初めてのランチ
「いただきます!」
玲奈さんは元気な挨拶と同時にナイフを取り出し、注文したチーズ何とか三種? ハンバーグなんたらに差し込んだ。いや、料理名を覚えられていないのは長すぎるからいけないのだ。
ただ、ナイフの扱いに慣れていないのかうまく切れずあたふたしている姿をしばらく見ていたいが、冷めてしまったら可愛そうなのでさっさと手を貸すことにする。
「ほら、ちょっと貸してみて。切ってあげるよ」
「あ、ありがと……お願いします」
「うん」
恥ずかしそうに頬を染めながらナイフを手渡してくる彼女の視線は、俺の手元の何とか風濃厚あれこれ風味パスタに向いた。どうやら、こちらも早く食べてみたい様だ。
「どうぞ、こっちを先に食べていいよ。ハンバーグは食べやすく切っておくから」
「えっ!? さ、流石に悪いよ!」
「どうせ切ってる間は食べられないし、冷めないうちに食べちゃってくれ」
「そ、そう言うなら、お言葉に甘えて」
控えめに、それでも勢いよくパスタの盛られたお皿を引き寄せ、フォークを取り出した玲奈さんは嬉しそうなのを取り繕うこともなく、勢いよくフォークをパスタの山に突っ込んだ。
二回、三回とフォークを回し、絡めとったパスタをソースの零れないように手を添えながら口元まで運び、食らいつく。
しっかりと味わうためかゆっくりと噛んだ後で、美味しそうに頬を綻ばせた。
「美味しい~! 美味しいよ、頼斗君!」
「ああ、見ればわかるよ。すごく美味しそうに食べてるし」
「っ!? そ、そんなに分かりやすかった?」
「CMに使えそうなくらいには」
そんなことを言ってみれば、玲奈さんはまた恥ずかしそうに頬を染める。この人、いつでもどこでも恥ずかしがっているように思えるのは気のせいだろうか。
そんなことを考えながらでも手は動く。
ハンバーグを一口サイズに切り分け、ナイフとフォークを一旦置くことにする。
「ほら、切れたよ。食べる?」
「んっ!? ふぁふぇふぁい!」
「……飲み込んでから喋ろうか」
「ごっくん……食べたい!」
「まあ、なんて言ってるかは想像ついたけど」
苦笑交じりに答えて、手渡そうとしたフォークを引き留める。待てよ?
「どうかした?」
「いや、ちょっと待ってな……」
切り分けたハンバーグの一つをフォークに差して、それを玲奈さんの口元へと向ける。
「はい、あーん」
「あーん!? えっ、えっ!?」
「いらないのか?」
「いや、そのっ!」
瞳が渦を巻いているように見えるのは気のせいだろうか。処理しきれない情報をゆっくりと噛み砕いていく玲奈さんを見ていると、ちょっと可笑しくなって笑ってしまう。
俺はあいつのおかげでだいぶ慣れたが、初めてされると、こんな感じの反応になるのか。初心に戻れた気がする。
そんなことを考えていると、玲奈さんが首を右へ左へ動かして周りを警戒するような素振りを見せた。そして、遠慮がちに口を開いて顔を突き出してくる。
「あ、あーん」
どうやら決心がついたらしかった。
「ほら、あーん」
「あむ…………」
小さな口の中にハンバーグを入れてあげると、玲奈さんは食いついた。ゆっくりとフォークを抜き取ると、しばらくして再び口を開いた。
「おいしい、です」
「それは良かった」
「ああも~! 恥ずかしいんだけど!」
玲奈さんはハンバーグよりも熱そうな頬を仰ぎながら消え入るような叫びをあげた。そしてフォークを手に取り、パスタを巻き付けてこちらに向けて来る。
「お、お返し、だよ? あ、あーん」
「いいのか? あーん」
これまた控えめに差し出されたパスタに食らいつき、すぐさま身を引く。こういう時何も考えずに従うのが羞恥に溺れない秘訣なのだ。
「っ~!?」
玲奈さんの身悶えるような声にならない叫びが聞こえたが、気にしない。
今回頼んだパスタはカルボナーラの親戚だろうか。結局名前は把握できていないが、チーズの濃厚なうまみともっちりとしたパスタが絡み合って口の中全体に甘みが広がって行くのが分かる。
このお店のパスタの売りは太麺、ってことくらいは知っていたが太いことによる利点を最大限に活用した、チェーン店の味とは思えないほどの美味を生んでいた。
そう言えばハンバーグの方もチーズだったし、玲奈さんはチーズが好きなのだろうか。チーズで有名なお店、あっただろうか。
「ど、どう、ですか?」
心当たりがないかと考えていると、玲奈さんがそんなことを聞いて来た。
不意に視線を向けてしまえば、愛らしい上目遣いが待っていた。きっと食べさせる方も恥ずかしかったのだろう。俺が食べている間も引かなかった熱が目に見えるようだ。
どうですか、なんて聞かれると色々選択肢がありそうだけど、今回は料理のことだろうな。
「美味しいな、これ。俺は好きだけど、玲奈さんはどうだった?」
「わ、私? す、すっごい、美味しかった。ハンバーグも、パスタも」
「だったら、また来ようか。他にも美味しい料理がたくさんありそうだし」
「う、うん……」
美味しいと言ってくれてるし、本当に連れてきてよかったな。今度来るときまでには、料理名くらい覚えておこうかな。
「うぅ……か、勝てない……」
もごもごと放たれた玲奈さんの呟きは、俺の耳に届くことはないのだった。
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