第12話 ユフィの今まで②

 その前段として、ユフィは自分の『夢』を母親に明かす。


「お母さん」

「なあに、ユフィ」

「私、聖女様になりたいの」


 お皿洗いをしていた母親の手が止まる。

 それからユフィの方を向いて、妙に優しい笑顔で言った。


「聖女様になりたいなら、|回復(・・)魔法を修得しないといけないわね」

「カイフク……?」


 カイフク……かいふく……回復?

 ユフィの背景に宇宙が広がった。宇宙ユフィ。


 今まで自分が練習してきた魔法を思い起こす。

 炎で森を焼き払ったり、水で大地を押し流したり、雷で岩を爆散させたり……。


 回復? ナニソレオイシイノ?


「そう。聖女様になるには回復魔法……つまり、人の怪我や病気を治す魔法をマスターしないといけないの」


 瞬間、ユフィの視界が真っ黒になった。


「火とか、水とかを出すやつは……」

「ああ、それは攻撃魔法ね。魔法には二種類あるの。ひとつが回復魔法、もうひとつが攻撃魔法……まさしく、火とか水とかを発現させて、戦いの手段とする魔法よ」


 ユフィは卒倒した。


「ユフィ? 口から魂が出ちゃってるけど大丈夫?」

「だ、大丈夫……」


 全然大丈夫じゃなかった。

 魔法が使えれば聖女様になれると思っていた。


 しかしそれは大間違いだった。

 聖女になるためには、回復魔法を習得しなければいけない。


 絶望した。


 今までの7年間は、なんだったの……と──。


「ちなみにだけど、原則として回復魔法は女だけ、攻撃魔法は男しか使えないわ」


 母親がとてつもなく重要なことを言っているが、全然頭に入ってこない。

 辺境のミリル村では魔法に関する知識の流入が無い。


 加えてユフィには魔法のことを聞けるような友人もいなかった。


 そのためユフィは、性別によって使える魔法が決まっているということも知らなかった。

 この時、ユフィは知った。


 男は攻撃魔法、女は回復魔法しか使えない、という常識に。


「あと、魔法は基本的に貴族しか使えないのだけど、ユフィは私の血が入っているから、使えるかもしれないわね」


 曰く、母親は元々どこかの貴族で、庶民である父親と駆け落ちしてこの村にやってきたらしい。


 身をくねくねさせながらその時のラブラブエピソードを語る母親の話も全く頭に入ってこない。


 そんなことよりもなぜ女である自分が攻撃魔法を使えているのか、その特殊性に着目するべきだったが、そちらには考えが至らなかった。

 ユフィにとって、聖女になる事が第一目標だった。


 その目標を達成するために7年間頑張ってきたのに、全部無駄だった。

 突きつけられた事実に、頭が真っ白になった。


「え、ちょっと、ユフィ? どこへ行くの? そろそろ晩御飯の時間よ?」


 母の言葉はもはや聞こえていなかった。ユフィはふらふらと家を出て森へ向かう。

 そしてその辺に落ちていた尖った石で、人差し指の腹をサクッと切った。


「いつっ……」


 痛みに顔を顰めるも、ユフィをやることは決まっている。

 じわりと、赤い鮮血が滲み出た傷口にもう一方の掌を向けてから、イメージした。


 この傷が治っていく光景を。

 火や水といった他の魔法は一発目で出来たのだ。


 回復魔法もきっと……という淡い期待があった、しかし。


「あれ……なんで……?」


 何も起こらない。

 森の静寂だけが辺りを満たしている。


 強いて言えれば、ぼうっと、掌が弱々しく光るだけであった。


 攻撃魔法を放つ時のようなキラキラとは似ても似つかぬ光だ。


 それからしばらくユフィは祈った。

 頭の芯がじんじんと痛くなるくらい治るイメージをした。


 しかし、傷口が塞がることはなかった。

 真っ暗になるまで頑張ってみたが、結局傷は治らずじまいだった。


「きっと、練習が足りないんだわ」


 というわけで次の日から、ユフィは再び山に篭った。


 自分の指に傷を作って、回復魔法をかける。

 その繰り返しの日々を送った。

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