第39話 生徒会室にて②

「ユフィは、どうしたいのですか?」

「えっ!? 私ですか……!?」


 急に訊かれて背筋がピンと伸びるユフィ。


「この議題の当事者はユフィです。なので、ユフィ本人の意思も尊重しないといけません」

「な、なるほど……」


 言われてみるとその通りなのだが、この場に発言権など無いと思っていたユフィは返答に窮してしまう。

 皆の視線が集まって、体温が一気に上がる。


 とてもじゃないが、考える余裕などなかった。


「大丈夫、落ち着いて」


 ライルがポンと肩に手を置いて、穏やかな声で言う。


「大事なことだ。ゆっくり考えればいい」

「ありがとう、ございます……」


 ライルの言葉で少し落ち着きを取り戻したユフィは、思考を深いところに沈める。


(私は、どうしたいんだろう……)


 この学園で今後、どのような生活を送っていきたいのか。

 前提として学園に入学したのは、回復魔法を極めて立派な聖女になるため。


(でも……それは本当の願い……?)


 問いかけてみるも、しっくりとした感じがしない。

 次第に自分でも自覚していなかった、いや正確に言うと長らく忘れていた願望が浮き上がってくる。


 俯いていた視線が上がり、目に力が灯る。

 ひとりでに口が開いて、言葉を紡いだ。


「私は……みんなと仲良く、平和な学園生活が送れたら、それで良いと思っています……」


 エドワードとジャックがずり落ちそうになった。


「おいおい、随分と呑気なことを言うな?」

「ご、ごめんなさいっ、でも……本当に、それだけなんです」


 聖女になりたい。

 それは手段であって、目的ではない。


 ユフィの願いは、子供の頃から変わっていない、とてもシンプルなもの。


──ユフィちゃんって、いつもひとりだよね。


 忌々しきこの言葉を撲滅するため。

 つまりは、たくさんの友達に囲まれて、楽しく過ごすことであった。


「ふふ……ユフィちゃんらしいわね」


 エリーナがどこか微笑ましそうに言う。


「では、それで決まりですね。一旦、ユフィの力については、生徒会で預かることとしましょう」

「いいんですか、会長?」


 ノアの決定に、エドワードが声を上げる。


「ユフィの力は規格外です。原理派のリスクがあるとはいえ、ただの学生でしかない僕たちだけで扱いを決めるわけには……」

「エドワード」


 視線を変えることなく、ノアは尋ねる。


「生徒会とは何でしょう?」

 訊かれて、エドワードは言葉を詰まらせてから言う。


「……生徒の良き隣人であり、理解者であり、手を差し伸べる者です」

「その通りです。ユフィも学園の大事な生徒。その身の安全が脅かされるようなことは許されません。ですから、生徒会としては、ユフィを保護する方針を採るべきだと考えています。とはいえ、ユフィの持つ力の影響力を鑑みると、ゆくゆくは学園や国に報告するべきでしょう。しかしそれは今ではありません。先ほどライルが言ったように、誰が敵で誰が味方かわからない現状では、おいそれと明かすべきではないと考えます」


 一呼吸おいて、ノアは続ける。


「とはいえ、この件を隠し続けるのも現実的ではありません。皆さんの口の硬さを信用していないわけでは無いですが、情報はいつどこで広まるかは誰にもわかりませんから。先日のフレイム・ケルベロスの出現も人為的可能性もある以上、この場以外の第三者から何かしらアプローチをされることも考えられます。それを踏まえると……ユフィの生徒会入りは、とても良い提案だと思います」


 生徒会メンバーの視線が一斉にユフィへと向く。


「生徒会長として、ユフィ・アビシャスの生徒会加入を要望します。どうでしょうか、ユフィ?」

「え、えっと、あのっ……」


 改めての提案にユフィは戸惑った。


 一介の平民生徒でしかない自分が、ライルやエリーナといった天上人の集う生徒会に入る。

 メンバーは全員、普通に生きていたら言葉を交わすことすら烏滸がましい人たちだ。 


 その事実に、わかりやすく怖気付いている。


(間違いなく私は場違い……そもそも、私なんかがいていいの……?)


 後ろ向きな気持ちが胸いっぱいに広がって息が詰まってしまいそうだ。

 そんなユフィの内心を察したのか、ライルがゆっくりと立ち上がって言う。


「ユフィが生徒会に入らないと、僕たちは君を守ることができない」


 ゆっくりと、しかし確かな説得力を持った言葉が空気を揺らす。


「ユフィと同じように、僕たちも平和な学園生活を望んでいる。そのためにも、君がここにいてくれることが必要なんだ。自分の存在を小さくしないで。ユフィが生徒会に入ることは、間違っていないよ」

 

 ライルの言葉で、心に纏わりついていた鉛が少しだけ軽くなる。

 それでユフィはハッとした。


(私……怖いんだ……)


 今まで誰かの輪に入れてもらえるなんて経験、なかったから。


 入った後に、失望されるんじゃないか、期待はずれだと煙たがれるんじゃないかと、嫌な想像ばかりが頭に浮かんで尻込みしているんだ。


(でもそれだと、今までと同じ……)


 村にいた頃と変わらず、ずっとひとりぼっち。


 それはもう嫌だ。

 学園に来て、友達を作って、楽しい日々を過ごしたい。


 その気持ちは、本物のはずだ。


(変わりたい……)


 勇気を出せ。


 過去の自分を変える、せっかくのチャンスなのだ。


 勢いよく、ユフィは立ち上がった。それから深く息を吸い込んだ。

 震える手を、肩を、なんとか宥めて。


 今にも詰まりそうになる息をゆっくりと整えて。


 思い切り頭を下げてユフィは叫んだ!!


「不束者ですが……よろしくお願いしまひゅ!!」


 ……。

 …………。

 ………………。


 生徒会室に、水を打ったような静寂が舞い降りる。


 頭を下げたままぷるぷる震えて、ユフィは顔を真っ赤にした。


(一番大事なところで噛んだーーーーーーーーーーーー……!!)

「ようこそ生徒会へ!」


 静寂とユフィの羞恥を切り裂いたのはライルだった。

 わっと手を振り上げ、明るい声で歓迎の言葉を送る。


「会長がそう言うなら、仕方がありませんね」


 エドワードはやれやれといったように言う。


「俺は敗者だからな。何も言う資格はねえ」


 ジャックは相変わらず同じセリフだが、口元には小さく笑みが浮かんでいた。


「これから生徒会の仲間ね! よろしくね、ユフィちゃん!」


 エリーナは新しい家族を迎え入れたみたいに、ユフィにぎゅっと抱き着いた。

 各々のメンバーの反応は、ユフィを生徒会の メンバーとして受け入れることをわかりやすく表していた。


 そのことに、ユフィは魂ごと抜け落ちそうなほど安堵した。


(あ……いけない……)


 目の奥が熱い。

 気を抜いたら涙が溢れてしまいそうだ。

 

 流石にこの状況で泣いてしまうのは空気が変になってしまうと、ユフィはエリーナの胸に顔を押し付けて涙を引っ込めた。


「あらあら、ユフィちゃん、甘えん坊さんなんですね〜〜」


 エリーナがユフィの頭を優しく撫でる。

 何やら盛大な誤解をされているような気がするが、力が抜けきっていてもはや身を預けるしかない。


そんな朗らかな空気の中、エドワードが眉を寄せ口を開く。


「そういえば、ユフィが生徒会に入った表向きの理由はどうしますか?」


 眼鏡をクイッと持ち上げて、エドワードは淡々と言う。


「僕たちはまだしも、ユフィが生徒会に所属する理由を他の生徒に説明するのは困難かと」

「あっ……」


ユフィが間の抜けた声を漏らす。


(た、確かに……こんな凄い人々の中に、なんの取り柄もない私が入ったとなったら……)


 他の生徒からの非難は轟々、『なんであんな平民が……』と憎しみの視線を向けられ……。

(市中引きずり回しの上最悪火炙りに……!!)

「まあ、それは何とかなると思いますよ」


 ユフィの不安を掻き消すように、ノアはさらっと言ってのける。


「幸運なことに、生徒会に所属しているメンバーは国内でもトップクラスの爵位を持っていますからね。上下関係が全ての貴族社会ですから、それっぽい筋の通った説明が出来れば、他の生徒たちは納得すると思います」

「それは確かに……そうだとは思いますが」

「論理を練り上げるのは得意ですよね? 頼みましたよ、エドワード」

半ばぶん投げに近いノアのオーダーに、エドワードは溜息をついて「わかりました」と言う他なかった。繰り返しになるが、貴族社会は上下関係が全てなのである。

「さて、今日のメイン議題はこんなものかな」


 ライルが一仕事終えたように言う。


「これからは生徒会の通常業務になるから、ユフィはもう帰って大丈夫だよ。今後のユフィの生徒会での役割については、また纏めて明日以降に伝える」

「は、はい! これからよろしくお願いしますっ」


 ぺこぺこと頭を下げるユフィに、ライルは「あ、そうそう」とにっこり笑って言う。


「わかっているとは思うけど、僕たち以外の前で攻撃魔法を使うことはもちろん、使えることを誰にも公言しちゃいけないよ?」


 声を低くして。


「下手にバレてしまうと……血を見ることになるからね」


 背筋の凍るようなライルの威圧に、ユフィは「ひいっ」と声を上げる。


「こ、心に刻んでおきます……」

「うん、よろしく」


 こうして、ユフィは生徒会入りする運びとなった。

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