初めてのファミレス
ジャージで登場した玲奈さんを着飾ってお出かけ女子っぽく変身させた後、そろそろいい時間だったので映画館に向かう途中にあったファミレスに立ち寄った。
玲奈さんは食べながら歩けるジャンクフードでいいと言っていたが、せっかく買った服が汚れてしまうのは勿体ないと説得して何とか引き留めた。それに、せっかくの玲奈さんとのお出かけだ。食事くらいゆっくりとってもいいだろう。
「二名様ですね。あちらの席へどうぞ」
少し長めの買い物を挟んだので昼時はもう過ぎ去った後だ。ファミレスの中の客はまばらで、すぐに席に案内された。御冷とピッチャー、おしぼりが二人分並んだ席で一息つく。
「で、どうだった? 結局俺が無理言って買い物させちゃったわけだけど」
まあ、あんなことを言われた後でやる事ではないだろうな。最初の日くらい言われたようにしよう、と決めて来たつもりだったし。でもまあ、後悔はない。ジャージ姿でデートをしているのを見られて恥ずかしいのはたぶん玲奈さんだったし。
「えっ!? あ、ううん! すっごい楽しかった! そ、それにお洋服も買えちゃったし! 全身買ってもそこまで高くなかったから、何か得した気分」
「そっか。ならよかった」
対面に座る彼女の笑顔は不満の一切感じさせないくらいに真っすぐ瞳をしていた。思わず逸らしたくなるようなそれを受け止め笑って返す。
誤魔化すようにメニューに手を伸ばして、何が良いかと聞いてみる。
「俺もここによく来るわけじゃないけど、何か食べたいものある?」
言いながら手渡したメニューを受け取った玲奈さんは、それを開いて難しい表情を浮かべる。しばらくページをめくった後で唸る様に小首を傾げる。
「ん~、どれも美味しそうだな~……外食ってあんまりしたことないんだ、私。だから目移りしちゃう」
「そうなのか? ……気休めにしかならないかもだけど、俺の分は玲奈さんが食べたいと思うものでいいよ。それでシェアするってのはどう? 少しは食べれる種類増えると思うけど」
「ええ!? いいの!? 頼斗君も食べたいもの、あるでしょ?」
玲奈さんはちょっとしたことでも本気で驚いたような顔を浮かべる。その一挙一動に目を引かれ、ファミレスのメニューなんかよりもずっと視線が引っ張られる。
前屈みになって見上げるように聞いてくる玲奈さんの胸元に行きかけた視線を何とか上部アングルで固定する。
「あるかもしれないけど、今日は玲奈さんの好みが知りたいから、好きな物食べてよ。まあそれに、さっきも言ったけど俺の我が儘に付き合わせちゃったからね。お礼と思ってくれればいいよ」
「そ、そう、かな? じゃあ……」
そう言ってメニューに視線を落とす玲奈さんは無邪気な子どものような好奇心たっぷりの瞳を右往左往とさせている。どうやら、本当に目移りしまくってるらしい。そんな彼女を見ているだけで過ぎていく時間を心地よく思う。
子どものよう、とは言いようで俺としては誉め言葉のつもりだ。無邪気な笑顔程綺麗なものは無いと、そう思っているからな。
以前これを双葉さんに話した時はロリコン扱いされたが。
「う~ん、悩むけどこれとこれにする」
「ん? 決まったの? じゃあ両方セットにして、ドリンクバーとかスープバーも使えるようにしようか」
「へぇ、そんなことも出来るんだ。じゃあ、そうする! すみませ~ん!」
手元にあるベルを押さずにそこを通りかかった定員さんを捕まえるのはファミレス初心者だからだろうか。そんな所にも愛嬌を感じつつ、嬉しそうに料理の名前を連ねる彼女の笑顔を見ていると、連れてきてよかったなと思える。
まあ、どこでお昼を食べてもその場その場でこんな光景を見れたのかもしれない。だけど、ファミレスでの彼女の表情はここに来なくては見れなかったものだ。今日はとりあえず、あの笑顔を見れただけで満足だ。
「じゃあ、どりんくばー? 見に行ってくる。頼斗君も一緒に行く?」
「うん、行くよ」
全ての一般男子を吸い寄せるような明るい笑顔に手を引かれ、俺は席を立ちあがって玲奈さんの背についてドリンクバーへと向かった。
「うぅ……お腹たぷたぷ」
「教えた俺も悪かったよ、ごめん」
ドリンクバーと言えば、と言うことで何気なく発言した自作ミックスジュースをたくさん飲んだ玲奈さんはちょっとだけ暗い表情を浮かべていた。元はと言えば言い出した俺が悪いのだが、まさかあそこまで楽しめるものだとも思っていなかった。
中には到底飲めないような味になっている劇薬も混ざっていたが、それは俺が責任を持って飲み干させてもらった。おかげでこちらも喉の渇きをしばらく忘れられそうだ。
「お待たせしました~」
「あっ! 来た!」
二人してジュースの余韻に浸っていると、待ち望んでいた料理が運ばれてきた。それを見てきらきらと目を輝かせる玲奈さんに見つめられて硬くなった店員さんの動きが視界に入ったが、ちょっとだけ我慢していただきたい。
料理を並べ終えて去って行った店員さんの背に向けて心の中で謝罪しておいた。
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