初めての彼女の双子

「それじゃあ、また明日」

「うん、またね! 今日はしっかりご飯食べて、早く寝てね!」

「分かった。ありがとう」

「ばいばい!」


 玲奈さんを家まで送り、少し尾を引くものを感じながら大きく手を振って別れを告げる。離れ離れになるのことを嫌だと思っている自分に、少しだけ驚く。


 意外と素直だよな、俺。


 自分でおかしくなって笑いながら、足早に自宅へと帰る。すぐに着替えて、とんぼ返り。大通りに出てタクシーを捕まえる。


「この住所にお願いします」

「はいよ」


 運転手さんにスマホの画面を見せると、タクシーはすぐに出発した。

 何よりもまずは、けじめを付けなきゃいけないよな。


 程なくして景色が変わり、都会模様が少し薄くなってくる頃。よく見覚えのある家が視界に入ってくる。


「ここでいいかい?」

「はい、ありがとうございました。支払いはこれで」

「はいよ、どうも」


 焦る気持ちを、緊張で痛む心臓を抑えながら支払いを済ませてタクシーを降りる。数歩進んで家の前に立つ。いつ振りのことになるかを考えながら、家のチャイムを押した。


「は~い」


 数秒もしないうちに聞き慣れた返事が扉越しに聞こえ、家の中の足音が大きくなってくる。外開きの扉から半歩離れて待っていれば、朝見あみの母親が開いた扉から顔を覗かせた。


「あ、頼斗君じゃない。この前は大丈夫だった?」

「はい、ご心配をおかけしてすいませんでした。少し体調を崩しちゃいましたけど、この通り、今は元気です」

「そう、良かったわ。ほら、上がって。朝見あみに会いに来てくれたんでしょ?」

「そのつもりです」


 久々のやり取りを交わして、家に上がらせてもらう。そして朝見あみのお母さんに頭を下げてお礼を言ってから、朝見あみの部屋の前まで向かった。


 朝見あみと書かれたネームプレートが扉に張り付けられたその部屋は、半年前までよく訪れていた部屋だ。あの日、夜見よみが居なくなってからずっと。


 コンコンコン、ノックは三回。大きすぎないように叩いてみれば、程なくして聞き慣れた声で返事が返って来る。


「いいよ、入って」


 その声音がいくらか明るいことに安心しながら、扉を開いて中に入る。


「邪魔するぞ?」


 覗いた部屋の中。そこに在った衝撃的な光景に、思わず目を見開いた。

 部屋の中は見知ったものだ。朝見あみ自身が半年間留守にしていた、と言うこともあってか特に模様替えも行っていないようだし、見慣れたそれそのものである。

 だから、驚いたのはそこじゃない。


 部屋の中央、ローテーブルの前でラフな服装で腰掛ける朝見あみ、彼女にその原因がある。

 朝見あみはどうやらシャワーから上がったばかりらしく、僅かに肌がふやけ、髪からも蒸気のようなものが薄っすら見える。ラフでゆるゆるな部屋着は見覚えのあるもので、ひまわり色のワンピース。

 所謂女の子座りで、足の間に挟んだクッションをぎゅっ、と抱きしめていた。


 クッションの合間に僅かに埋まる童顔が、愛らしい瞳が俺を見上げる。その視線に引き寄せられて朝見あみを見れば、半年前との違いがいくつも見つかる。

 体つきは全体的に細くて、正直心配になるほどだ。改めて見れば、最後に会った時より少しやせているようにも見える。肌色も元気だった頃と比べて、だいぶ白さを失った。目の下には隈が見え隠れしているし、唇も鮮やかさが落ちた気がする。

 きっと、この半年間ずっと苦労していたんだろうってことを今更になって理解した。

 でも、驚いたのはそんなことじゃない。


「髪、どうしたんだ?」


 朝見あみのトレードマークの、光を受けて太陽のように輝いていた長髪が、バッサリなくなっていた。肩口の少し下。それでもまだ長いとは思うが、見慣れた姿と激変してしまっていた。


 そんな姿に驚きながら聞くと、朝見あみはにへらと笑って愛らしく小首を傾げた。


「どう? 可愛い?」

「いや、そりゃあ似合ってるけど……いきなりだな」

「そっかぁ、可愛いかぁ、良かった。新しい彼女さんショートだったもんね」

「はあっ!? それとこれとは、話が別だぞ!?」

「ふふっ、知ってる」


 なんだろうか、あの勝ち誇ったような優しい笑みは。


「……髪は、さ。髪の長さは、私の記憶そのものだったから」

「記憶、そのもの?」

「うん。私が一日過ごす度に伸びて、記憶のように積み重なって行くの。この十五年ちょっと、必要ない部分は切り落としてきたし、手入れは欠かさなかったつもりだけど。私の記憶と同じように、少しずつ伸びて伸びて、あの私の長髪になってたの。夜見よみと一緒に、時間を刻んできたってそう思ってた」


 緩んだ口元をそのままに、それでもほんの少し眉を顰めて寂しそうに俯いて。クッションを抱く力を強めながら、朝見あみは落ち着いた声音で言葉を続ける。


「だから切ろうとなんて思えなかったし、切っちゃいけないんだって思ってた。あの子と一緒に過ごした時間が。あの子と、らい君と、星座むすび流星すすみと過ごした時間が、あの長髪に宿ってるような気がしてたから」


 でも、と視線を上げてこちらを見る朝見あみの笑顔は、何もかも吹っ切れたように純粋で、朝焼けのように淡く美しく輝いて見えた。


「違うって気づいたんだ。髪も長さは記憶と時間、髪の重さは想いと願い。だけど私は、乗り越えないといけない一年前の記憶と想いに、ずっとこだわり続けてたんだなって。だから、切ってみた。あの子との思い出を、ちゃんと思い出に出来るように。髪なんて形あるものじゃなくても、ずっと覚えてるんだよって伝えるために」


 短くなった髪の先をいじりながら、朝見あみは視線を正面へと向けて小さな声で言ってくる。


「ねえ、らい君。お話ししよっか。とりあえず、立ったままじゃ何だし座ってよ。ゆっくり、お話ししたい」


 甘えるような朝見あみの声に、ほんの少しの懐かしさと。短くなった、それでも綺麗な髪に新鮮さを感じながら。


「ああ」


 俺も、朝見あみと話をするために――


「ら、らい君?」


 朝見あみの隣に腰掛けた。

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