初めての買い物

「ほら、これなんかいいんじゃない?」

「可愛い、けど……お高いんでしょう?」

「通販番組か」


 スカートと合わせるスニーカーも適当に揃え、手ごろなアクセサリーを見てみようと思い雑貨屋に足を運んだ。高そうなものだと玲奈さんも気が引けるだろうし、こういう場所でも案外可愛いものが見つかるのだ。


「大丈夫、ここのやつは高くて数千円だし、安いやつだと千円ちょっとで買えるから」

「そうなの?」

「探せば高いのもあると思うけど……安いのでも気に入るのが一つくらいはあるんじゃないかな」


 ここに売ってるのは余裕で一万円を超えるようなブランド品のそれではなく、ハンドメイドのお安い商品ばかりだ。あいつはそこそこ愛用しており、何度か来たことがあった。

 駅から近めだったので立ち寄ったが、営業日でよかった。


「これとかどう? 似合うと思うんだけど」

「ネックレス? な、なんだか少し派手じゃないかな。私には合わないと思うけど……」

「そう? まあ、ちょっと見てみなよ。俺も奥の方見てくるから」

「う、うん」


 ぎこちなく頷いて立ち並ぶ商品たちを凝視する玲奈さんの隣から立ち上がり、店の奥へと足を運ぶ。そこら中独特な商品が立ち並ぶ棚の間を抜けたところに、このお店のレジカウンターがある。

 そこには頬杖をついてこちらに笑顔を向ける女性が一人。


「やあ頼斗君、久しぶりだね。一年ぶりくらい?」

「お久しぶりです、双葉ふたばさん。まだ続けられてるみたいで安心しましたよ」


 長い髪を背中まで流し、独特の着こなしを見せる女性の名前を伊沢いざわ双葉さんと言う。実はあいつの従姉さんで、付き合ってた頃はそこそこよくしてもらっていた。


「そりゃどうも。君って言う常連客が居なくなってからは結構かつかつだったけどね」

「双葉さんの金額設定のおかげでいつもお安くいいものを買えてましたからね。もしかしたら、また通うようになるかもしれません」

「あれ、新しい彼女さん?」

「ええ」


 冗談交じりの挨拶はいつもの事。適当に会釈して、双葉さんの指差した人、玲奈さんに視線を移す。どうやらこちらの様子にも気づかず真剣に商品を見て回っているようだ。


「約束でもありましたしね。まあ、前向きにはなれなかったので、時間はかかってしまいましたが」

「あの子も喜んでるよ、きっと。それで? 彼女さんのアクセサリーを買いに来たんだよね?」

「はい。あ、でもオーダーメイドはまだいいですよ。今日は彼女、玲奈さんが自分で選んだものを買ってもらうつもりなので」

「へぇ、なるほどね。玲奈さん、って言うのか。仲良くしなよ」

「もちろんです」


 少し年の離れたお姉さん。それが俺から見た双葉さんの印象だ。恋人の姉君ポジってことであいつと一緒に甘えさせてもらう機会も何度かあった。親族価格で商品を買わせてもらったこともあったし、オーダーメイドを頼んだこともあった。

 それくらいには親交のある仲だ。


「困ったことがあったらまた相談しな。応援するよ」

「どうもです。……それじゃあ、俺は様子見てきますね。あ、変な割引はいりませんよ。あの子気を遣うタイプなので」

「へいへい、分かってるよ。見れば何となく予想が付く」

「流石ですね。では」


 ひらひらと手を振って別れを告げ、玲奈さんの方へと向かう。どうやら、まだ熟考中らしい。


「何かいいの見つかった?」

「あ、頼斗君。あはは……残念ながら私じゃ物の善し悪しが分からなくて……。情けない」


 玲奈さんは、はぁ、と溜息を吐きながら肩を落とす。


「初めて買うアクセサリーなら、そんなものだと思うよ。ここのはブランド物ってわけじゃないし、全部が唯一無二の商品なんだ。だからどれが良いか悪いかていうよりは、直感的にこれが好き、って思えたやつを手に取ってみればいいんじゃないかな」

「好き、って思ったもの……」


 呆気に取られたような表情で呟き、見上げた玲奈さんは迷いのない動きで視線を移す。


「じゃあ、さっき見つけたこれ、とか?」

「ん? どれどれ?」


 玲奈さんが手に取ったのはブレスレットだった。高い宝石やら金属を使ったものではなく、竹を使った代物。独特な色使いでカラーリングされていて、鮮やかさと落ち着きを併せ持つように見えた。

 なんだか不思議な感覚を覚えさせるそれは、試しに通してみた玲奈さんの細い腕にすっぽり収まった。


「おお、ぴったり!」

「いいんじゃない? 似合ってると思うよ」


 こういう派手な色をしているほうが、玲奈さん自身が持つ明るさが引き立って見える。やっぱり小物の存在感って、名前以上にでかいよな。


「じゃ、じゃあこれにしようかな。すいませ~ん!」

「は~い!」


 元気よく声を上げながらレジへと向かった玲奈さんに、双葉さんが同じくらいのテンションで応じて見せる。嬉しそうに、これください、なんていう玲奈さんを見ていると、何度もここで買い物したあいつの影がどうしてもちらついてしまう。


 思い出してはいけないと分かっているから、それを振り払う。


 せっかく俺と一緒にいて嬉しそうに笑ってくれる人がいるのだ。今はちゃんと、玲奈さんに向き合わなければ。

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