初めてじゃない想い

 朝見あみは俺の元カノ、夜見よみの双子の姉だ。夜見よみと同じで小さい頃からずっと一緒だったし、俺と夜見よみが付き合い始めてからも仲良くしていた。

 夜見よみと外見は瓜二つ。性格も、根っこの部分で同じだと思う。甘えん坊で、寂しがり屋。自分の好きなことに素直で、思いやりのある子。


 朝見あみもそんな子であったことを、俺はずっと忘れていた。


「ら、らい君?」


 朝見あみの隣に腰掛けた俺に、朝見あみは驚いたようにこちらを見上げる。なんとも間抜けな表情をしている朝見あみを見て、思わず笑ってしまう。


「な、なに!? 笑わないでよ!」

「ごめん……昔はさ、よくこうやって並んで座ってたよな」

「え? ……あ、うん。そうだね」

夜見よみの右側が俺で左が朝見あみで」

夜見よみはずっと嬉しそうに笑ってた。私たちを引き寄せて、やめてって言っても聞かなくて」

「でも、俺たちも実はそれが嬉しかった。だよな」

「そう、だったね」


 二人の話題と言ったら、まずは夜見よみのことになる。でももう、俺はこれを未練だとは思わない。俺たちの記憶にある思い出が、ただ星々のように輝いているだけ。


 クッションに顔を埋めて、懐かしむように笑いながら朝見あみは言う。


「私も好きだった。気付いた時には、夜見よみはもう、いなかったけど」

「無くなってから気付く、在ったことの大切さ、ってやつだな」

「まったくその通り。私はずっと気付けてなかった。後になって、手遅れになってから気付くなんてこと、ドラマの中だけだと思ってた」


 自嘲気味に言った朝見あみは、今度はこちらを見上げて言う。


「らい君は? 後になって、気付いたことくらいあるでしょ?」

「俺か? そう、だな」


 考える。俺が、夜見よみを失って気付いた大切なこと、何があるだろうか。いや、違うな。


「全部、だな。俺は失わなかったら、ずっと気付かなかったんだよな、きっと」

夜見よみが可哀そうだね」

「気付かせてくれなかったんだよ、あいつが」

「そうかも」

「そうだよ」


 いつだって能天気でお転婆でお調子者で。突拍子もないこと言ったりやったり、俺たちは振り回されてばっかりだった。疲れてても付き合わされる毎日に、ついて行くのに必死だったと思う。

 でも、ついて行かないなんて選択肢はなかった。ついて行きたくないと、ほんの一瞬思ったってあいつは俺たちの手を無理やり掴んで引っ張ってくる。だから、あの時間が大切な時間かどうかなんて、考える暇もなかったんだ。


「……今思い返してみれば、半年前までの私たちって馬鹿だったよね」

「馬鹿だったのは、俺だけだろ。夜見よみとの約束だけ守れればいいと思ってたし、朝見あみの気持ちなんて考えてもなかった。改めて、ごめん」


 この半年、ずっと言いたかったことだ。俺は失って気付いた大切を、取りこぼさないようにと必死になって。朝見あみの心の苦しさも考えないで、無理言って。そのことをずっと後悔してきた。

 だから、謝る機会を貰えて、正直、本当に良かったと思ってる。許して貰おうとなんて思わない。だからせめて、目を離さずに受け取って欲しい。それだけで、良かったのに。


「急に謝られても困るよ……でも、ありがと。そうやって素直に、真剣に謝ってくれるとことか、好きだった」


 朝見あみは恥ずかしそうに頬を染め、それを隠すようにクッションを強く抱いて顔を隠す。

 かくいう俺も、朝見あみの言葉に、脳の回転が止まってしまった。


 しばらく、無言が続いた後で部屋にノック音が響く。


「二人とも~、おやつもって来たわよ」

「う、うん! 入ってきていいよ!」


 朝見あみのお母さんの声が聞こえたと思ったら、朝見あみはまだなお頬の赤い顔を上げて扉に向かって照れ隠しのように声を張り上げてそう言った。


「は~い……って、あらあら。高校生になっても、仲が良いのね」


 ジュースが入ったコップを二つとシュークリームが盛られたお皿を二つ、お盆に乗せて運んできた朝見あみのお母さんは部屋に入ってくると同時に、こちらを見て微笑ましそうに笑ってきた。


「こ、これはその! らい君が勝手に!」

「え、俺!? いや、そうかもしれないけど!?」

「いいのよ、慌てなくても。ずっと前からそうだったじゃない」

「「……」」


 うふふふ、と笑いながらお盆をローテーブルに置き、足早に朝見あみのお母さんは部屋を後にした。


朝見あみと仲良くしてあげてね、頼斗君」

「ちょ、ちょっとお母さん!?」

「まあ、はい。お任せください」

「らい君も!?」

「ええ、よろしくね」


 それだけ言って出て行った母親に、朝見あみは扉越しに怒鳴りつける。


「も~! お母さんってば!」


 そしてなぜか、ポスポスと軽い音が鳴るくらいの力加減で俺の肩を殴ってくる。地味に痛い。そしてむず痒い。


「はぁ……まったく」


 軽く頬を膨らませ、不満そうながらも落ち着いたのだろう。肩を叩くのをやめた朝見あみは片手をお盆へ向ける。


「ひ、一先ずおやつ休憩。ほら、食べよ?」

「そうだな」


 誤魔化すようにそう言う朝見あみの仕草は、昔のままで変わらない。ずっと可愛くて、愛らしい。


「ん? らい君? いらないの?」

「いや、貰うよ」


 人生で一番見る顔は恋人の横顔、なんていうけど。それに負けないくらい、朝見あみの横顔を見てきた気がする。

 だから、断言できる。朝見あみの横顔はあの頃からまったく変わってない。ずっと、見ているこっちまで幸せになるような、そんな横顔だ。

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