初めての彼女の双子
「それじゃあ、また明日」
「うん、またね! 今日はしっかりご飯食べて、早く寝てね!」
「分かった。ありがとう」
「ばいばい!」
玲奈さんを家まで送り、少し尾を引くものを感じながら大きく手を振って別れを告げる。離れ離れになるのことを嫌だと思っている自分に、少しだけ驚く。
意外と素直だよな、俺。
自分でおかしくなって笑いながら、足早に自宅へと帰る。すぐに着替えて、とんぼ返り。大通りに出てタクシーを捕まえる。
「この住所にお願いします」
「はいよ」
運転手さんにスマホの画面を見せると、タクシーはすぐに出発した。
何よりもまずは、けじめを付けなきゃいけないよな。
程なくして景色が変わり、都会模様が少し薄くなってくる頃。よく見覚えのある家が視界に入ってくる。
「ここでいいかい?」
「はい、ありがとうございました。支払いはこれで」
「はいよ、どうも」
焦る気持ちを、緊張で痛む心臓を抑えながら支払いを済ませてタクシーを降りる。数歩進んで家の前に立つ。いつ振りのことになるかを考えながら、家のチャイムを押した。
「は~い」
数秒もしないうちに聞き慣れた返事が扉越しに聞こえ、家の中の足音が大きくなってくる。外開きの扉から半歩離れて待っていれば、
「あ、頼斗君じゃない。この前は大丈夫だった?」
「はい、ご心配をおかけしてすいませんでした。少し体調を崩しちゃいましたけど、この通り、今は元気です」
「そう、良かったわ。ほら、上がって。
「そのつもりです」
久々のやり取りを交わして、家に上がらせてもらう。そして
コンコンコン、ノックは三回。大きすぎないように叩いてみれば、程なくして聞き慣れた声で返事が返って来る。
「いいよ、入って」
その声音がいくらか明るいことに安心しながら、扉を開いて中に入る。
「邪魔するぞ
覗いた部屋の中。そこに在った衝撃的な光景に、思わず目を見開いた。
部屋の中は見知ったものだ。
だから、驚いたのはそこじゃない。
部屋の中央、ローテーブルの前でラフな服装で腰掛ける
所謂女の子座りで、足の間に挟んだクッションをぎゅっ、と抱きしめていた。
クッションの合間に僅かに埋まる童顔が、愛らしい瞳が俺を見上げる。その視線に引き寄せられて
体つきは全体的に細くて、正直心配になるほどだ。改めて見れば、最後に会った時より少しやせているようにも見える。肌色も元気だった頃と比べて、だいぶ白さを失った。目の下には隈が見え隠れしているし、唇も鮮やかさが落ちた気がする。
きっと、この半年間ずっと苦労していたんだろうってことを今更になって理解した。
でも、驚いたのはそんなことじゃない。
「髪、どうしたんだ?」
そんな姿に驚きながら聞くと、
「どう? 可愛い?」
「いや、そりゃあ似合ってるけど……いきなりだな」
「そっかぁ、可愛いかぁ、良かった。新しい彼女さんショートだったもんね」
「はあっ!? それとこれとは、話が別だぞ!?」
「ふふっ、知ってる」
なんだろうか、あの勝ち誇ったような優しい笑みは。
「……髪は、さ。髪の長さは、私の記憶そのものだったから」
「記憶、そのもの?」
「うん。私が一日過ごす度に伸びて、記憶のように積み重なって行くの。この十五年ちょっと、必要ない部分は切り落としてきたし、手入れは欠かさなかったつもりだけど。私の記憶と同じように、少しずつ伸びて伸びて、あの私の長髪になってたの。
緩んだ口元をそのままに、それでもほんの少し眉を顰めて寂しそうに俯いて。クッションを抱く力を強めながら、
「だから切ろうとなんて思えなかったし、切っちゃいけないんだって思ってた。あの子と一緒に過ごした時間が。あの子と、らい君と、
でも、と視線を上げてこちらを見る
「違うって気づいたんだ。髪も長さは記憶と時間、髪の重さは想いと願い。だけど私は、乗り越えないといけない一年前の記憶と想いに、ずっとこだわり続けてたんだなって。だから、切ってみた。あの子との思い出を、ちゃんと思い出に出来るように。髪なんて形あるものじゃなくても、ずっと覚えてるんだよって伝えるために」
短くなった髪の先をいじりながら、
「ねえ、らい君。お話ししよっか。とりあえず、立ったままじゃ何だし座ってよ。ゆっくり、お話ししたい」
甘えるような
「ああ」
俺も、
「ら、らい君?」
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