初めての夕焼け

「で、結局一日が終わってしまったと」

「ご、ごめんなさい……」

「いや、謝らなくていいけど」


 玲奈さんを朝見あみ星座むすびに任せた結果、余裕で数時間が溶けて日も暮れ始める頃となってしまった。


「いや、玲奈さんって私たちの中にいないタイプだったから着せ替え甲斐があったよ」

「だね。こう、何の飾りもない純粋な美少女みたいな感じ」

「お姉ちゃん、それだと私たち純粋じゃない美少女になっちゃう」

「美少女ってとこは変わらないのな」


 軽い突っ込みを入れながら、俺たちは並んで駅前を歩く。


「でも、今日はご一緒できて良かったです。皆さんありがとうございました」

「ううん、気にしないで。私もついでみたいなもんだったし、楽しかったから」

「だね! 今度は皆で遊園地とかどうかな!?」

「いきなりすぎでしょ、おお姉ちゃん。玲奈さんはらい兄の恋人さんなんだし、二人とも忙しいって」


 適当なところを見つけて立ち止まり、一通りのやり取りを交わす。


「そ、それは、その……」

「玲奈さんがやりたいことをやればいいと思うよ。俺も玲奈さんと一緒に遊びに行けるのは楽しみだし、こいつらだって玲奈さんと遊べるのは嬉しいと思うよ」

「だったら。頼斗君とも皆さんとも、一緒に遊びたい、かな」


 はにかみながら言う玲奈さんに向けられる笑顔は四つ。


「もちろん付き合うよ」

「私も、久々にこっちで遊びたい」

「事前に言ってくれれば予定空けるよ!」

「私は基本暇だから、何時でも言ってね」

「あ、ありがとう!」


 恥ずかしそうに頬を染めながら、玲奈さんはそう言う。よっぽど、誰かに誘われるのが嬉しかったのだろうか。


「じゃ、私たちはこっちだから。またね!」

「うん、らい兄、朝姉あさねえ、玲奈さん。また遊ぼうね」


 電車帰りの美空姉妹がそう言って去って行き。


「じゃ、私バスで帰るから、またね」


 駅前のバス停で朝見あみが手を振った。


「おう、じゃあな」

「さ、さようなら!」

「ん」


 短く答えてバスに乗り込んでいった朝見あみを見送ってから、俺と玲奈さんは歩き出す。


「どうする? よかったら家まで送るけど」

「……ううん、大丈夫。まだちょっと、もうちょっと待ってもらえないかな」


 申し訳なさそうに謝った玲奈さんの顔は俯いていた。


「気にしないで。俺は何度でも誘うから、誘われたくなったら誘われてくれ」

「うん、ありがとう……それじゃあ、またね」

「おう。なんかあったら連絡してくれよ。走って駆け付けるから」

「う、うん、お願い」


 どこか表情を歪に歪ませながら返事をした玲奈さんは、少し足早に去って行った。

 もしかして引かれただろうか。でも、こういう時って取り繕う度に崩れていくもんなんだよな。


 これくらいの些細な問題なら時間が解決してくれる。そういうものだと思う。


「こんなことばっかり言ってたからいけなかったのかもしれないけどな」


 今の俺には待つことしか出来ない。迷惑をかけているのは俺だからな。もし嫌われたって俺が悪いのは大前提。受け入れてくれるのを願うしかないのだ。


 そんなことを考えながらだった帰り道は、いつもよりずっと長く、退屈に思えた。それでも辿り着いた家の扉を開けて、暗がりの中へと入り込む。


「ただいま」


 通過儀礼のように言葉を呟いてリビングの電気をつける。適当に冷蔵庫を開いて残り物を取り出した。


「いただきます」


 作業のように箸を動かしながら、昼間のことを考える。


 本当に久しぶりに、皆で揃って出掛けた。偶然出会っただけではあるが、楽しい時間を過ごせていたと思う。まだ蟠りは消えていないはずだけど、みんな仲良く出来ていてよかった。

 

 スマホが鳴った。電話だった。玲奈さんだった。


『もしもし、頼斗君?』

「ああ、玲奈さん。どうしたの?」


 その声を聴いてちょっとだけ安心する。


『送ってってもらわなかったし、着いたから連絡しておこうかなって』

「そっか。うん、俺も安心した」


 すっかり忘れた、とは言わない。ただ、念頭になかったというか。

 思わず出た安っぽい言葉に、思わず息を噴き出しそうになったのを抑える。


『ねえ、頼斗君。私まだ外にいるんだけどさ、私の家から頼斗君の家ってそこまで離れてないよね』

「ん? 確かにそうだね」


 歩いて二十分ってところだろうか。


『ちょうど今、綺麗な夕陽が見えるんだよ。そこからでも見える?』


 どちらも入り組んだ住宅街の中、俺と玲奈さんの家とに大した高低差はないし、見える景色に大差はないだろう。


「ちょっと待って、確認してみる」

『うん』


 閉められていたカーテンを開ければ斜めに差し込む陽光が茜に頬を照らしてくる。もうちょっと窓を開いて、一歩を踏み込む。西の空を見上げれば、薄い雲の隙間から覗く太陽が揺らぎながら沈んでいく。


「見えたよ。綺麗だね」

『でしょ! こっちからの夕日の写真撮ったから、後で送るね!』

「うん、お願い。でも、ずっと外にいるとそろそろ寒いから家に入りな」

『そうだね。じゃ、またね』


 玲奈さんが家の中に入って行くのを想像しながら


「うん、またね」

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