初めての映画館
「それじゃあまたね~」
「らい兄また今度遊ぼうね!」
「おう、じゃあな」
「ま、また!」
一通りスイーツを食べ、俺の財布が想定以上の損害を負った後、俺たちは映画館に向かうことにした。そういうわけで美空姉妹とお別れを済ませ、映画館へと足を運んだ。
「わぁ~!」
映画館。
シアタールームに限った話ではなく、その施設全体がどこか特別感を纏っている。そんな空間に踏み入った玲奈さんは目を輝かせて辺りを見渡した。
休日と言うだけあって人は多く、人込みに混ざってしまえばすぐに離れ離れになってしまいそうだ。
「何か見たい作品あるのか?」
「え? 特にないけど?」
「あ、そ、そう……。じゃあ、面白そうなのを探そうか」
「うん!」
映画館が定番、ってことを聞くだけ聞いて何も調べてこなかったんだな、玲奈さん。
いや、薄々感じてはいたけど、玲奈さんって適当か? と言うより知識不足が過ぎる気がする。悪いとかそういうわけではないのだが、常識とも言えるような様々なことを知らなすぎるというか。
この前行った時に見た家の様子も普通ぽかったし、箱入り娘、とかではないと思う。成績は優秀だし、頭が悪いわけでもないと思うのだが。
「あ、あれ見てみたい! 面白そう!」
「あれは……アニメか」
「そう! 最近話題のラブコメ映画! もう公開してたの知らなかったなぁ。ねえ、あれにしよ!」
玲奈さんは自然な動作で俺の腕を掴み、甘える子どものように見上げてくる。自分から手を繋ぐのは早いと言っておいて腕をとるのはいいのかと思いながら、たぶん、本人は気付いてないんだろうなぁと脳内で肩を落とす。
「うん、じゅあそうしようか。チケットと……ドリンク、いる?」
「あ~、いいかな。ポップコーンとかも今は食べられなさそう」
「まあ、あれだけ食べたらな……」
カフェでのことを思い出す。
あの後、
たぶん、この時点で俺の奢りだってことは、そしてカフェのスイーツはそこそこ高いんだってことは頭の隅にもなかったのだろう。結果的に三種類のショートケーキを注文し、それを女子たちで分け合った。
それにプラスアルファして飲み物もそこそこのお値段がするわけで……俺が想像していた以上に出費がかさんだ。もちろん表情一つ崩さずにお支払いしたが。
で、そんなことをして来た玲奈さんは流石にお腹いっぱいらしい。遠慮がち、と言うより恥ずかしそうに目を逸らしながら断って来た。
「じゃあチケット買おうか。ちょうど、三十分後のがあるっぽいし」
「え? 始まる時間って決まってるの? 好きなタイミングで見られるんじゃなくて?」
「え、いやそりゃ、他のお客さんもいるわけだしね」
「へ、へぇ……で、でもそうだよね! 当然だよね! 私何言ってるんだろ? みたいな? あはは……」
なんかこの誤魔化し方、さっきも見た気がする。
「ま、まあとにかく買いに行こ! 売り切れちゃうかも!」
「ん? あ、ああ、そうだな。チケット売り場は、あそこだな」
強引に話の流れを変えられたが、せっかく今日は映画を一緒に見ようと誘ってくれたのだ。メインイベントを達成できなくては、今日一日本当に俺の我が儘に付き合わせただけになってしまう。
チケット売り場に出来た列の最後尾に並んだ。
「と、と言うか玲奈さん?」
「どうかした? 頼斗君」
「どうと言いますか、腕。なんか自然と掴まれてるな~、と思って」
「ふぇ!?」
まさか、自分で気付いていなかったのだろうか。玲奈さんは驚きの表情を浮かべて、ばっ、と俺の腕を放した。
「ご、ごめん!」
「いや、謝んなくても大丈夫だけど。手を繋ぐのも、その、無理そうだったのに大胆だな~、って」
「や、やめて! 自覚無かったの~!」
一瞬で頬を赤く染めた玲奈さんはまたもや両手で顔を覆ってしまった。正直この一連の動作のせいでもっと恥ずかしいことに周りから注目を集めているのだが、言ったら逃げ出してしまいそうなので黙っておこう。
「ま、まあほら、そろそろ順番だから。とりあえずチケット買おうか」
「ふぁ、ふぁい」
玲奈さんは両手で顔を覆いながらくぐもった声でそう答える。自覚無く腕を取っていたことが、相当恥ずかしかったらしい。あと三十分、映画が始まるまでずっとこうしているつもりだろうか。
「うぅ……」
「まだ気にしてるのか?」
周りの迷惑にならないようにさっさとチケットを購入し、開いてるスペースを見つけて壁にもたれる。特段いい席が取れたわけではないが、一先ず映画鑑賞が出来そうで安心だ。
「だ、だってぇ……うぅ……」
「だめだ、完全に処理落ちしてる」
「はぁ……」
映画の公開時間になるまでの間、玲奈さんはずっとうぅ、とか、あぁ、とか溜息交じりに呟き続けるのであった。
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