初めての彼女の記憶

 9月12日


 今日は秋物の服を探しにらい君とショッピングにやって来た。らい君はいつも右側を譲ってくれるし、手を引いてくれるようになった。いつも優しくしてくれて、私でも分かる話題を見つけてくれるようになった。その代わり、少しずつ口数が減ってしまったけど、正直最近話をするのが辛いからむしろ助かっている。

 口がおぼつかないというのは、どうにも不思議な感覚だ。今まで出来ていたことが段々と出来なくなってきている。ギターを弾く指も、最近はよく縺れる。それでも毎日必死に練習して、皆に後れを取らないようにしている。せっかくが私が好きで初めて、学園祭でも演奏出来たのに、もう引けなくなるなんて嫌だ。

 そんなことを考えていたら、らい君は私をお洋服のお店の前に連れてきていた。目を瞑っていてもたどり着けたんじゃないかというくらい、私は無自覚で歩いて来ていた。注意力も、少しずつ散漫してきた。日記を書くこの手も、少しずつ震えてきて――


 11月28日


 明後日はハロウィンだ。どうして急にこんなことを書くのかと言えば、らい君が教えてくれたからだ。明後日はハロウィンだけど、何も準備しなくていいの? って。私は忘れてしまっていたのだけれど、らい君は私なら何かイベントを計画しているんじゃないかと思った、って言っていた。確かに、節分も子どもの日も、例年ならハロウィンやクリスマスも私は皆を誘ってパーティーか何かを、計画していたかもしれない。

 でも、今年はもう余裕が無くて、そんなことを考えていなかった。うっかりしちゃったと告げると、ちゃア俺から皆を誘おうか? と聞いて来た。少しむっ、となってしまって今年は私と二人きり、と甘えてしまった。らい君は一瞬戸惑ったような表情をとった後で、それでも静かに頷いてくれた。

 明後日、らい君が一緒にお菓子を作ろうと約束し――


 12月24日


 恋人の日、幸せな日、大好きな人と堂々と一緒に暮らせる、そんな日。

 一緒に手を繋いで街を歩いた。イルミネーションを眺めたり、夜の寒い風にさらされながらお互いの熱を感じ合ったりした。そんな時間がとても幸せで、今こうやって自分の部屋で日記を書いていることが物凄く悲しく感じてしまっている。

 一晩中一緒にいたかった。浸っていたかった。感じていたかった。こんな日くらい幸せで、暖かくて、何の不安も無くて時間を過ごしたかった。字を書く指も重たくて、溜息も時々刻々と増えている。このこくこく、って時、どうしてこうも書きづらいの。嫌になっちゃう。

 ……こんなこと書いている暇はない。少しでも多く今日の日の思い出を、感動を書き記していかないといけないのだ。私が、忘れてしまう前に――


 1月18日

 

 飲み薬の種類と数が増えて来た。副作用で眠くなる時間もだいぶ増えた。気怠さと憂鬱さが大分険しくなってきた。

 今日は皆でバンドの練習をする日だった。ギターを持ち上げるのもやっとだったけど、何とか乗り越えることが出来た。

 今日は久しぶりにギターのチューニングが一発であった。最近音を聞き分けるのも大変だったから素直に嬉しかった。

 今日のお昼ご飯は、星座の父が買ってきてくれたうな重だった。ちょっと季節外れだと思ったけれど、当然のように美味しかった。ただ、隠れて薬を飲むのにはやっぱり苦労する。トイレです、って言って洗面所で飲むしかないのだけれど、薬の数が多いからかさばるし飲むのに時間がかかってしまう。

 帰り道はらい君が送ってくれた。いつの間にか手を握ってくれていた。気付けば、私は体重をらい君に預けていた。腕に抱き着くようにして、頬擦りをする。らい君はまだ恥ずかしそうにしているけれど、この暖かさを、私はもう手放したくない。

 日に日に増して行く不安感、喪失感、失望感を乗り越えるために必要な労力、胆力、体力がどんどんと増して行く。らい君に求める量も、質も多くなってしまっているけれど、らい君はいつも私の為に頑張ってくれる。ずっと見捨てずに好きでいてくれる。こんなこと、もう他には誰にも頼めない。

 朝見あみにも打ち明ける勇気がない。ううん、らい君にだって打ち明けられてはいないのだ。それでも、何も聞かずに受け入れてくれている。私がどんなことを頼っても、何も言っても嫌な顔一つせずに応えてくれる。

 私とらい君は、愛し合っている――


 2月14日


 とうとう、こんな特別な日ですらチョコレートを作る気力の欠片も、湧かなくなってしまっていた。だから今日はらい君にチョコレートを作って貰った。らい君は最近ますますお菓子作りの腕を上げていて、どんどん私の好みを覚えてくれている。毎日でも大好きでおいしいお菓子が食べられて、私は本当に幸せだ。

 ただ残念なのは、先日お医者さんにあまり甘いものは食べないほうがいい、なんて言われてしまったことだ。極力栄養バランスに気を遣って、カロリーや糖分、糖質の管理を徹底して欲しいとのこと。

 しっかり計算しなければご飯も食べられないなんて、本当に不便だ。


 4月7日


 らい君の目の前で、倒れてしまった――

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