この国にどのくらいの影響をもたらすのか想像もつかない。


 だからエドワードの言う通り、自分の処遇は大人に決めてもらう方が良いだろう。


 しかし……。


 ──その力が露見した時、後ろ盾がないとユフィは……少し困った状態になるかもしれない。


 ライルの言葉が脳内に反響する。


 ──なにしろ世界の概念を覆す存在そのものだからね。ユフィごと無かったことにしようとする者、君の身体の節々まで調べ尽くして真相を究明しようとする者などは、当然のように……。


(いやだいやだいやだ! 人体実験だけは……!!)


 鮮明なリアルさを伴って映し出される薄暗い実験室、冷たいベッド、野太い注射器……。


「僕は、その意見に反対だね」


 ユフィの妄想が広がろうとするのを、ライルの言葉が遮った。


「もし、ユフィが攻撃魔法を使えることが国中に知れ渡ったら……原理派の連中に、ユフィが何をされるかわからない」


 ライルが言うと、エドワードは「その可能性は……捨てきれないが……」と口籠った。


「あの……原理派というのは……?」


 ユフィがおずおずと尋ねると、エドワードが目を見開く。


「そんなことも知らないのか? バレンシア教の基本知識の一つだぞ」

「ひいいごめんなさいごめんなさい!! バ、バレンシア教については教会で少しだけ教えられたような気もします、けど……ただ本当に少しだけで、宗派があることも知らないですし、魔法に関しても、貴方たち平民は関係のない話だからと省略されました」

「これだから田舎者は」


 エドワードが呆れたように息をつく。


「ユフィの住んでいた村の教育機関に、行政指導をしないとだね」


 ライルは何やら怖いことを呟いたが、ユフィは聞かなかったことにした。


「いいか、そもそもバレンシア教の教えは、全ての生き物や自然との調和と共生を重んじること。全ての存在は神から授かった命として尊重し、守るのが信者の責務だと考えられている。ここまではいいな?」

「は、はいっ。教会で教わりました」


 二人のやりとりを見たライルが微笑ましいものを見るように言う。


「エドワードって、言葉は強いけどなんだかんだ面倒見いいよね」

「共通言語を揃えないと話が進まないと判断したまでだ。話を戻すと、バレンシア教には複数の宗派が存在する。その中でも主要な二つ、原理派と穏便派が存在していて、それぞれ異なる教義の解釈を持っている」

「ふむふむ……」


 エドワードが人差し指を立てる。

「穏便派は教義を実直に解釈し、共生の精神を全ての存在に適用する。人間や自然だけでなく、社会的な位置や役割に関わらず、全てを等しく尊重するという主張を持っているんだ。まあ簡単に言うと、争いを望まない平和主義者の集まりだな」


 もう一本、エドワードが指を立てて言葉を続ける。


「対照的に、原理派は教義の一部を拡大解釈し、その教義を守るためならあらゆる手段を厭わないという思想を持っている。血気盛んで攻撃的な連中ということだな。中でも、『攻撃の術は男性のみに与えられる神からの授物である』という教義を強く信じている。つまり……」


 重い空気を纏って、エドワードは核心的な部分に触れた。


「原理派の連中は、女であるユフィが攻撃魔法を使うという事実を絶対に受け入れない。最悪、ユフィは原理派から激しい敵意を向けられ、生命を脅かされる可能性もある、ということで……おい、どうした?」

「こ、殺さないでください……」


 ユフィが目をうるうるさせながら悲痛の声を漏らした。


「殺すか! そもそも、お前は簡単には死なないだろう!」

「あっ、確かに……」


 フレイム・ケルベロスを瞬殺したユフィが、今気づいたかのような反応をする。


「それに俺は原理派ではない、穏便派だ。だからそう怯えるな……ええい、調子が狂う」


 エドワードがガシガシと頭を掻いていると。


「大丈夫よ、ユフィちゃん」


 いつの間にかそばにやってきたエリーナが、ユフィを優しく抱き締めた。


「私を含め、ここにいるメンバーは皆穏便派よ。貴方に危害を加える気がある人は、一人もいないわ」

「エリーナ様……」

「もう、様付けなんてやめましょう。ユフィちゃんは私の大事な友達なんだから、ね?」

「エリーナざああん……」


 エリーナの慈悲深い言葉にユフィは心打たれる。

 物騒な話題が飛び交う中の唯一の優しさに、ユフィは吸い込まれるようにその身を預けた。


 エリーナの豊満な胸は全てを包み込む柔らかさで、まさしく聖女のようで……。


「ああ……なんて可愛いの……このまま食べたいちゃいくらい……」


 ぱっとユフィは顔を胸から離す。


「今、なんて言いましたか?」

「いいえ何も?」


 エリーナから、慈愛とは別の何かを感じ取る。

 そう、まるで豹がご馳走を目の前にしたかのような……。


「仲睦まじいのは良いことだけど、話を元に戻していいかい?」 

「ああっ、ごめんねライル。ユフィちゃん、可愛くてつい……」

「可愛いもの好きなのはいいけど、我を忘れてユフィを家に持ち帰らないようにね」

「大丈夫よ。もう家にはブラックホールセラフィムとデーモンオーバーロードゴッドフェニックスがいるもの」

「そう言う問題じゃ無いと思うけど。……まあいいや。それで、エリーナはどう考える?」


 状況を飲み込めていないユフィを置き去りにして、ライルが尋ねる。


「うーん、私も、ユフィちゃんに危険が及ぶ可能性があるなら、明かさない方がいいと思うわ。でも……ユフィちゃんの力を学園や国に隠匿するのは、それではそれで良くないと思うし、うーん……」


 顎に手を添えてエリーナは考え込むものの、どっちつかずと言った様子だった。


「ジャックは?」

「俺は敗者だ。何も言う資格がねえ」

「さっきからそれしか言わないね」

「敗者に口無しだからな」

「勝ち負けに関係なく、意見が欲しいんだけど」

「……俺はエドワード寄りだな。実際に戦ってみてわかったが、そいつの力は異常だ。正直、俺たちの扱えるような代物じゃないと思う」

「なるほどね」


 考える素振りを見せてから、ライルは口を開く。


「僕としても、ユフィの力をずっと隠し通した方が良い、とは思っていない。皆の言う通り、ユフィの攻撃魔法がこの国……いや、ひいては世界に及ぼす影響は計り知れないからね。ただ明かすとしても、誰が敵で、誰が味方か……見極める必要はあると思っている。ユフィの身の安全も憂慮するのはもちろんのこと。下手したら、ユフィ以外のたくさんの人々の命が危険に晒される可能性もあるからね」


 ライルの説明に、エドワード、ジャック、エリーナが何度も頷く。


「えっと……私以外に、というのは、どういう意味ですか」

「ユフィを襲撃して無傷で帰ってくる者はいない、ということだよ」

「そんな酷いことはしませんよ!?」

「でも 正当防衛くらいはするでしょう?」

「そ、それは……そうかもしれません……私も、痛いのは嫌なので……」


 ユフィとて聖人君主というわけではない。


 降り掛かってくる火の粉を振り払う防衛本能はきちんと持ち合わせている。

 もちろん、人を傷つけることには大きな抵抗感があることには変わりないが。


「うんうん、だよね。なんにせよ、血が流れるような事態はなるべく避けたい、というのが僕の意見かな」


 これで話は終わりとばかりに、ライルはノアに目配せする。


「なるほど、皆の意見はわかりました」


 初春の朝露のような声と共に、ノアはユフィに目を向ける。


「ユフィは、どうしたいのですか?」


 それが一番大事だとばかりに、ノアは尋ねた

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