第11話 ユフィの今まで①

 本来であれば、ユフィは回復魔法の使い手として魔法学園に入学する予定だった。

 

 でも、そうはならなかった。

 6歳の時、村にやってきた聖女様を見て森に駆け込んだあの日。


「私も……聖女様みたいなマホウを使えるように……」


 そんな想いと共にイメージした、魔法。

 ユフィが突き出した両手から飛び出したのは──森ごと焼き尽くさんばかりの業火だった。


 ドオオオオオオオオオンッ!!


「わわっ……!?」


 木は疎か地面ごと抉り取るほどの爆発にユフィはひっくり返る。

 なんとか起き上がって視界に飛び込んできたのは、ポッカリと穴が空いた地面と、延焼してごうごうと燃え盛る木々。


 一瞬、ユフィは何が起こったのか分からずぽかんとした。

 しかしすぐに、状況を理解して。


(お母さんに怒られる!)


 ユフィは焦った。

 以前、花瓶を割ってしこたま怒られた記憶が蘇る。


 6歳児といえど、物を壊してはいけませんという常識は既にユフィの中にあった。


 壊しているどころか全てを消し炭にする勢いだったが、なんにせよこの状況はまずいという理解はあった。


「えーと、えーっと……どうしよう、どうしよう!」


 テンパるユフィ。

 しかしふと、母親が料理で失敗し調理場で火が上がった際、水をぶっかけて鎮火していたのを思い出す。


「みず! とりあえずみず!」


 再びユフィは掌を前に突き出して、たくさんの水をえいやっとイメージした。


 ざばばばばばばばばー――ん!!!

 

 突如としてどこからか現れた水が、燃え盛る炎を上から押し潰す。


「わぷぷぷぷっ……」


 代わりにユフィはその水に飲み込まれ流されてしまった。


「けほっ、けほっ……」


 咳き込みながら後ろを振り向くと、火は消えていた。

 

 ちょっとばかし黒い木が増えて、地面に大穴(後にミリル村における七不思議として語り継がれるクレーター)が空いてしまったが、このくらいなら大丈夫だろう。


 いや大丈夫じゃない気もしたが、深く考えないことにした。

 思えば、ユフィの現実逃避癖はこの時開花したのかもしれない。


「これで怒られることは……ないよね?」


 胸を撫で下ろすと、ドバッと疲労感が身体を襲った。

 思わず、ごろりと地面に寝転ぶ。


 抜けるような大空を見上げながら、呟いた。


「使えた……」


 魔法を、使えた。

 鈍臭くて、家事のひとつロクにできない自分が。


 その事実に、ユフィは武者震いした。

 

 達成感、充実感、そして、嬉しさ。


 さまざまな感情が胸中を渦巻く。


 聖女様が使っていたものとはだいぶ違う気はするけど、魔法であることは変わりない。

 同じようにピカピカーっと光っていて、綺麗だった。


 魔法が使えたという事自体の喜びで、ユフィの頭はいっぱいだった。


「これで私は……聖女になれる……」


 そう確信して、胸が小躍りする気持ちだった。


「お母さんと、お父さんに……言いにいこう」


 きっと褒めてもらえるに違いない。

 胸を高鳴らせながら起き上がって……ぴたりと動きが止まる。


「わたしなんかが初めてで、あれくらい出来るってことは……」


 きっと他の人はもっと出来る。

 思えばかけっこも、勉強も、ずっとビリケツだった。


 そんな自分が他の人よりも凄い魔法が使えるわけがない。


(私が知らないだけで、皆はもっと凄い魔法を使えるんだ……)


 ユフィの自己肯定の低さと、魔法に関する知識の無さがそう思い込ませた。


 危ない、調子に乗るところだった。


 ユフィはぶんぶんと首を振る。


「……もうちょっと、練習しよう……」


 その日から、ユフィの魔法訓練が始まった。


 また風魔法を使って高速移動することが可能になってからは、森を燃やしてしまったら危ないと、村から遠く離れたの山岳地帯に移動して。


「ファイヤーフレイム!」ドオオオン!!

「ウォーターシュート!」ざばばばーん!

「ウィンドスプラッシュ!」びゅううううう!!

「グランドウォール!」ゴゴゴゴゴッ!!

「スタンショック!」バリバリバリバリ!!


 技名を口にした方がイメージが湧きやすかったため、それっぽいネーミングをつけ、思いつく限り、気の向くままに魔法を毎日練習すること、7年。


 13歳になって、軽く本気を出せば岩山地帯ごと吹き飛ばせるくらいには強力な魔法を使えるようになった頃。


「……そろそろ、いいかな?」


ようやく、ユフィは両親に魔法が使える事を打ち明けようと決意した。

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