第3話 ライルとの出会い
エルバドル王国の首都、ガーデリア。
その中心部から少し外れた場所に王立学園は位置している。
「なんとか……着いた……」
学園の校門の前で、ユフィは安堵の息をついた。
空がオレンジ色の面積を広げ始めているが、暗くなるまでまだ余裕がある。
校門の見張り番に新入生である旨を伝える際に、テンパって不審者だと勘違いされかけるというアクシデントはあったものの、無事敷地内に入ることができた。
ずっと肩に乗ったままのシンユーを突っ込まれるんじゃないかとドキドキしていたが、それに関しては何も言われなかった。
ペットに寛容な学園なのかもしれない。
「わあ……ここが……」
王立学園が誇る荘厳な建造物たちをきょろきょろと見渡し、ユフィは嘆息する。
石造りの校舎たちはは高い尖塔を持ち、花崗岩の彫刻が壁面を彩っている。
窓は一面のステンドグラスで、陽光が差し込むとあたりに神秘的な色彩が広がっていた。
かといって無機質なものばかりではなく、庭園には様々な樹木が立ち並び、四季折々の花々が咲き誇っている。
どこか時間がゆっくりと流れるかのような静寂さも漂っている。
言うまでもなく、ミリル村の教会とは比べ物にならないくらい巨大な教育機関であった。
「こんにちは」
びくうっ!!
突如後ろからかけられた声に驚いて、ユフィはリュックを地面に置きその後ろに隠れた。
「え、なになに? どういう反応?」
「あ! ご、ごめんなさいっ、つい癖で……」
リュックの陰からひょこっと顔を出して、声をかけた人物の姿を確認する。
──えらい美丈夫がそこにいた。
海を思わせるブルーの双眸、スッと通った鼻立ち、触ると柔らかそうな金髪は陽光に反射して輝いている。
神様がこの世界に最初の男性を作るとしたら、多分このような人なんだろうなと思うほどの、人間離れした顔立ちだった。
背は高くスラッとしているが決してガリガリではなく、服の膨らみから程よく引き締まっていることが伺える。
学園の制服を着ているが、どこかの王族の正装のようにも見えた。
(ああああああ圧倒的!!! 光の人間!!)
しゅばっ!
「あ、また隠れた」
「ごめんなさい……闇の人間が目にしていいものでは無いので……」
「あはは、何それ」
くすくすと、青年が口に手を当てて笑う。
「君、面白いね」
「面白い……?」
またひょっこり顔を出すユフィ。
「面白いですか、私!?」
「とても嬉しそうだね」
「あ、ごめんなさい……私なんかが調子乗りました嫌いにならないでください……」
「嫌いになるも何も、君とは初対面なんだけど」
青年はずっと笑顔だ。
「僕はライル。君は?」
「えっと、ユ、ユ……ユ……ユユフィです」
「ユユユユユフィちゃんね。変わった名前だね」
「ああああ違います、ユを四つ消して下さい……」
「ユフィちゃんか、良い名前だね。新入生?」
「あっ、はい、そうです」
「僕もなんだ。これからどうぞよろしくね」
ライルが手を差し出してくる。
(こ、これは……噂に聞く、親愛の握手……!?)
頭の中でばちんと音が鳴り、高揚感が胸を高鳴らせる。
しかし同時に、ネガティブな思考が夕立を運ぶ雲のようにどんよりと広がった。
(こんな綺麗な手を……私なんかが触っていいのかな……)
「えっと、ユフィ? どうかした?」
「ああああごめんなさいつい!」
我に帰ったユフィは、意を決する。
ここで親愛の握手を拒否するのは失礼だ。
小指サイズほどしか無い勇気を振り絞って、ユフィはおずおずとライルの手を取った。
「よ、よろしくお願いします……」
死ぬ寸前の虫みたいなか細い声。
「うん、よろしく」
ライルの爽やかな笑顔を見て、ユフィは少しだけ胸を撫で下ろした。
いつまでも隠れていては失礼なので、ユフィはリュックを背負い直す。
「あ……えっと……」
(何を話せばいいんだろう?)
改まると、どんな話題を振れば良いのか皆目見当もつかないユフィ。
ここ数年、家族としかほぼ話いてないユフィのコミュニケーションスキルは塵に近かった。
(あっ……そうだ!)
こんなこともあろうかと、ユフィはリュックを開く。
細長くて焦茶色をした物体をいそいそと取り出し、ライルに献上した。
「あの、どうぞ……」
「これは……ゴボウ?」
こくこくとユフィは頷く。
綺麗に洗って乾かしておいたそれは、ミリル村名物のゴボウであった。
(友好の印には手土産が効果的……!!)
という思惑の元、家から大量に持ってきた秘密兵器であある。
ちなみにユフィのパンパンに膨らんだリュックのほとんどはゴボウが占めていたりする。
ライルは目を丸めていたが、やがてにこりと笑って言った。
「ありがとう、ありがたく食べさせてもらうよ」
会話終了。
(うううう〜〜〜何話せばいいの……!?)
そんなユフィの胸中を察したのか、ライルの方から口を開いてくれる。
「その子、使い魔?」
どうやら、ユフィの肩の上で毛繕いするシンユーに興味を持ったようだ。
「いえ、シンユーです」
「へえ、親友なんだ。仲いいんだね」
「あ……いえ、この猫ちゃんはさっき、ブラック・ウォルフに襲われていたので助けました、はい」
「ブラック・ウォルフだって!?」
「へあっ?」
突然声を大きくしたライルにユフィは間の抜けた声を漏らしてしまう。
「どこで、いつ!?」
「さ、さっき、この学園に来るまでの森の中で……」
「ファンネルの森か! 確かにあそこはブラック・ウォルフが出現してもおかしくないな……怪我はない? 大丈夫?」
「あっ、はい! 無事倒せたので、全然大丈夫です!」
ユフィが言うと、ライルはピクリと眉を動かす。
「倒せた……というと、護衛を連れていたの?」
「いいえ……?」
「剣術の心得は?」
「包丁も使えません……」
「じゃあユフィ、もしかして女装男子?」
「ななななんでそうなるんですか!?」
くはっと、ライルは笑った。
「だって、一人でブラックウォルフを倒したなんて、攻撃魔法を使ったとしか考えられないじゃん」
「そ、それは……」
「うそうそ! 冗談冗談!」
ライルがあっけらかんと言う。
「ユフィが冗談を言うから、僕も冗談で返したんだ。場を和やかそうとしてくれたんだろう?」
「えっと、あの……?」
一人で勝手に状況を解釈したっぽいライルにユフィは付いていけていない。
「ユフィ一人でブラック・ウォルフを倒したなんてありえないよね。だって……」
一呼吸置いて、ライルは言った。
「攻撃魔法は、男しか使えないんだから」
ぎゅいんっ。
「なんでいきなり目を逸らした?」
「……イイエ、ナンデモアリマセン」
なんとかカタコトで言葉を返すことができた。
動揺がライルに伝わらないよう取り繕うのに必死だった。
「まあいいか。さて……」
改めてユフィの方を見て、ライルは言う。
「長く引き止めて悪かったね、ユフィ。面白い時間をありがとう」
「い、いえ、そんな、とんでもないでひゅ……」
噛んだ、死にたい。
「僕はまだやることがあるから、これで」
「あ、はいっ、ありがとうございました!」
ふかぶかーと腰骨が逝きそうなくらい深いお辞儀をするユフィ。
「そんな畏まらなくて良いよ、同級生なんだし」
ふふっと笑って、「それじゃ」とライルは歩き始める。
ユフィはしばらくの間、ぽーっとライルの背中を眺めていた。
「不思議な人だったな……」
そしてふと、思った。
「ライルさんみたいな人がお友達なら、楽しいだろうなあ……って、いけない、いけない」
ぶんぶんと頭を振って、都合の良い考えを頭から追い払う。
(ライルさんはきっと、自分とは住んでいる世界の違う人間……友達になってくれるわけ、ないよね)
自嘲気味に息を吐くと、シンユーが不思議そうな顔で尋ねてくる。
『どうしたのー、ユフィ?』
「ううん、なんでもないよ」
シンユーをひと撫でした後、ユフィは歩き出した。
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