初めての彼氏宅

 初めて五人集まって遊んだ日からしばらく経った。玲奈さんとは一週間に一度は必ず会うし、玲奈さんから朝見あみたちを誘うこともあった。全員揃うことはなかったけど、皆と玲奈さんとの間の交流は確かに深まったはずだ。

 

 で、冬が来た。


「今日は寒いね、頼斗君」

「ん~確かにね」

「え、もしかしてそんなに寒くない?」

「寒くないというかなんというか」


 暑い。

 今日の玲奈さんの服装は、初めて一緒に出掛けた時に勝ったスカートに少しサイズの大きいニット服を着ている。


「ねえ玲奈さん、ニットでくっ付かれるとこっちが熱いんだけど」

「あ、ごめん」

「いや、いいんだけど」


 玲奈さん、たまに積極的だよな。無意識かもしれないけど。

 玲奈さんの家の前で待ち合わせした俺たちは、一緒に俺の家へと向かっていた。あまりの寒さに抱き着いて来た玲奈さんをしばらくは放っておいたのだが、体温と服装とで俺の方は暑かった。


 冬と言っても十二月の頭。本気で冷え込む頃ではない。


「……あ、離れないんだ」

「えっ!? 離れたほうがよかった!?」

「いや、そう言うわけじゃないんだけどね!?」


 あの反応だったら離れると思うじゃん。


「いやその……付き合い始めてもう数か月も経つのにその、ずっと距離感保ってるのは、どうかと思って……」

「ああ、なるほど……頑張ってくれてるんだね」

「ま、まあ私なりに」


 ただでさえ暑かったのに頬だけ局所的に温度が上がった気がする。たぶん、玲奈さんも同じだ。


「そ、そう言えばどっちかの家で一緒になんて、初めてだね!」

「うん、そうだね。突然大丈夫だった?」

「も、もちろん! ていうか、ずっと誘ってくれてたのに行けてなくてごめんって言うか!」

「謝らないで。ゆっくりでいいって言ったのは俺だし」


 前々から誘ってはいたけど、どうやら親からの了承を取れずにいたらしい。どうにも玲奈さんの恋愛事情に気を遣っている様子。

 正直話を聞いている限りだと気難しいご両親の様だし、顔を合わせるのは俺も億劫だ。一度くらい挨拶はしなくちゃいけないだろうけど、出来る限り理解を得られてからの方がいいな。


「あ、着いたよ。ここ」

「へぇ、ここが頼斗君の家……って、そこそこ遠かったね。もっと近いのかと思ってた」

「そう? 十分近いと思うけど……」


 言いながら玄関の前まで歩み寄る。


「ま、取り合えず上がってよ」

「う、うん。そうさせてもらうね」


 どこか緊張気味に空いた拳を握りる玲奈さん。 

 微笑ましさを覚えながら鍵を取り出して玄関を開ける。


「お、お邪魔します」


 扉を支えて、玲奈さんに先に入るように促した。玄関から中を覗いて中に入って行く玲奈さんは心細そうな声でそう言った。


「いらっしゃい。リビングは入って右手のところだからね」

「う、うん……」


 丁寧に靴を並べた玲奈さんを先に行かせて、靴を脱ぐ。扉を開く音が聞こえて振り返れば、玲奈さんがリビングへと入って行くところだった。場所は間違えてないな。

 玲奈さんについて行くようにリビングに入れば、物珍しそうに辺りを見渡す玲奈さんがいた。


「玲奈さん、適当に座って待ってて」

「あ、うん」

「俺はお茶取ってくるから」

「分かった」


 玲奈さんがローテーブルの方へと向かうのを見届けながらキッチンに行く。戸棚を開けて茶葉を確認する。


「紅茶と緑茶どっちがいい?」

「えっと、紅茶でお願い」

「分かった」


 紅茶なんていつ買ったかな、なんて考えながら電子ポットの電源を入れる。


「頼斗君の家、綺麗だね。頼斗君がお掃除してるの?」

「まあ、そうかもね。週に一回くらいは大掃除してるから」

「えっ!? そんなに!?」


 キッチンカウンター越しに玲奈さんと会話する。


「家は基本俺以外に誰もいないからね。使う部屋も少ないけど掃除しないでいると何故か埃貯まるし。暇なときに音楽でも聴きながら掃除するのが趣味って言っても過言じゃない」

「な、なんか大人……」

「大人、なのかな。子どもっぽくはないと思うけど」


 一人暮らしをしている同級生なんて限られているだろうし、同年代で俺みたいな趣味を持っている人は少ないのかもしれないな。自分の部屋を掃除するのとは、また話が違いそうだし。


「はい、準備できたよ」

「あ、ありがとう……普段からお茶を飲むの?」

「いいや、まったく。どっちかって言うとコーヒーの方が飲むかな。缶だけど」

「へぇ~」


 用意した紅茶をカップに注いでローテーブルに並べ、横並びになって座るようにする。


「ら、頼斗君?」

「ん? 正面の方がよかった?」

「い、いやその……距離が近いと、ドキドキするって言うか……」


 玲奈さんは頬を染めながら縮こまる。


「じゃあ、移動しようかな」

「えっと、お願いします」

「うん、分かってる」


 小さく腰を上げ、立ち上がらないまま対面に移動する。


「で、どう? 俺の家は」

「うん、凄い綺麗。広くて大きいし、物がないわけじゃないよね、生活感はある」


 なんだろう、想像していたより真面目な回答が返って来た。


「あと、静か。本当に誰もいないんだね」

「まあな。一年くらい前までは親がいたんだけどな。いなくなってからはずいぶん静かになったよ」

「この広い一軒家に一人暮らしだもんね……寂しくないの?」


 高校生が一人、一軒家の中で生活しているのはそこそこ異質なことだとは思う。ただまあ、親の事情が事情だし、生憎一人でいることには慣れている。


「最近はもう、何とも思わないかな」

「そっか……で、でも、これからは私も遊びに来るから、た、たぶん楽しくなるよ!」

「そこは自信もっていいんだよ」

「う、うぅ、それは、その……」


 勢いよく宣言したはいいものの、どうしても恥じらいは消えないらしい。頬を赤く染めながら俯いてしまった玲奈さんの様子を見ながら、俺は紅茶を一口飲んだ。

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